第17話 新メンバー

 ブリーフィングルームへ入るなり、強烈な怒気と殺意がロキエへ押し寄せた。二人分の視線から逃れるように俯いていると、後ろからパルが脳天気な挨拶で入ってくる。


 だが、それを無視して赤毛の少年が大きな足音を立てて近づいてきた。


「テメエ、よくもツラ出せたなあ。ちょうどいい。俺も一発ぶん殴りてえと思ってたとこ――」


 胸ぐらを掴もうとした手を横合いからルルトが叩き落とす。


「ああん?」


「ロキエに触れないでください。もっと言えば、半径三メートル以内に近づかないでください」


「そうかまずはテメエからか!」


 額に青筋を浮かべ、拳を握りしめるラルア。それに対し、ルルトも肩を回して臨戦態勢を整え始める。


 リーベが額を押さえてため息を漏らす。一触即発の緊迫感が弾けそうになったそのとき、ブリーフィングルームの扉が開いた。


 そこに立っていたのは処女雪のような白い髪を腰あたりまで伸ばした少女だった。病的な白い肌も相まって、紅の瞳がひときわ存在感を放つ。


「来たな。紹介しよう。今回の任務で第一三部隊と行動を共にすることになった――」


「初めまして。名称、アルター・モラリス」


 不思議だった。アルターとは初対面ではない気がした。だが、記憶のどこを探しても見つからない。こんなに目立つ容姿の少女であれば覚えていそうなものだが、どうしても思い出すことができなかった。


「けっ、また新入りかよ。おい、リーベ。今度はちゃんと殺せる奴なんだろうな?」


 リーベが口を開くよりも先に、アルターが首を傾げる。


「質問します。なにを?」


「あ? んなもん決まってんだろ。天使化した天輪使いだ」


「質問します。それは天使?」


「テメエふざけてんのか!? あとそのしゃべり方やめろ鬱陶しいんだよ!」


「謝罪します。喋るのは苦手。肯定します。天使を殺すことが目的」


 ラルアは早くも我慢の限界を迎えたのか、唸り声を上げて髪を掻きむしる。ひときわ大きな声で吼えると、アルターとの会話を放り出して離れた椅子にどかりと座った。


「推測します。ラルアは短気」


「っ――――」


「わー、面白い子が入ってきたねー」


 再び近寄って来たラルアを押しのけて、パルがアルターに話しかける。


「極小」


「――あ?」


 天輪を発動して腕まくりするパル。そんな彼女を無視して、アルターはロキエに向き直った。


「理解できません。………………不明」


「え? なにが?」


 首を傾げて見せると、彼女もまた同じ方向に首を傾げた。


「不明」


 ロキエに対しての発言なのは間違いないが、意味がわからなかった。


 彼女が一歩近づいて来たのに合わせて、ルルトがロキエを引っ張って一歩引かせる。


「アルター。変なことを言ってロキエを困らせないでください」


 ラルアのように敵意を向けて来ているわけではない。だが、ルルトは眉間に皺を寄せて彼女に苦言を呈する。


 そんな反応を余所に、アルターはずかずかとルルトに歩み寄り、しばらく見つめた後、彼女の頭に手を乗せた。ゆっくりとルルトの頭を撫でる。


「賞賛します。いいこいいこ」


 アルターは表情に乏しかったが、微かに笑っているように見えた。


「なっ、なにを…………」


 予想外の反応に混乱をきたすルルト。怒るにも怒れず、かといって拒絶するでもなく、撫でられ続けている。


 微笑ましい光景に、リーベが二度目のため息を漏らす。


「なあ、どうして第一三部隊はこうも問題児ばかりが集まるんだ?」


「断定します。問題児だけを招集」


 ピルリス以外の全員が同時に「お前が言うな」と突っ込んだのは言うまでもない。


 彼女はというと、壁に背をもたれて目を瞑っていた。組んでいる腕の先で、人差し指が一定のリズムで二の腕を叩いている。それはロキエが部屋に入ったときと比べて二倍速となっているから、苛立っていることは間違いない。


 リーベは咳払いを一つしてから、真剣な面持ちに戻って会議を始めた。冷淡な声は指揮官としての威厳をもたらした。その緊張感が自然と全員の表情を引き締める。


「任務の概要を説明する。現在、レクウィエスの森のさらに東に二〇〇キロメートル離れた平原に上級天使が進行中。全長約一〇メートル、幅五メートルの超大型だ。内部に高エネルギー反応があり、一定時間経つごとにビームを発射する。これが恐ろしい破壊力でな。それで先行していた第六部隊の半数が消滅した」


「消滅って……」


「文字通り、跡形もなく消えてなくなった。あれを防ぐには同じだけの出力をぶつけるか、なんらかの方法で打ち消すしかないだろうな」


 指揮官として振る舞う際のリーベは一切の感情を出さない――ように心がけている。動揺や不安が部下に伝わり、士気が下がることを避けるためだ。しかし、彼女の言葉の節々からは押さえきれない怒りが感じられた。


「ビームの射程距離は一〇キロメートルというふざけた代物だ。射程圏内に入れば終わり。ここは消し飛ぶ。幸い、敵は地面を歩いているから進行速度が遅い。身体が大きすぎてご自慢の翼が使い物にならないらしいからな。それでも約五時間後にここが射程圏内に入る計算だ」


「さっさとそいつをぶっ殺せばいいだろうが」


「そうしたいのは山々だが、上級天使の周囲には下級天使と聖獣がうじゃうじゃいるんだ。近づくだけでも容易ではない上、取り巻きに時間をかければビームで消し飛ぶ」


 聞いただけで顔を顰めたくなるほどの高難易度任務。


「八方塞がりだねー」


「そこで上層部は考えた。ビームを防げばいいだろう、と」


「あ? それができねえから無駄死にしてんだろうが」


「ラルア、無駄な死などない。彼らは人類のために勇敢に戦い、私たちに有益な情報を残してくれた」


「…………ちっ、悪かったよ」


 嘘偽りのない誠実な眼差しに、さすがのラルアもばつが悪そうだった。


 リーベはしばしの沈黙の後、重い口を開いた。


「――ロキエ、お前が上級天使の攻撃を防ぐんだ」


「え、僕が?」


 それが上層部の決定だと彼女は言った。


「そんなの、死ねと命令しているのと同じじゃないですか!」


 激昂したルルトはロキエを庇うように前に出た。だが、リーベは彼女に取り合わずにロキエを見据える。


「できるか?」


「……リーベさんはできると思ってるんですよね?」


 その問いに、リーベは長考してから口を開く。


「正直に言うが、防げて一発だろう。お前の天輪は運動エネルギーまでを消すわけではないからな」


「一発なら腕が保つ、ということですね?」


「ああ。エネルギー量からしてその計算だ。これまでの天使の攻撃間隔から、お前らが到着してから敵が撃てるのは二発。二発目が撃たれれば第三支部は消滅する。ロキエは最前線で一発目を防げ。その後、二発目までの猶予の間に上級天使を撃破する」


 失敗が滅亡に直結する戦い。だが、逃げようとする者は誰一人としていない。毎日が死と隣り合わせの戦場で、その未来は常につきまとっているから。逃げることは死を意味する。だからこそ彼らは立ち向かい続ける。


「諸君らの健闘を祈る」


 第一三部隊の死闘が幕を開けた。

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