第11話 力比べはお手のもの

 ただ、先ほどの戦闘によって敵の警戒レベルが上がってしまったらしく、向かう先々で聖獣に遭遇した。サンシミウス程度の聖獣であれば、油断さえしなければ敵ではない。だが、中には下級天使――二枚翼を持つ個体――と同等の戦闘力を持つ聖獣もいた。


 体長約三メートルの巨体。大地を踏みしめる四足は樹木すら容易くへし折る脚力を持つ。特筆すべきは頭部に生えた二本の角。まるで手のひらを広げたような形のそれは、先端の一つ一つが鏃のごとく鋭い。突進をまともに受けた人間が木端微塵に吹き飛んだという話もあるほどに、脅威度の高い聖獣だ。


 サンケルウスと呼ばれるその個体は、一体であれば下級天使には遠く及ばない。だが、それは基本的に数体の群れで行動し、ときに数十体の大群で大地を揺らすことさえある。サンケルウスの大群が通った後にはなにも残らないと言われ、それこそが下級天使に匹敵するとされるゆえんだ。


「うー、厄介なのがきたよー」


 目の前には八体のサンケルウス。すでにこちらの存在を視認されており、地面を踏みならす音が地響きのように聞こえてくる。巨大な体躯と角が相まって、凄まじい威圧感だ。


「どうするー? ピーちゃん」


「逃げるだけ無駄だろう。貴様の天輪はどういう力だ」


 ピルリスがルルトに問う。


「炎を生み出し、自在に操ることができます。しかし……」


「ここで派手に使えば森を全焼させかねない」


「はい。なので、炎剣による近接攻撃と考えてください」


 ふむ、と顎に手を当てて考え始めるピルリス。当然ながらそれを待つことなくサンケルウスの群れは地面を抉るように駆け出した。


「おいっ!」


「うるさい。策を練るのは得意ではない。とりあえず貴様が一体を押さえ、他を援護。それぞれが一体ずつ受け持つ。パルは四体だ」


「うえー、なんでうちだけ多いのー!」


「力比べはお手のものだろう。各自撃破後はパルの援護に」


「うちはか弱い乙女なのにー」


 言いつつパルは左手の人差し指にはめた天輪を発動させる。


「久しぶりに暴れちゃおっかなー」


 言葉とは裏腹に随分とやる気のようだ。準備運動のように肩をブンブン回してから、パルは走り出すポーズを取る。


「行っくよー」


 声とともにパルは足元の地面を穿ち、猛スピードでサンケルウスへ突攻した。あろうことか彼女はそのまま正面からぶつかる。


 悲惨な光景を想像したロキエだが、それは杞憂だった。


 パルはサンケルウスの角を根元から掴み、その小さい身体で巨躯を受け止めていた。押されるどころか押し返し、相手の方がジリジリと後退させられている。


 その異様な光景を目の前にして危機を感じ取ったのか、二体のサンケルウスがパルに襲いかかる。


「甘いよー。おりゃー」


 気の抜ける声とは相反して、彼女はなんとサンケルウスを振り回した。迫る二体をなぎ倒し、ロキエたちの方へ向かっていた一体に投げ当てた。


 目を疑うような光景に、初見のロキエとルルトは唖然とする。


「相変わらずの馬鹿力だぜ」


「よし、作戦通りだ」


 ピルリスが無表情で堂々と言うものだから、誰も指摘できない。


 ロキエたちは散開してそれぞれ一体ずつを引き受ける。逃げ回っていればいいわけでもなく、他の聖獣が集まる前に撃破しなければならない。それに、いくらパルが強いと言っても長時間四体を相手にするのは厳しいだろう。


 ロキエは追ってきたサンケルウスを見やる。地響きのような足音。それによる衝突の威力は計り知れない。右手を触れれば倒せるとはいっても、一歩間違えば木端微塵だ。恐怖を拭いきれない。


 サンケルウスの突進を避けて横に転がる。勢いを殺しきれなかった巨体は大木を二本ほどなぎ倒してからようやく止まった。頭から突っ込んだのにもかかわらず無傷で、角は一ミリも欠けていない。


 冷や汗が流れ落ちる。倒すイメージがまったく湧いてこない。


「さがってください。私が二体相手にします」


 ルルトが駆け寄ってきた。それは心強くもあり、惨めでもあった。


「いや、僕も戦うよ」


「ですが――」


 ロキエだって天輪使いだ。守られる立場の人間ではない。


「森を焼かないように気を遣うんだから、ルルトの天輪はかなり制限される。むしろ一人で倒せないと思うけど」


「それは…………そうかもしれませんが」


 この一帯を焼き尽くしてよければ、サンケルウスの群れなどルルトの天輪で一掃できるだろう。だが、不用意に自然を壊せば資源が減ってしまい、自らの首を絞めることになりかねない。


