第4話 絡まる絆 中編

 馬車がわだちを刻む振動が心地良かった。


 勿論、気持ち良いのはこの馬車の座席が最高級のスプリングを用いたブロケード張りのものだからだし、車輪一つにしても細心の注意が払われた、言ってみれば芸術品なのだからなのだけれども。


 芸術の国メルローア。

 職人達も皆、高いプロ意識と職人魂を持ち合わせている。


 レーシアーナはほうっと溜息を吐いた。

 レイデン家のレーシアーナになるのは久しぶりのことだった。いつもブランシールの侍女であるだけの自分なのに。

 着慣れないコルセットはやたら窮屈で、それに、――それに気の重い役目だ、と、レーシアーナは思う。


 『望月』……あの絵を手に入れられてからブランシール様は変わった。


 何処がどう変わったかまで言い表せないのが歯痒いが、だが、確かに。

 わたくしの知っているブランシール様ではない。


 きっと宮廷内に蔓延る噂の半分は真実なのだろう。魔女ではないと思う。いや、思いたい。レーシアーナがただ一人の主と忠誠を誓った相手が魔女などに魅入られているなど、そんな事はあって良い筈がない。でも……。


「魔女より怖い存在であるかもしれないわ」


 小さく呟いて、レーシアーナは薄く紅を施した唇を舐めた。

 そうだったら戦わなくてはならない。レーシアーナはドレスの胸元に短剣を隠してある。短剣の使い方はしっかりと習った。ブランシールがレーシアーナ以外を遠ざける為、もしもの事があったら肉の盾となってブランシールを守るのが、レーシアーナの役目であった。ただの侍女ではないのである。


 もし、悪い女だったら、殺してしまおう。


 短絡的に、レーシアーナはそう考えた。

 咎は一身に引き受けるつもりだ。

 ブランシールからの信頼も裏切ることとなり、それだけが心苦しいけれども。


 緑麗館まではあっという間だった。


 そして、御者が馬を止め、扉を開いてレーシアーナが馬車から降りるのを手助けする。レーシアーナが無事に着地すると、御者は次に『レイデン侯爵令嬢』に従ってきた侍女を助けおろす。


 レーシアーナは大きな門を見上げた。

  門から続く塀に囲まれた緑麗館は全てがレーシアーナの立っている場所から見える訳ではなかったが覗く一部分だけでも美しい館だった。ただ美しいだけでなく気品のあるこの館はその門扉も美しい。レーシアーナの記憶にほとんど残っていない生家の侯爵家の屋敷より余程堂々とした佇まいである。

 侍女がレーシアーナに礼を取り、レーシアーナが頷くとその侍女は門扉のノッカーに手を伸ばそうとして。


 その瞬間、扉は勝手に開いた。


 レーシアーナは呆気に取られる。けれど声を上げる事も驚きを顔に露わにすることも、すんでのところで堪えた。

 侍女がレーシアーナに救いを求める視線を向ける。しかし、レーシアーナにそこまでの余裕はなかった。なかったがこの侍女はブランシールからの借りものだ。


 わたくしが、ちゃんとしないと……。

  開いた門扉の向こうから出迎えの侍女と従僕が現れ、丁寧に礼を取った。よく躾けられている事が侍女でもあるレーシアーナには、はっきりとわかる。極上の使用人だ。

 レーシアーナは何か言わなければと思う。けれど、この出迎えが余りに予想外で何と言葉を紡げばいいのやらさっぱり解らない。


 まるでわたくしが来るのが解っていたかのようだわ。でもそんな。まさか。


「レーシアーナ・フォンリル・レイデン様、ご到着―!」


 従僕が張り上げた声にレーシアーナは更に驚いた。

 レーシアーナの本名を知る者がこんな場所にいるだなんて!? 自分はいつも『侍女のレーシアーナ』で通っていたのに!


