第21話 兵器の存在意義
「動ける人は手伝って!」
医療班が叫ぶ。ロキエとルルトは彼らの指示に従い、怪我人を引きずって車両へ運んだ。車の数が足りず、動ける者は自分の足で下がる。追いついてきた聖獣を倒しながらの撤退戦は思うように速度が出ない。
最終防衛ラインである一〇キロ地点に到着した頃には、すでにゼルエルは間近まで迫っていた。
ゼルエルは未だ無傷だった。どうやら周囲にバリアが張られているらしいのだ。そのせいで攻撃がまったく通らない。バリアは破壊しても即座に再生するため埒があかない。
このままではすぐに最終防衛ラインを突破されてしまう。そのとき突然、ゼルエルが進行を止めた。
『まずい! 第二射が来るぞ!』
「そんな……。二射目はまだ先のはずじゃ」
ゼルエルの胸元が開かれ、今度は自らの前方をなぎ払うようにして白色の光がぶちまけられた。ロキエのところまで攻撃は届かない。だが、肌を焼くような強烈な熱風が吹き荒れ、その威力の凄まじさを物語る。
最前線にいた天輪使いは全滅だろう。
誰もが待ち受ける絶望を悟った。ゼルエルに勝つことはできない。ここで第三支部もろともに自分たちは死ぬのだと。
しかし、まだ諦めていない者がいた。バリアがあったはずなのに、誰かがゼルエルの巨体を駆け上がっている。よく見ればそれはピルリスだった。彼女はゼルエルの表皮を切り裂きながら進む。透明な液体が大量に撒き散らされ、ゼルエルの悲鳴が轟いた。
その後にパルが続き、空高く跳躍した彼女は握りしめた拳をゼルエルの顔面目がけて全力で振り抜いた。
鈍い炸裂音が衝撃波とともに広がる。ゼルエルはその巨体をのけぞらせるが、倒れるには至らない。
生き残った天輪使いたちも彼女たちに続こうとするが、ゼルエルから発せられた衝撃波によって弾き飛ばされた。ピルリスたちも同様に弾かれるが、見事に地面に着地する。
ゼルエルの周囲にバリアが展開されてしまい、攻撃が防がれる。またしても振り出し。後退してきたピルリスたちは苦渋に顔を歪ませていた。
「ちっ、あんなもんどうすりゃいいんだよ!」
苛立ちに声を荒らげるラルア。
「ビーム発射から一定時間はバリアが消失する。そこを狙うしかない」
「さっきのを凌げたのは運がよかっただけだろうが! もう防ぎようが――」
ラルアを無視して、ピルリスがロキエの方へ歩み寄る。その双眸に宿る覚悟に、ロキエは息をのんだ。
「あれをもう一度防いでほしい」
「二度目は耐えられねえってリーベが言ってただろうが!」
「治癒の天輪使いがいれば防御と回復を同時並行できる」
それで防ぎきれる保証はない。それでもやるしかなかった。この場にいる全員の視線がロキエを向いている。否定の言葉など出せるはずもない。
「やめてください。そんなことをしたら、ロキエが…………」
代わりに発言してくれたのはルルトだ。だが、彼女の言葉に頷くことはできなかった。ここでやらなければ全員が死ぬ。
「さっきも防げたんだから、大丈夫だよ」
「推奨しません。強がり」
「でも、他に方法はないんだ」
聖獣を殺すくらいしかできなかったこの力が、こんなに多くの人に必要とされることなどなかった。
だからきっと、自分はこの日のために生き残って、生きてきたのだ。そう思って、自分を奮い立たせる。
『くそっ、またエネルギー反応! 第三射来るぞ!』
もはや四の五の言っている時間はない。
ロキエを支える配置が整えられ、そこに治癒の天輪使いが加わる。
不安な表情を浮かべているルルトに、ロキエは強く頷いて見せた。死ぬつもりはなかった。必ず防ぎきる。そうして、みんなを守るのだ。
まもなく第三射が放たれ、ロキエは天輪を発動する。
チャージ時間は圧倒的に短いはずなのに、先ほどよりも強力な一撃だった。耐えられると思っていた楽観はあっという間にぶち壊される。治癒がなければすでに倒れていただろう。しかし、それでも回復速度が追いついていなかった。
指が折れ、肉が溶け、骨が砕ける。筋肉がブチブチと音を上げて切れ、捻れ、腕が異形と成り果てる。痛みはとっくに境界値を超え、遠慮なく意識を刈り取ろうとする。もはや自分が腕を上げているのか、敵の攻撃を防いでいるのかすらわからない。
白に塗り潰された世界で、すべての感覚が消え失せる。
ようやく視界に色が戻ると、ロキエは仰向けで倒れていた。
「しっかりしてください!」
ポタポタと頬に水滴が落ちる感触。焦点を結んだ視界が捉えたのは、顔をぐしゃぐしゃにして泣くルルトだった。
気絶していたようだが、意識が途切れていた時間はほんの数秒だったらしい。天輪使いたちがゼルエルに向かっていくのが視界の端に映った。
「ふせげた、みたいだね」
喉をせり上がる不快感に咳き込むと、地面が赤く濡れた。右腕はもはや原形をとどめていなかったが、懸命に治癒を施してくれているおかげで徐々に戻りつつある。
「じんじゃったがど、おもいまじだ」
濁った涙声は彼女には似合わない。だからロキエは強がりを見せた。
「おおげさだよ」
無言で泣き続けるものだから、ロキエは眉尻を下げるしかなかった。
「ごめんね」
「ゆるじまぜん」
後頭部の柔らかい感触。どうやらルルトに膝枕されているらしいと気づいて起き上がろうとするが、彼女自身に阻まれる。
