第7話 初顔合わせは殺伐として

 殺伐とした雰囲気の中で、リーベが苦笑を浮かべる。


 最初は穏やかな空気だった。しかし、先日の戦いの話になり、天使化したエミルを殺せなかったことについて口を滑らせてしまった。それからだ。ピリついた空気にブリーフィングルームが軋みを上げていた。


「お前ら、少しは落ち着――」


「テメエ! 自分がなにしたかわかってんのか!?」


 怒気を孕んだ声が静寂を切り裂いた。赤髪を逆立てた少年がロキエの胸ぐらを掴む。背が低いため見上げる形になったにもかかわらず凄まじい迫力だ。


「まーまー、ラルアくん落ち着いてー。新人くんが怖がってるよー」


 敵意をむき出しにしてラルアへ掴みかかろうとしたルルトを遮る影が一つ。間延びした声の、ラルアよりもさらに背の低い少女――というよりは幼女に近い――が割って入った。桃色のショートカットの彼女は必死にラルアの腕を解こうとするが、びくともしない。


「うっせえぞドチビ! 黙ってろ!」


「あー、あー、言っちゃったね? それ言っちゃったね? うちにはパルっていう名前があるんだよ!」


 パルはポカポカと腑抜けた音を立ててラルアを叩く。ちっとも痛くはなさそうだが鬱陶しくはあるようで、ラルアはあからさまに気分を害した顔で舌打ちをした。


「あー、だりい」


 ロキエは突き飛ばされ、床に尻餅をついた。


 ラルアは侮蔑のこもる視線をこちらへ投げると、これまた大きな舌打ちをして踵を返す。ロキエから一番離れた壁に背をもたれかけ、腕を組んだ。もはや言葉を交わす余地はないと感じさせるほど、彼からは嫌悪が滲み出ていた。


「いやー、ごめんねー? 普段はあんな子じゃないんだよー」


 パルが苦笑を浮かべながら手を差し伸べてくるが、どう考えても身長の関係で立ち上がる一助にはならない。しかし、拒めば角が立つかもしれない。それにこの場で唯一彼女だけがロキエたちに柔和な態度で接してくれている。彼女との関係はうまく保っていきたい。


 ブリーフィングルームに集められたのはロキエたちを除いて、たった三人だけ。残る一人は無表情で入り口付近に立っている。水色のポニーテールはまったく揺れず、同色の瞳からは凍てついた氷のような印象を受ける。細身で、ロキエより少しだけ背が高い。唯一、髪を結っている淡いピンク色のシュシュだけが柔らかい印象を放っていた。


「ピーちゃんはいつもあんな感じー」


「ピーちゃん?」


「んとねー。…………あれ、ピーちゃんってなんて名前だっけー?」


「……ピルリス」


 表情は崩さないが、やや呆れたようにピーちゃんことピルリスが言った。彼女は一瞬刺々しい眼差しをロキエに向けるが、すぐに無感情へと戻る。


「そっかー、ピルリスって言うんだねー。えへへ」


 仲間の名前を忘れていたらしいパルは無邪気な笑みを浮かべる。悪意はないのだろうが、その方が相手は傷つくのではないか。


「あと三人いるけど任務中でしばらくいないっぽいよー」


「もしかして第一三部隊って六人しかいないの?」


 一部隊に一〇〇名ほどが一般的であるため、六人は異常な数字だった。


 パルはわざとらしく大げさに肩をすくめ、小さな指を横に振る。


「ちっちっち、君は歳いくつかなー?」


「え? 一六だよ?」


「そっちのお嬢ちゃんは?」


 お嬢ちゃんという言い方に引っかかりを覚える。パルよりルルトの方が年上だろう。


「一五です」


 そう言えばルルトの年齢を聞いていなかった。その歳でフェーズ・ファイブということは、かなりの頻度で天輪を使ってきたのだろう。ここよりもっと苛烈な戦場にいたのかもしれない。激戦の末に記憶を失い、放浪していた。十分にあり得る話だ。


「はい、だめー! 君たち駄目だよ先輩にはちゃんと敬語を使いたまえよー!」


「せん、ぱい…………?」


 どう見ても一〇歳前後にしか見えない。なんならもっと幼い口調で彼女と話した方がいいのではないかと考えていたので、告げられた内容に呆然とする。


「そうそう、うちは一七歳なのだよー!」


 えっへん、と無い胸を張るパル。


 嘘だと信じてリーベを振り返るが、彼女の首肯が事実を物語っていた。


「そんな馬鹿な……」


「さー、うちを敬うがいー」


「パル……さん」


「よろしー」


 さんづけをすることに違和感しかないが、年上である以上は仕方がない。


 天輪使いは必ずノアに所属することになっているため、年齢イコール在籍年数となる。上下関係が厳しいわけではないが、年上には敬語を使うのが慣例だ。


「この部隊は少数精鋭だよー。まー、ほんとは人数が全然増えないだけだけどねー」


 その日はそれで解散となった。


 ラルアとの険悪なムードは解消できないまま。少人数の部隊とあっては、このまま距離を置いているわけにもいかないだろう。早めに和解する必要がある。ただ、今は時間を空けるべきだろう。彼の怒りがある程度収まってからでないと話にならない。


「いやー、まさかここまで亀裂が入るとはな」


 リーベが困り顔で近づいていくる。


「ラルアは明らかに敵意がありました。今のうちに排除を――」


「こらこら、仲間なんだからやめろ。逆にお前がノアから排除されるぞ」


 それでも納得できない様子のルルトに、リーベがトドメの一撃を入れる。


「こいつの側にいられなくなるぞ」


「仕方がありません。ラルアのことは積極的に回避しましょう」


 自分を餌にするのは止めてほしい。それでコロリと意見を変えるルルトもルルトだ。


「ま、あいつらも色々な事情を抱えてるからな。今後も衝突は避けられないだろ」


「色々な事情?」


「私の口からは言えないな。誰にでも知られたくないことはあるだろ? それを他人から聞いて近づいたって、あいつらは心を開いてくれないさ」


 リーベはニカッと笑って、ロキエの胸を叩いた。


「正面からぶつかってこその青春だ」


 言ってから照れくさくなったのか、リーベは若干頬を赤らめて咳払いをする。


「もしや、自分で言って恥ずかしくなってしまいましたか? 臭い台詞ですもん――」


 指摘しないであげようというロキエの優しさは、彼女の顔を覗き込むルルトによって打ち砕かれる。


「ち、違うんだ! これは断じて違う!」


 ますます紅潮するリーベを見ていると、途端にからかいたくなってきた。そういえばルルトと同室にされた件のお礼をしていない。


「リーベさん自分の台詞に恥ずかしくなるなら最初から言わなければ――」


「うるさい黙れ!!!」


 ゴツンという鈍い音がロキエの頭から響いた。苦悶の叫びを上げて頭を抱え込む。その横では拳を痛めて悶え踊るリーベの姿が。そんな二人を見比べるルルトは、くすりと笑みを漏らす。


「仲良しですね」


「「どこが!」」


 声を揃える二人に、ルルトは「ほら」としたり顔で言うのだった。

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