「あ、あの」


 レーシアーナの頭は気を抜けば真っ白になりそうになる。レイデン侯爵令嬢として訪れたのにその名を名乗る前に知られているという事がこんなにも恐ろしい事だとは知らなかった。

 しかし、……レーシアーナの胸が早鐘を打つ。


 怯えてどうするというの!? 馬鹿ね、レーシアーナ。この世にブランシール様を落胆させる以上の恐ろしい事などあるものですか!


 そう、レーシアーナは大事な役目を背負っている。内容を知る事もない、けれど、主人が望む以上この身この命に代えても役目は果たさねばならぬ。


「出迎え有難う。レーシアーナ・フォンリル・レイデンと申します。突然の訪問で申し訳ありませんが、ローグ嬢にお取次ぎをお願いします」


 レーシアーナは声が上ずらなかったことも言葉の途中で噛まなかったことも自分を褒めてやりたかった。普段侍女として生きるレーシアーナは何処まで相手に尊大な態度を取るべきなのかは分からない。ただ、約束もせずいきなり押し掛けてきた事実もあって侯爵令嬢としての訪問でありながら口調が何処か丁寧になる。


 そんなレーシアーナに体格のいい侍女が丁寧に一礼してから言った。


「館の中庭にあります東屋で、我らが主人はお茶の準備をしています。十時のお茶の時間に貴女様がいらして下さってようございました。主人は毒蛇の毒に汚染された宮廷にて咲き誇る野望は持ち合わせておりませぬが、一人でお茶の時間を過ごすのは寂しいと、常々私達使用人に申しておりました」


「お茶を……?」


 何だか変な気分だった。

 何もかもが芝居の台本のようにするすると進んだ。レーシアーナは自分が警戒し過ぎであったのだろうかと訝る。


 侍女と一緒に自分達を出迎えた三人の従僕がレーシアーナの侍女と御者を案内し始める。客人の館へ着いたら侍女や御者にはそれぞれ休む場が与えられるのはそうおかしな事ではない。侍女は仮の主人であるレーシアーナが伴いたいと願えばそれも可能だろうが、レーシアーナにはそんな事を考える余裕がなかった。


 やはり、どう考えても普通ではない。

 自分を出迎えるタイミング、そして庭園でのお茶。出来過ぎている。

 

 魔女だという噂は本当なのだろうか? 自分の来訪を予言して見せたそれは魔力ではないだろうか。


 気を抜くと、殺されるかもしれない。

 相変わらずわめき立てる胸にそっと手をやると固い短剣の柄が布越しに感じられた。その感覚がレーシアーナの心に冷静さを取り戻させる。


 ああ、そうだ。ブランシール様のお手紙。

 レーシアーナの顔に、ふと赤みが差した。

 彼の名前を思い出すだけでも、レーシアーナには勇気に繋がる。


「私がご案内致します、どうぞこちらへ。レイデン侯爵令嬢様」


 侍女がすっと前に進み出た。


「名乗り遅れた無礼をお許し下さいませ。私はマーグと申します」


「有難う」


 もうレーシアーナは怯えてはいなかった。


 そうね、少しでも恐ろしいと思ってしまったのならその瞬間にブランシール様の名前を心に唱えれば良いのだわ。それだけでわたくしは、何でもできる筈よ。


 マーグの案内に従い、レーシアーナは小さな足を上品に動かす。

 緑麗館はそこかしこにエメラルドがあしらわれた、豪奢な作りの館だった。門扉と塀に隠されていた場所も、一切の手抜きなしに美しく整えられた館。大理石をふんだんに使ったそれは王家の離宮といっても通るであろう品の良さである。


