第10話 初戦

 情報の通り、森林の中では多くの聖獣を見かけた。今までこの地域で確認されていた数よりも明らかに増加している。なにかが起きているのは間違いないだろう。


「ちっ、なんでコソコソしなきゃなんねんだよ」


 草木の陰に隠れながら、しゃがみ歩きをするラルアが不満を漏らす。


「騒ぎを起こしたら調査にならないでしょー」


 彼の後ろに続くパルが囁き声でたしなめると、さらに不機嫌な舌打ちが響く。先頭を行くピルリスは二人に構う様子もなく周囲に目を配らせていた。その背には長細い箱を背負っている。ロキエは彼らの後ろからそんな様子を眺めていた。ルルトは彼の後ろにいる。


 ラルアの言う通り聖獣を駆逐しながら進むことは容易だが、それではこの森でなにが起きているのか調査どころではなくなる。聖獣の相手は最小限にとどめておくべきだ。


 だが、奥へ進むにつれて聖獣の数は目に見えて増えていく。そうなれば必然、接敵は避けられない。


「前方、木の上にサンシミウスが五体」


 ピルリスが身振りで制止を呼びかけ、声を潜めて言った。


 彼女の視線の先には白の毛むくじゃらな生き物がいた。足が短く、その代わりとばかりに腕が異様に長い。四足がありながら、木々の移動には長い尾を使っている。強敵ではないが、とても身軽ですばしっこい。接近戦では攻撃が当てにくく、ロキエにとっては厄介な相手だ。


「また迂回するー?」


「いや、おそらくどこも同じだろう。まるでなにかを守っているかのようだ」


「突破するしかねえってことだな」


 凶悪な笑みを深めるラルアに、ピルリスが釘を刺す。


「一瞬でケリをつける。ラルアはサンシミウスを落とせ。無駄に派手に戦う必要はない」


「けっ。わかってるっつーの」


 明らかに戦意が削げていた。暴れ回る気満々だったのだろう。


「僕たちは――」


「うちたちはやることないよー。こういうのピーちゃんが一番向いてるからー」


 この場にそぐわぬ脳天気な声はしかし、ピルリスへの信頼ゆえなのだろう。まだ入って間もない自分が口を挟むべきではないだろうと、ロキエは傍観することにした。


 ラルアは両手をサンシミウスたちの方へ向ける。右手首の天輪が輝き出すと同時、場の風の流れが変わり始めた。


「ラルアくんはねー、風を操ることができるんだよー」


 意志を持ったようにうごめく風が、木から木へと飛び移っていたサンシミウスを捉える。跳躍の勢いを削がれ、木の枝へ伸ばした尾が空を切る。そのまま重力に従って落下を始めた。


 ピルリスが音もなく地を舐めるように疾走する。腰に佩いた武器の柄に手をかけた。わずかに曲線を描く剣――刀を抜き払う。彼女の左腕――二の腕にある天輪が輝き、次の瞬間には五体のサンシミウスが真っ二つに分かたれて、色のない透明な液体を撒き散らした。水のようなそれこそが彼らの血液だ。


「ピーちゃんは武器の切れ味を凄くするんだってー。天使すら一刀両断できちゃうんだー」


「刃さえついていれば、私に切れないものはない」


 戻ってきたピルリスが涼しい顔で言う。


「持ってなけりゃ意味ねえけどな」


「貴様のも無風状態では意味がないだろう」


「んだとコラ! やんのか?」


「やるわけないだろう。今は任務中なのだからわきまえろ」


 てっきりロキエとだけ険悪なのかと思いきや、そんなこともないようだ。ラルアは感情に任せて誰彼構わず喧嘩を売るタイプらしい。


 武器を手にしていなければならないという制約つきでも、ピルリスの天輪は破格の能力だろう。接近戦であれば無敵と言っていいかもしれない。触れなければならないロキエに対し、ピルリスは自由に武器を選べる。刃さえあればいいのだから、リーチを長くすることも可能。圧倒的に戦い易い。引退が迫っているフェーズ・ファイブというのが惜しい点だ。


 ラルアの天輪についてはほぼ制約がないと言っていい。なにせ天使との戦いは屋外がメインであり、風のない場所など存在しないからだ。仮に屋内であっても、無風状態などそうそうない。ピルリスと比べて直接的な攻撃力としては劣るが、その分、汎用性が高い。フェーズ・フォーであるため、今後の能力強化も期待できる。


 ラルアが相手を間合いまで引き寄せ、ピルリスがトドメを刺す。仲はともかく、天輪の相性がとてもいい二人だ。


「パルさんはどんな能力なんですか?」


 ロキエが尋ねると、彼女は怪しげな笑みを浮かべて顎に手を添える。


「聞きたいー?」


「はい、是非とも」


 隊を組む場合、通常は仲間の天輪の能力を事前に知らされるものだ。しかし、この第一三部隊ではそれがなかったため、今の今まで彼らの力を知らなかった。一パーセントでも勝率を上げるためには手札を知っておくべきだ。この機会に把握しておきたい。


 しかし、パルは唇に指を立て、片目を瞑って見せた。


「ひ・み・つー」


 ピルリスあたりがやっていれば艶やかだったろう光景だが、幼い容姿のパルがやると微笑ましい限り。背伸びしている感じが特に。


 それが伝わったのか、彼女は半目になってロキエを睨み上げた。


「今、とーーーーーっても変なこと考えてなかった?」


 いつもの間延びしたものではない、ドスの利いた声。妙な迫力にロキエは咄嗟に口を開けず、慌てて首を横に振る。


「ならいいけどー」


 果たしてどちらが本当の彼女なのだろうか。ラルアに目線で尋ねようとするが、彼は豪速でそっぽを向いてしまう。彼の横顔には『聞くな殺すぞ』と書かれているように見えて、ロキエは追求を諦めた。


「避けろっ!」


 突如として響くピルリスの鋭い声。


「え――」


 振り返るパルの眼前に迫ったのは、弾丸のごとく飛んできたサンシミウス。まだ一体潜んでいたのだ。その長い腕の先に光る爪が、彼女を切り裂かんと振り下ろされる。


 ピルリスは距離的に間に合わず、ラルアの天輪を発動する時間はない。それはルルトも同じだった。パルは虚を突かれたのか、反応が一歩遅れた。誰もがその先にある悲劇を想像する。


 だが、そうはならなかった。


「ほえ?」


 パルの眼前に現れた右手。それにサンシミウスが触れた瞬間、その身体は土塊となって崩れ落ちた。


「間に合ってよかった……」


 ロキエはほっと胸を撫で下ろす。ピルリスの声が聞こえたと同時に天輪を発動させていたのだ。それは反射的な行動だった。


 身を守る術が右手しかないロキエにとって、危険にいち早く反応するのは最も重要なことだ。それをエミルに徹底的に叩き込まれた。死角から放たれる炎の攻撃を右手で消し去るという命がけの特訓はまさに地獄だった。しかし、そのおかげで身についた反射には何度も助けられている。今も仲間を助けることができた。


「ありがとー」


 脱力して座り込んだ彼女は苦笑を浮かべる。


「パル、油断しすぎだ。ここは敵地。いつなにが起きるかわからない」


「へへへー、ごめんごめーん」


 あまり反省の色が見られないパルに、呆れ混じりのため息を漏らすピルリス。ただ、その表情にはわずかに安堵が見られた。


「みなさん、すぐに移動しましょう。今ので聖獣がこちらに寄ってきています」


「そーだね! よし、しゅっぱーつ!」


 一行はできるだけ隠密に、しかし迅速にその場をあとにした。

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