「ぜったいあんせいです」
有無を言わせぬ態度に、まあいいか、とロキエは彼女に身を任せた。もう自分の仕事は終わった。これでゼルエルに攻撃が通るはずだ。
今まさに多くの天輪使いが攻撃を仕掛けていた。ゼルエルの身体に傷が増えていく。このまま行けば倒せるかもしれない。
そこでふと違和感を覚えた。
「口が、開きっぱなし……」
今まではビーム発射の後、口はすぐに閉じていた。口が開くのは発射のときだけだった。もはや閉じる力さえないのか、あるいは――。
『全員退避! 第四射!』
ゼルエルは自らの身体になど頓着する素振りもなく、ただ眼前の敵を滅ぼすために動いた。
今のロキエではビームをもう防ぎきれない。詰みだった。
――それでも。
それでも右手を伸ばす。守らなければならないと、心の奥底から衝動が湧き上がる。
「任せてください。私が」
ロキエの眼前に白髪が舞う。二枚の翼を広げたアルターがちらりとこちらを見た。
「指摘します。それ以上の酷使は腕を破壊」
「でも、アルターじゃ防げない!」
「否定します。それは生命維持を優先する場合に限定」
彼女の言っている意味を理解するのに時間がかかった。なにも言えずにいるロキエを置いて、彼女は前方を見据える。
「死ぬ気なの?」
「肯定します。それが存在理由」
その小指にはめられた天輪の線の数を見て、ロキエは目を瞠った。
六本。それは天使化するフェーズ・セブンの一歩手前。いつそこに至っても不思議ではない領域。
嫌でもエミルの最期が思い出された。
止めようと手を伸ばすが、彼女の背には届かない。
「フェーズ・シフト、アクセラレイト」
アルターの天輪が異様な輝きを放った。彼女が手をかざすと同時、ゼルエルのビームが発射される。
炎とビームが正面からぶつかり合い、拮抗する。
その状況は明らかに異常だった。一緒に戦っていたからわかる。アルターの天輪にこれほどの出力はなかった。出力で言えばルルトの方が上のはずだ。
ロキエの不安を裏付けるように、アルターの身体にいくつもの亀裂が走り、鮮血が飛んだ。見る見るうちに怪我は広がり、深くなる。それでも彼女は天輪を発動し続けた。
アルターの右腕が弾け飛んだのは、ビームが消失するのと同時だった。ぐらりと揺れて倒れ込みそうになるも、足を踏ん張って耐える。右の小指についていた天輪は、腕が消えた後も同じ場所に浮かび続けている。
天輪のついている部位を破壊されたところで、天輪を失うことはない。それはつまり、天輪使いは生きている限り戦い続けることができるということだ。
ゼルエルの口から白色の光が漏れ出る。第五射目。もはやチャージという概念すらない。
「駄目だ! このままじゃアルターが!」
「いりません。心配。私は――兵器」
アルターの炎と光線が再び激突する。先ほどよりも威力の高いビームに押され、彼女の身体が徐々に壊れていく。腕が溶け消え、足が折れ、脇腹が穿たれる。それでも彼女は倒れなかった。
「守ります。私がっ!」
アルターの天輪が輝きを増し、それは完全な光の輪となった。彼女の天使化が始まる。それに比例するように炎は勢いを増し、光線を押し返す。拮抗したのも束の間。赤が白を塗り潰し、ゼルエルの口を貫いた。
歓声が上がる。今こそ反撃のときだと。
天輪使いたちがゼルエルに群がる中で、ロキエは身体の無理を押してアルターに駆け寄った。
傷のない場所を見つける方が難しいほど、彼女は満身創痍だった。素人目に見ても、もはや助からないことはわかった。
「アルター、どうして……」
「言いました。これが兵器としての役目」
「なに言ってるんだよ。兵器のはずが――」
アルターの身体に亀裂が広がる。
「死にます。天使になると同時。そう作られています。兵器だから」
彼女の言葉を裏付けるように身体が崩れ始めた。ゼルエルとの戦いで負った傷とは別種のものだ。
天使になったらアルターは死ぬ。どれだけ信じがたくとも、目の前で起こっているのだから信じざるを得ない。
ロキエは咄嗟に彼女の身体を上っていく光の輪を掴んだ。それで止まるはずがないと思いながら、それでも掴まないではいられなかった。
無駄だとわかっていても――それでも。止まればいいと願いながら、右手で掴んだ。
その瞬間、ロキエの天輪が輝きだし、アルターの光輪が消滅した。同時に彼女の身体の崩壊が止まる。
なにが起きたかわからなかった。それはアルターも同様なようで、目を丸くする。
「驚愕します。これはいったい…………がっ――」
天使化は止まった。だが、彼女の身体はすでに限界を迎えていたのだ。
「そんな……どうして……」
「泣かないで。壊れる、道理」
「アルターは兵器なんかじゃない! 人間だよ!」
表情の乏しい彼女にしては珍しく、口元に笑みを浮かべていた。だが、彼女はなにも答えてくれなかった。
「アルター?」
「彼女は、もう…………」
ルルトの言葉に、ロキエの視界が滲んだ。
彼女の死に顔が見えなくなり、なにもかもがぼやけていって、やがて意識が白く塗り潰された。
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