 雰囲気にのまれないように、レーシアーナは早速ブランシールの名前を心に浮かべる。


 回廊を渡って、中庭に出た。

 花に溢れた美しい庭に、館の豪奢さを思うと慎ましやかに見える東屋が見える。

 マーグに促され、レーシアーナはその東屋へ、エスメラルダの元へと向った。


「ようこそ、いらせられました」


 甘く蠱惑的な声が響く。


 東屋の周囲は桜の木に取り囲まれていた。まだ肌寒いのにその桜はまさに満開。その花弁が舞う。


 そこに君臨する少女は、エスメラルダだった。

 美しい少女。

 美しすぎる少女。

 枝がしなるほど花をつけた桜さえ、彼女の美しさの引き立て役に過ぎない。


「不思議な顔をなさっているのね、不思議でしょうか? 二人分のお茶の用意をしているのが」


 エスメラルダが笑う。挑戦的な笑顔だった。


「わたくしとて、身を守る武器を持っておりますのよ」


 つまりは諜報員が居るという事だ。それならすべて説明がつく。寧ろ諜報員がいるという可能性を考えもしなかった己を殴ってやりたいとレーシアーナは思った。

 しかし、ただの十六歳の娘に、今や身分もない娘に諜報員? 優れた諜報員は宝だ。何故そんなものをエスメラルダは従えているのだろう? ランカスターのそれを継いだとしか思えないが、彼らは十六の小娘に唯々諾々と従うようなものなのだろうか。


「お座りになって下さいませ、レイデン様。ああ、わたくしったらうっかりしておりましたわ。初めましてのご挨拶もせず」

 

 そういうとエスメラルダは腰をおった。


「エスメラルダ・アイリーン・ローグです。レイデン様」


「お顔をお上げになって! エスメラルダ様。わたくしはただの侍女にしか過ぎません」


 レーシアーナは狼狽する。まさかこんな風に腰を折られ迎えられるとは思わなかったのだ。


「わたくしは侍女にさえなれぬ家の出ですもの」


 そう言いながら、しかし、エスメラルダは真っすぐに顔を上げ、レーシアーナを見た。


 エスメラルダは身分の事を卑下したが、しかし不思議と卑屈さは感じられない。ちゃんと受け入れて、そして頭をもたげている、それがエスメラルダという少女なのだ。


「わたくしはレーシアーナ・フォンリル・レイデンです」


「レーシアーナ様と呼んで宜しいかしら?」


 エスメラルダの問いにレーシアーナは少し考えた。

 親しくなりたいのならその方が良い。だけれども、親しくなることは許されているのだろうか。


 何故ならこの少女はフランヴェルジュと、そしてレーシアーナの命、ブランシールを虜にしているのだから。


 だが、レイデン様と呼ばれるよりはマシだ。

 レイデンという名前は、精々利用させてもらう。だけれども、割り切ったつもりでも自分がレイデンである事が時折嫌で嫌で仕方が無いのだ。


「解りました。わたくしもエスメラルダ様とお呼びして宜しいでしょうか?」


「ええ、勿論。さぁ、お座りくださいな。お茶を入れましょう。冷めてしまいますわ」


 いそいそとエスメラルダはお茶の準備を始めた。レーシアーナはエスメラルダに言われるままに席に着く。


 いつ、手紙を渡そうかしら?


 きっかけがつかめない。レーシアーナの予定ではエスメラルダに手紙を渡したなら、すぐさま城に帰るはずだったのだ。


 エスメラルダは優しい笑顔でティーコージーからティーポットを開放する。カップは熱湯を入れて温めてあったのだが丁度いい暖かさを保ってくれている。慣れた手つきでエスメラルダはお茶の準備をした。そして丁寧にケーキを切り分ける。先程までの挑戦的な笑顔は何処に隠れたのか。


 だが、レーシアーナは既に感じていた。小さな好意を。

 何故よく知りもしないのにそれを感じるのかレーシアーナにはさっぱり解らなかったけれど、何故か、感じてしまった。


 エスメラルダの小さくて細い手がレーシアーナの前にケーキの皿を置いた。

 そんな事、給仕にさせれば良いのに。

 淑女のする事ではない。


 この場には侍女も給仕もいなかった。

 レーシアーナを案内してきた侍女のマーグもいつの間にか下がっており、他の誰もこのお茶会に関わる者はいない。


 エスメラルダは自分の分のケーキを皿に盛ると、自分の席に着いた。


「さぁ、お召し上がりになって。お茶が冷めてしまいますわ」


 エスメラルダが勧めるので、レーシアーナは紅茶に極上の、それ故小さな形の砂糖を溶かしてから一口、ゆっくりと味わった。芳醇な味わいの茶葉は、茶会の主人のセンスの良さが窺える代物。