 天使との戦いは環境に気を遣う余裕がないため仕方がないが、今回はただの調査だ。その意味でロキエの天輪ほど適した能力はないだろう。


「ルルトは僕が触れるように隙を作って」


 一秒にも満たない逡巡の末、彼女は首を縦に振った。


「わかりました。ですが、最も大切なのはあなたの命であることを忘れないでください」


「うん、ありがとう」


 もとより死ぬつもりなどなかった。エミルを失ったときならいざしらず、今はルルトがいる。記憶を失ってもなお、ロキエのことだけは知っていた。そんな彼女を残して死ねるほど薄情ではない。


 二体のサンケルウスは同時に地を蹴った。先ほどよりも足が遅いのは、無策の突進では捉えられないと学習したからだろう。


 ルルトも遅れて駆け出して、その手に炎を現出させる。剣の形になったそれを一体の頭部へ振り下ろした。衝突。拮抗はせず、ルルトは上に跳んで衝撃を殺しながら一回転。綺麗な放物線を描き、サンケルウスの背後に着地する。そのまま後ろ足を一閃するが、焼け傷は浅い。


 サンケルウスの空気を裂くような強烈な後ろ蹴りを、ルルトが後方へ跳んでかわした。そこへ突っ込んできたもう一体が前足を振り下ろす。ルルトは前に転がって避けると同時、腹部へ炎剣を走らせた。


 サンケルウスが悲鳴を上げ、ジュウジュウと水分の蒸発する音が弾ける。ようやくまともな攻撃が通ったようだ。


 続けて腹部を攻撃しようとするルルトだが、サンケルウスの踊り狂うかのようなステップによって阻まれる。そのどれもが必殺の踏み潰し。反撃する余裕はなく、回避に専念せざるを得ない。


 ルルトが抜け出たところを狙って、もう一体が角を薙いだ。


 当たれば彼女の華奢な身体は一発で壊れるだろう。


 だが、ルルトは避けなかった。


 彼女に角が触れる直前、サンケルウスの身体は崩壊して土塊と成り果てた。敵の注意がルルトに集中している間にロキエが肉薄し、その右手で触れたのだ。


 残った一体は目の前で起きた現象に戸惑い、怯んだ。


 その隙をついて、ルルトが炎剣を敵の頭部へ叩きつける。目潰しだ。それで注意は再びルルトへ向かい、先ほどと同様にロキエが触れる。それで終わりだった。


 いくら強靱で鋼鉄のような肉体だろうと、この力を前にすれば等しく無力だ。


「怪我はありませんか?」


「うん。ルルトの方こそ」


「私は平気です。この通り」


 その場でくるっと回って見せる。まるで買ったばかりの服を着て見せてくる子供のようで微笑ましく思った。決して顔には出さないけれど。


「じゃあ、パルさんの手助けを――」


「うおりゃー」


 間の抜けた声とともにロキエの真横をサンケルウスの頭部が通り過ぎる。飛んできた方を見ると、その前には頭のない四足生物の巨躯があった。ゆっくり倒れ伏したそれが起き上がることは当然ない。


「強すぎる……」


 パルの周りには四体のサンケルウスの亡骸。どうやらたった一人で倒してしまったらしい。ラルアとピルリスが受け持った聖獣もすでに沈黙していた。


「これくらいで驚かれちゃ困るなー。うちが本気出したら山が一つなくなるんだよー」


「マジで吹き飛ばして始末書だったもんな、チビゴリラ」


「ラルアくん、一回死んで頭悪いの直して来ようか」


 据わった目でラルアを見据え、腕をブンブンと振り回す。


「遊んでいる場合ではない。今のうちに進む」


 駆け出すピルリスだが、いがみ合う二人は後に続かない。それを見た彼女は戻ってきて、刀の柄に手をかけた。


「任務遂行の障害は排除してよいと言われている」


「ち、違うよー? うちたち仲間でしょー?」


「けっ。ここにも単細胞ゴリラが――いってえぇぇぇ」


 鈍い音が響いた。ピルリスが柄頭でラルアの脳天を叩いたのだ。


「次は刃で切る」


「馬鹿か! 死ぬだろうが!」


「それが嫌なら早くしてほしい。時間を無駄にするな」


「ああん? やれるもんなら――」


「あーあー、うんうんそうだねそうだね早く行こー」


 パルがラルアの口を押さえて無理矢理黙らせた。


 ピルリスと距離が開くのを待ってから、パルが小さな声で言う。


「ピーちゃんを怒らせたら駄目だよー。本当に殺されちゃうよー」


「けっ。あんなやつ俺の天輪で――」


「早く」


 遠くから届いたピルリスの冷え切った声に、その場の全員が顔を青ざめさせた。殺気が混じっているように思えるのは決して気のせいではないだろう。ラルアは反抗的な態度を取りつつも、すでに走り出していた。


「行きましょう。彼女は危険です」


 ルルトの言葉に頷きながら、ロキエは彼らの後を追いかけた。

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