第20話 第一射
サンリエフと呼ばれる、ライオンに似た聖獣だ。獰猛な牙と爛々と輝く赤い瞳。人間の二倍はあろうかという筋骨隆々な肉体は二足で地面を踏みしめ、剣と盾を構えていた。
それは聖獣の中でも上位に入る厄介な相手だ。知能があり、個体によっては言葉を用いる。接近戦を得意とし、多くの天輪使いをその剣で殺してきた。
一体でも顔を顰めるような相手が、今は三〇体以上の軍を為している。これを突破するのは至難だろう。だが、撤退はできない。
先制したのはルルトだった。先ほどと同じように炎の円を作り、サンリエフを閉じ込める。だが、獅子たちはその身が焼けるのにも構わず、炎壁を突破してきた。
ロキエから引き離すためにピルリスたちはできるだけ前ヘ出る。ラルアが敵の動きを乱し、パルが素早い動きと膂力で圧倒する。ピルリスが切り伏せ、ルルトが燃やし尽くす。
サンリエフを次々と屠っていくが、いかんせん速度が追いつかない。無尽蔵に後ろから続々と現れる。
ついに手が回らなくなり、突破してきたサンリエフがロキエに襲いかかる。
「守ります。私が」
ロキエを庇って前に出たアルターが手をかざす。その先から放たれた炎がサンリエフを飲み込んだ。
だが、サンリエフはそれでも進もうとする。一歩、また一歩と近づくが、ついに力尽きて地にくずおれた。
「予想外です。しぶとい」
ようやく一体を処理したと思えば、今度は二体のサンリエフが突破してきた。
一体目にアルターが攻撃を仕掛ける。それを倒すと同時、横合いからサンリエフに体当たりされた。まともに食らったアルターが吹き飛ばされ、地面を跳ねる。そこへトドメとばかりに剣を振りかざしたサンリエフが飛びついた。
間一髪のところで避けるアルターだが、盾を思い切り叩きつけられる。炎で軌道を逸らすも彼女の腕を掠め、裂けた傷口から鮮血が飛んだ。
獰猛なサンリエフの瞳がギラリと光る。大きな顎を開き、鋭利な牙がアルターの顔を食らおうと迫った。
「させない!」
サンリエフに飛びついたロキエが右手を触れさせる。反撃する間もなく、サンリエフは消滅した。
「感謝します。とても強い天輪」
「天使には効かないけどね」
なんとか押し返し始めた頃、ゼルエルが呻き声のような低い音を響かせた。身体の芯を震わせるその音の後、ゼルエルの胸元にぽっかりと穴が空く。漆黒の暗闇から覗いたのは白い歯と、同色の光。
『第一射来るぞ!』
その軌道上には天輪使いはもちろん、聖獣や同胞である天使がいる。それらもろともに消し飛ばす気のようだ。
「全員僕の後ろへ!」
パルがラルアを投げ飛ばし、ルルトがピルリスを抱きかかえて後退する。
ロキエは彼らと入れ違いに前に出て、右手を構えた。
己の死を知ってか知らずか、サンリエフたちは猛進してくる。
このままでは発射より先にたどり着かれてしまう。ルルトとアルターが炎の壁を作り出し、サンリエフの勢いを削いだ。それでも止まらず、サンリエフがロキエに剣を振り下ろそうとする。
だが、その刃が届くより先に、視界が白で塗り潰された。
「ぐっ――」
ロキエの天輪はビームを防ぐことには成功していた。しかし、腕にかかる尋常ならざる力に骨が軋みを上げる。地面に突き刺すようにして踏みしめた足がずるずると後退させられる。まるで泥濘みに足を入れているかのように、踏みとどまることが叶わない。
「このままじゃ……」
押し切られそうになった身体を、背後から誰かが抱き支えてくれた。
「ロキエくん、ふんばれー」
パルがロキエを受け止め、さらにその後ろへルルトたちが続く。ラルアの風が全員の背中を押し、ようやく後退は止まった。
そうなると逃げ場を失った力がロキエの身体を押し潰そうとする。手のひらが裂け、手首の骨が砕けた。外れそうになる肩をもう片方の手で押さえつける。痛みで飛びそうになる意識を必死につなぎ止め、顎が砕けそうなほど歯を噛み締めて耐える。