 そして次にケーキを口に含む。

 その途端、とても幸せな気分になった。

 ただの苺のケーキだ。生クリームたっぷりの、苺のケーキ。しかしそれは、王宮のケーキに勝るとも劣らないケーキであった。

 嗚呼、何という繊細な味だろう!


「とても……美味しいですわ。このケーキ、口の中で溶けてしまう位繊細なお味で」


 お茶会でケーキやお茶の事を褒めるのはマナーではあるが、レーシアーナはマナー云々ではなく本気でそう言ったのだった。


「宜しゅうございましたわ。わたくしも焼いた甲斐がありました」


 エスメラルダの言葉に、レーシアーナは素っ頓狂な声を上げた。


「貴女が!? ご自分で!?」


「母から厳しく育てられましたから。それにランカスター様はお料理の味に五月蝿くていらっしゃったので。ですから、料理の腕は自然に上がりましたの」


 ふ……と、エスメラルダは遠い目をした。

 母様、父様、ランカスター様。

 みんなみんないない。愛した人は皆いない。

 けれど思い出に浸ったのは一瞬だった。エスメラルダはその感傷を大急ぎで追い払う。今はそんな事をしている場合ではない。


 今は此処にレーシアーナがいるのだから。

 エスメラルダは優しく笑んだ。レーシアーナに少しでも良い印章を植え付けたかった。


「王宮のケーキより、わたくし、こちらが好きですわ」


 レーシアーナの言葉にエスメラルダは笑う。


「まぁ、光栄。第二王子様とお食事を共にしていらっしゃる方からそんな言葉が聞けるなんて」


 その瞬間、ケーキにうっとりとしていたレーシアーナは背中に氷塊を突っ込まれたようなショックを受けた。


 それは秘密なのだ。


 昼食を、事情が許す限りレーシアーナとブランシールは共にする。

 国王、王妃、王太子、そして自ら料理を運んでくる調理場の料理長だけが知っている秘密。

 そこまでして秘密にする必要のない事だった。本来ならば。


 だが、ブランシールは過去に毒殺されかけた事がある。ブランシールが一人きりで食事を取ろうとした際だ。

 毒でじわじわ黄泉路に近づく事よりも、一人で死んでいこうとする恐怖の方が怖かったとブランシールは言う。だから、ブランシールは、朝は兄と、昼はレーシアーナと、夜は夜会があればその場で、何もないときには家族と共に摂る。


 一人で食事をしようとすると、ブランシールは全て吐いてしまうのだ。


「貴女……怖い方ね」


 レーシアーナはそういって胸元に手をやった。

 するとエスメラルダが鈴を振るように軽やかに笑う。


「わたくしが怖い? わたくしは後ろ盾となるものもおらず、ただこの館で朽ち果てて行くだけの身ですのに?」


「ならば何故……!? 何故貴女はそんなに王宮の事について詳しいの!?」


 レーシアーナは服の上から短剣を握り締めて問う。


 エスメラルダは微かに目を伏せた。もう、笑ってはいない。


「秘密にされたのは、畏れ多くも王宮の奥深くで守られている筈の子供に毒を盛られたから。ただ単に王子を殺そうとしたばかりでなく、王家の体面に泥を塗る大罪をも犯したとされ、毒をもった者達の身元は全て洗い出され人知れず始末された。ランカスター様が教えて下さいました」


 レーシアーナの額を汗が伝う。


「ねぇ、レーシアーナ様。わたくしは何も知らないふりも出来ましたわ。なのに何故、自分から『わたくしは危険人物です』と言うような真似をしたのか、お分かりにならない? わたくしは……」


