第5話

 この世界において、異世界召喚は禁忌タブーと化して久しい魔術だ。

 それでも実行しようとする者がいなかったわけではないし、万が一被害者が発生してしまった場合、召喚らち被害者救済のために召喚被害者会が動く協定になっている。


 この世界にまるで無関係な被害者を可及的速やかに救助し、元に戻し、実行者を処罰するための仕組みはあるし、それを法的に裏付けるための体制も整えて久しい。

 実はそれ以上の仕組みも作ってあるが、これはサエラが知る必要はない。女王が知っているべきなのは、やらかせば我々が遠慮なく罰するという事だけだ。


「慣れておられますものね……」


 私の言にほんの少し迷ったサエラが選んだのは、実に無難な言葉だった。


「二度目だからな」


 強制的に呼び出されるのは二度目なので、慣れるというほど慣れてもいないが……召喚被害者連絡会の会長として、自発的に異世界を行き来するのには慣れている。

 召喚という名の強制移動だっただけに、時間軸のずれが気になったが、予想とさほどズレていなかったのは幸いとすべきだろう。


「なにぶん急な呼び出しだった。女王陛下にお目にかかる服装でないことは、大目に見ていただきたいな」


 今日の服装は、日本ではありふれたトレッキングウェアだ。カラフルなパーカーに動きやすいズボン、足元はしっかりしたシューズで、片手にT字杖。知人の別荘近くを散歩していたところだから、カジュアルそのものの格好だ。

 通常であれば無礼と受け取られるだろうが、この状況では解釈は当然異なるし、それを理解できないサエラではない。


「こちらの過ちでございます。無理にお招きした以上、本来であれば速やかにお召し物を整えさせていただくのもこちらの務め。わたくしどもの不手際をお詫び致します」


 女王ともあろうものが軽々しく詫びてよいものではないが、この場合はこれが正解だ。


「召喚被害者連絡会としても、動かざるを得ない。それは伝えておく」

「承知しております。いつもながらご配慮いただきました、寛大なご処置に感謝いたします」


 まあそういう感想にもなるだろう。私が本気を出せば、城ごと破壊できたのだし。


「いきなり処罰しても構わないが、それだと色々と有耶無耶うやむやにされそうだからね。城内での召喚術なんぞ、頭の足りない王女様一人でやれることじゃない」


 テーブル上に用意されていた茶菓子の皿をサエラのほうに動かしながら、コメントした。

 美しくセッティングされたものを勝手にいじるなど、もちろん公的な場でやる事ではないが、これでサエラも型通りのやり取りが終わったことは理解したのだろう。ため息をついて見せた。


「ええ、調べなくてはなりませんね。これから忙しくなりそうです」


 皿にあった小さなカスタード・パイをとりながら、サエラがぼやく。


「馬鹿な孫がご面倒をおかけしました」


 困ったときに少し眉を下げるのは、年を取っても変わらない癖だった。


「あの子は誰の娘だ?」

「三男のトールの娘です」


 道理で会ったことが無いはずである。

 第三王子のトール君は私達の教育から逃げ回っていたし、その娘なら会ったことが無くても不思議はない。


「本当に、申し訳ございません」

「君の落ち度ばかりでもないさ」


 とはいえ責任者として尻拭いをさせられるのだから、サエラも大変である。


「ところでご帰還までに少し、財を増やしてみるお気持ちはおありではございません?」


 お茶を一口飲んでから、そんなことを言うのは相変わらずの図太さだが。

 ま、国王なんて図太くなければやっていけまいから、これで良い。


「いつでも帰れるが、昔馴染みのお役に立つなら、わずかばかり手をお貸しするのも悪くはないね」


 どのみち、違法召喚に対しては動かざるを得ない立場である。

 問題は、私もすでに日本で職を得ていることくらいだ。


「魔導卿の復活をご希望かな」


 こちらの時間で十年前に、政治的な立場からほとんど引退した老貴族、というのが私のもう一つの顔だ。


「ええ」


 召喚被害者連絡会の代表ではなく、この国の貴族という立場であれば、動き方も少々変わる。引退老人がちょっと働くといった立場にはなるか。


「本当に、ご面倒ばかりおかけしますけど」

「たいして働く気はないさ」


 そううそぶくと、サエラは少女の頃と同じふんわりした微笑を浮かべた。

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