第2章
第8話 新部隊 初任務
「だから着替えるときは言ってよ!」
「私は気にしません」
「僕が気にするの!」
唐突に目の前で着替えを始めたルルトを怒鳴りながら、ロキエは背を向けて目を瞑った。幼さを感じさせる顔つきの彼女だが、その身体は女性と呼んで差し支えないもので、特にお腹周りの滑らかな曲線は筆舌しがたいものがあった。透き通るような白い肌は目の毒で、見ただけで柔らかさを想像できてしまう胸は思わず吸い寄せられそうになる。
そんな煩悩を三日も抑えつけていたのだから自分で自分を褒めてやりたい。
「もういい?」
「いいですよ」
「これからは――ってまだじゃんか! それどころかさっきより脱いでる!」
ルルトは下着姿だった。意外と派手な下着を身につけているな、などと考えてしまった自分が恥ずかしい。死にたい。初日はかなりシンプルなものだったのに、これはリーベの仕業だろうか。本当にけしからん上官だ。死にたい。
「見ていいですよ」
「よくないの!」
何度も自分を殺してきたロキエだが、さすがに下着姿で迫られると抑えきれる自信がない。そんな自分が情けない。
「そういうことになったらなったでダメージを受けるのはリーベさん自身なのに、一体なにを考えてるんだか……」
泣きながらお酒に走る姿が目に浮かぶ。リーベは酔っ払うとめちゃくちゃ面倒くさいので、できればそんな事態は避けたい。
なんとかルルトを着替えさせて、ロキエはブリーフィングルームへ向かう。新しい部隊に配属されてから初の任務だ。
室内には先日のメンバーがすでに集まっていた。
「おせーよクソが」
「ごめん……」
定刻より少し早いのに、と思っているロキエの横で、ルルトが敵意をむき出しにしてラルアを睨む。
「なんだ? やんのか?」
「望むところです」
顔を合わせるなり喧嘩を始めようとする二人。ロキエがルルトを押さえ、パルがラルアを押さえる。ピルリスは相変わらず静観していた。
呆れ顔でため息を吐きながら、リーベが口を開く。
「若いねえ。…………そんなお前らにうってつけの任務だ」
自分で言って悲しくなったらしく、後半は幾分か声のトーンが落ちた。
「東に一〇〇キロほど離れた場所に位置するレクウィエスの森で、聖獣の動きが活性化しているとの報告が入った。天使の出現エリアではないが、万が一ということもある。森中をくまなく歩き回って調査しろ。天使を発見した場合、戦う必要はない。直ちに離脱しろ」
あくまで調査がメインだからな、とリーベは念押しした。
「天使が出現する箇所は決まっているんですか?」
ルルトの問いにその場の全員が唖然とした。一呼吸遅れてリーベが言う。
「まさかデウスクラウスムも知らないのか?」
首を傾げたルルトを見て、我らが指揮官は盛大なため息を吐いた。
「……どうやら本当らしいな。お前、記憶どころか知識までなくしてるのか。まあいい」
リーベは端末を操作するとスクリーンに図式を表示した。ロキエも見たことがある。それは幼い頃に習った世界の仕組みについての資料だ。
「天使は天門から私たちの世界に現れる。もしも天門がこの場に開いたなら、私たちはたちまち全滅するだろう。だが、実際はそうならない」
「デウスクラウスムが天門の出現を阻害している、ということでしょうか」
「教え甲斐のないやつだな! ああ、そうだ。デウスクラウスムのおかげで我々は生存できていると言ってもいい。これが支部を囲んで地面に埋まっている。おかげで周囲五〇〇キロは天門が出現しないエリアとなっているわけだ」
「しかし、それでは空からの奇襲があります」
そう考えるルルトの疑問はもっともだ。
デウスクラウスムは各地に設置されたものをつなぎ合わせることで五〇〇キロをカバーしている。だが、空に設置することはできないため、上空に関してはそれだけの距離を封鎖できていない。
「ふん、いい目のつけどころだ。実は――」
「んなことも知らねーのかよ。地面にしか現れねーからに決まってんだろ」
小馬鹿にした笑みを浮かべるラルアを、ルルトが睨めつける。
「ぐっ、今私が喋って――」
「何故、地面にしか現れないんですか?」
「は? んなもん…………そういうもんだからに決まってんだろーが」
「ふっ」
先ほどの仕返しとばかりにルルトは嘲り笑う。
ラルアは額に青筋を浮かべ、低い声で唸った。
「んだテメエ、やんのか? あ?」
「いいでしょう。ここであなたを葬れるのは願ってもないことです」
一触即発の空気に、リーベが咳払いをして二人をなだめる。
「いいか? 諸説あるが――」
「諸説あるけどー、この世界が地から成り立つからなんだってー。……あ、ごめーん。リーベちゃんのお株を奪っちゃったねー」
確信犯だろう。パルは笑みを咲かせながらリーベに後を譲る。
リーベは口を開こうとして動きを止め、周囲を見回す。誰も邪魔してこないことを確認してからようやくしゃべり出した。
「天使はこの世界の存在ではない。いわば異物。本来ならこちらには来られないはずなんだ。それを繋げてしまったのが天門――地と天を結びつけるための門。この世界にリンクさせるためには地という要素が必要だった。だから天門は接地していなければならない、ってのが最有力説だな。まっ、真実は誰も知らないわけだが」
この世界が地から成り立つというのは、すべての生物が大地に根づいた生活を送っていることから出た考え方だ。空を飛ぶ鳥でさえ、一生飛んでいられるわけではない。必ず地に足をつける。大地は恵みをもたらし、日光と雨は空から地面に降り注ぐ。この通り、地とは切っても切り離せない関係にある。
「理解しました。リーベさんにパルさんも、ありがとうございます」
「お前たちに教えることも私の職務だ。気にするな」
「わからないことはなんでも聞いてねー」
ラルアの名を除いたのはわざとだろう。彼は舌打ちしてつまらなそうな顔をしているだけで、突っかかっては来なかった。そのことにロキエは安堵する。これ以上、溝を広げてほしくはない。
「他に質問はあるか?」
「まさか、このメンツで行くんじゃねーだろうな?」
苛立たしさを隠さない口調に、リーベは悪戯っぽい笑みを浮かべて言う。
「そのまさかだ」
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