ほどなくしてビームが消失。見事、第一射を防ぎきった。
たった十秒程度の時間を凌ぐだけでロキエの右腕はボロボロだった。リーベの言った通り、第二射を防ぐのは腕が保たないだろう。右腕の感覚はほとんどなかった。
『よくやった! ルルトはロキエを連れて下がれ。すぐに治療を受けるんだ』
インカムから流れるリーベの声が辛うじて聞こえた。
前方に視線を向けると、ゼルエルの姿がよく見える。彼我の間に存在したはずの一切が消え去っていたからだ。ロキエの立っている地面より先はくぼみ、赤白く光る溶岩が流れ落ちていた。
我ながらよく防げたものだと、ロキエは疲れきった笑みを浮かべる。痛み以外になにも感じない右腕の様子は見たくなかった。
「ロキエくん頑張ったねー。あとはうちたちに任せてー」
「よくやった」
「けっ、足手まといはとっとと帰れ」
言葉に差はあれ、彼らがロキエに一目を置いたのは確かだった。
「すみません。あとはお願いします」
もとより残っていてもゼルエル相手ではやることがない。ロキエはルルトに背後から抱きしめられ、そのまま飛んで運ばれた。
眼下で戦う天輪使いたちがロキエの姿を認め、声を上げる。絶望的だったビームによる攻撃を防いだことで全体の士気が上がっていた。
「やりましたね」
「……うん。ゼルエルも倒せればよかったんだけど」
「あとはみなさんがやってくれます」
「そうだね」
ロキエたちは後方部隊よりさらに後ろへ下がり、平原に設けられた医療所へ向かった。そこには戦場で傷ついた多くの天輪使いが運び込まれ、治療を受けていた。誰も彼もが重傷だが、命に危険がある者から治癒系の天輪使いによる施術がなされる。復帰した者から戦線へ舞い戻っているはずなのに大勢が順番待ちの状態で、運び込まれる人数は増えていく一方だった。
医療班には天輪使いだけでなく、天輪を持たない者もいた。彼らは通常の医術で比較的軽傷――重傷者の中ではという意味で――の者たちに応急処置を行って回っている。彼らの一人がロキエの下へ駆けてきた。
「君は腕だね。どれどれ……」
スキャナをロキエの腕に当て、手元のモニターを見た彼は顔を顰めた。
「見た目に反して酷い怪我だ。中身がぐちゃぐちゃ。放っておくと壊死するから、応急処置だけしてもらおう」
彼に呼ばれた天輪使いがこちらへやってきて傷に手をかざす。
次第に腕の感覚が戻って来た。だが、そのせいで痛みが増し、思わず呻き声を上げてしまう。
「時間がないので我慢してください」
怒鳴るような言い方だったが、飛び回るように治療して回る彼らの忙しさを考えれば仕方のないことだ。ロキエは言われた通り歯を食いしばった。
やがて痛みも和らぎ、軽く動かす分には問題なくなった。
「とりあえずこれで戦えると思います」
早口でまくし立てるように言って、彼はまた別の患者のところへ走って行った。
「嵐のような人でしたね」
「うん。これ以上は治療してもらえなそうだね」
ロキエの天輪は右腕で殴ったりする必要はないから、この程度の治療でも十分だ。動かすことさえできればなんとかなる。
一刻も早く戦線復帰しようと立ち上がった。そこへ血だらけの天輪使いが駆けてくる。
「早く下がれ! 戦線を突破された。もうすぐ聖獣が来るぞ!」
彼方から押し寄せる聖獣の群れ。その背後にはゼルエルが健在のままこちらへ向かってくる。
最前線の天輪使いがゼルエルに攻撃を仕掛けているようだが、効果は見られない。進行速度を遅らせることすらできず、どんどん後退させられていた。
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