第31話 悲しまないで
「なん、で……」
「まさか、第三の目を使わなければならないとは」
視線を上へ向ける。そこに浮かぶは巨大な濃紫の瞳。ザラキエルの天眼によってロキエたちは動きを封じられていた。
ラルアとルルトが空からの視界を塞ぐ前に、ザラキエルが強引に拘束を振りほどく。ロキエの後方に吹き飛ばされたルルトたちはザラキエル本体についている天眼によって動きを封じられた。
なんとか両方からの視界を遮ろうとするが、第三の目は頭上だけでなく四方八方に移動するため、イタチごっこにしかならない。
「終わりだ」
悠々とロキエまで歩み寄ったザラキエルがその首を目がけて大鎌を構える。
「ロキエを私の後ろへ!」
「――くっ」
ルルトの声に、ラルアが苦悶の声を漏らしながら応える。風に攫われ、大鎌が振るわれる前にロキエはルルトの後方へ運ばれた。
ラルアはすでに限界を迎えているようだった。あれだけ天輪を何度も発動させたのだ。サンリエフとの戦いでも消耗は激しかっただろうし、当然の結果だった。
「無駄な足掻きだ」
第三の目から脱しない限り、破滅の時間を先延ばしにしているに過ぎない。
「それはどうでしょうか」
不敵に言い放つルルトは、ザラキエルに相対したまま背後のロキエに語りかける。
「ようやく、思い出しました」
「それって……」
「はい、私が誰なのか。なんのためにここに来たのか」
失っていた記憶がここに来て戻った。
「間に合ってよかったです」
喜ばしいことのはずなのに、彼女の口調からは哀愁が漂ってくる。
「本当に、よかった」
「……ルルト?」
彼女は自らの身体を炎で包み込む。ザラキエルの天眼を断ったものの、すぐに炎を散らして現れた彼女は右手を前にかざしていた。
「無駄だと言っている」
「はい、わかっています。あなたを倒すことはできません。――今の私では」
ルルトの天輪が輝きを増す。
「一体なにを?」
「私は、アルターたちと同じモノなんです」
「なにを言って……」
「エミルを救うため、あなたによってこの時代に送られた天輪使い。それが私」
――ですから。
ルルトは意を決したように言う。
「悲しまないでください」
「ルルト、待っ――」
「タイム・フィックス、リリース。フェーズ・シフト、アクセラレーション」
首についた天輪の輝きがさらに増す。そこに刻まれた線が一つ増え、六本に。さらに背中から一枚の翼が現れ、ルルトは四枚の翼を広げる。
彼女の翼が三枚だったのは、彼女自身の時間を止めていたため。固定された時間を解放し、フェーズ・シックスとなった彼女の力はエミルにすら届きうる。
彼女から放たれた炎の奔流がザラキエルを飲み込む。射線上のなにもかもを焼き尽くさんと唸りを上げる灼熱。フェーズシフトによって威力が格段に上がっている。
「馬鹿、な……」
奔流の消えた跡には、炎を纏ったままのザラキエルが膝を折っていた。炎はルルトの意思で燃え続けているのだろう。
そうして全身を絶えず焼かれているにもかかわらず、ザラキエルは立ち上がろうとする。もはや六枚の翼はボロボロに焦げ落ち、空を飛ぶことは叶わない。それでも大鎌は手放すことなく、自らの支えとする。第三の目は消え去り、ザラキエル自身の天眼も機能していない。
「人間、ごときにっ!」
大振りに薙がれた鎌。不可視の斬撃が周囲を抉るも、避けるまでもなく狙いが逸れている。「まだだ。まだ――」
「もう終わりだ!」
ロキエが叫ぶ。振り下ろされる大鎌をかわし、懐へ潜り込んだ。
「かくなる上は!」
ザラキエルは大鎌を短く持ち、その刃を自らへ向ける。自分ごとロキエを貫くつもりだ。
だが、それよりも先にロキエの右手が天使の輪に届いた。
光の輪が砕け、宙に溶ける。原形をとどめていない翼が消え、ザラキエルの身体に亀裂が入った。その瞳は虚空を眺め、まるで人形のように動く気配はない。ついに身体が崩壊し、光の粒子となって消えていった。
「エミルのときと、違う……」
エミルは天使の輪を壊すことで人間に戻ることができた。だが、ザラキエルは身体もともに崩れ去った。一歩間違えればエミルもそうなっていたのかもしれないと考えると、背筋がぞっとした。
「やり、ましたね……」
どさり、と。背後でルルトが倒れる。急いで駆け寄り抱き起こすと、彼女は玉のような汗をかいて、憔悴した表情で笑みを浮かべる。
「ルルト、しっかりして。天使になっちゃ駄目だ!」
「なんとか、大丈夫みたいです。少し力を使い過ぎました」
言われてロキエは彼女の首の天輪を確認する。線の数は六本。七本目は引かれる気配がない。
ホッと胸を撫で下ろすと、ルルトは自嘲するように笑う。
「本当は一気に天使化するつもりでした。ですが……生きたいと思っちゃいました。駄目ですね、私。失敗してたらみんな殺されてたのに」
「駄目なんかじゃない」
ロキエは彼女の華奢な身体を抱きしめる。あまり強くすると折れてしまいそうで、けれどそれでも強く抱きしめたかった。
「ルルトがいてくれたから勝てたんだよ。それに僕は、ルルトに生きていてほしい」
目を見開いたルルトは穏やかな表情で言う。
「私は兵器ですよ」
「いいや、君は人間だよ」
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