 不意にエスメラルダの言葉が震えて、レーシアーナはエスメラルダを見つめた。

 エスメラルダはまるで恥らう少女のようだった。


「貴女に……お友達になって頂きたかったの。勿論、口は災いの元、知らぬ振りをしていたらとも思ったわ。何にも知らない馬鹿な娘でいた方が貴女に好いてもらうのは簡単だったかもしれない。でもそれじゃあ、本物のお友達にはなれないわ」


 エスメラルダの頬を涙が伝った。泣く気なんかなかったのに何故涙が流れるのだろう。エスメラルダは涙は女の武器だという言葉が大嫌いだったのに泣いている自分をどうしていいか解らず、気付けば言葉が感情的になっていく。


「わたくしにはランカスター様が父であり、兄であり、親友であり、恋人だったわ。あの方を失って、今のわたくしには何もないの。でも、そんなの嫌よ。独りは嫌。でも愛せない人と無理やりお友達ごっこをするのはもっと嫌。だから貴女を選んだの。貴女にお友達になって頂けたらと、願ってしまったの。ブランシール様が貴女を使者にして下さった事は幸運だったわ。でもそうでなくとも、わたくしは貴女に近づいたつもり」


 エスメラルダは涙を拭かない。レーシアーナは胸元から手を離してハンカチーフを取り出した。


「お使いくださいな」


 エスメラルダの言葉に欠片でも嘘が見いだせたのなら良かったのにとレーシアーナは思う。けれど、侍女として、それなりの人の裏表を見て来たレーシアーナの目に映るエスメラルダは、ただ愛情に飢えた目をして、友と呼べる相手を欲しがる子供のようにしか見えない。


「有難う。ご免なさい。取り乱してしまいましたわね」


 エスメラルダはやっと涙をぬぐう。


「レーシアーナ様、どうかわたくしのお友達になって下さらない? 今のわたくしに出来る事なんて殆どないけれど、もし貴女が受け入れて下さるなら決して裏切らないと誓うわ。お友達という存在が今までわたくしにはいなかったから、沢山間違えてしまうかもしれないけれど、心の限りで貴女を愛するわ。でも、受け入れがたいと貴女が思われるなら――胸元の短剣で一思いに楽にして下さらないかしら? もう、独りは嫌なの……」


 レーシアーナの胸に痛みが走った。

 独りは嫌。


 レーシアーナもそうだ。

 仕える主人がいる、その主人の事を心から愛している。それでも独りだと思ってしまうのは傲慢だろうか。

 独りは……嫌だ。


 レーシアーナは胸元から短剣を引きだした。

 エスメラルダは濡れたエメラルドの瞳で吸い付けられるようにそれを見つめる。


 一瞬の逡巡の後、レーシアーナはその短剣を彼女からもエスメラルダからも離れた場所に放り投げた。


 そう、わたくしも独りは嫌で、独りではなくなる機会があるのなら、どんなことをしても逃したくはないわ。


 そう心の中で呟くが、胸の中に何処か気持ちのいい敗北感も同時に感じていた。


 どうやら。

 主君ともども虜になってしまったみたいね。


 レーシアーナは溜息を押し殺す。本当に困ったことだこと。


「エスメラルダと呼んで下さらなければ嫌よ、レーシアーナ様」


「貴女もわたくしをレーシアーナと呼ぶべきだわ、エスメラルダ」


「では、そうするわ」


 ふふと二人の少女は笑った。エスメラルダの涙は乾いている。頬に汚れた後こそ残しているけれど。


 なんだか心が少し軽くなった気がして、レーシアーナはさっきから気になっていたことを問うてみた。


「ねぇエスメラルダ、何故こんなにわたくし達、騒いでいるのに……誰も来ないのかしら?」


「わたくしが命じたから。ランカスター様の遺産は、本当に優秀。ランカスター様は色々な物を残して下さったけれど……」


 だけれども、友達にはなれない。

 マーグですら、エスメラルダの心を埋められない。

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