第66話
バーラン内部とマランティ、それにガレン王政復古派がどれだけトラブっていても、それで日本での私の仕事が待ってくれるわけではない。
ウィリアムズの「パーティー」に付き合ったあとは日本の仕事に忙殺され、まともに時間を取れたのはこちらの時間で2週間後のことだった。
「また仕事を増やしに来たのか」
この状況で
「あっちの仕事は片付いたんでしょ?」
こう抜かす
私の仕事を増やすのに余念がないらしい腹黒相手なので、
「まあね。有給消化で休みはとってるけど、だからってこっちの仕事を増やすつもりはないからな?」
と、予防線を張ってみた。
なにしろ
こちらでも火消し役をやるのはごめんこうむりたいのだが。
「さすがに、こっちに寝に帰ってきてる間は遠慮したよ?」
終電で帰宅した日はこちらに転移して、時間差を利用して睡眠時間を確保していたわけだが、さすがにそれを邪魔しないだけの良識はあったようである。
できればもう少し、良識を増やして欲しいものだ。
「あのなあ。ようやく仕事が一段落したんだから、休養くらいとらせろって」
「まだ元気そうだし、いけるって」
「私は隠居なんだ、少しは
「だから、忙しい時期は労ったでしょ」
「今後も遠慮するという案はないのか」
「ないねえ」
あっさり言い放つ高橋は相変わらず、容赦なかった。
「それに仕事を増やすと言ったって、増えてる仕事は寺井がほじくり出した案件ばかりでしょ。少しは手伝ってよ」
「若いの使えよ」
「その若いのが足りないし」
「うちの若いのだって手一杯だよ」
さすがに予定外の調査業務までさせているのだから、ここは上司として断らないとまずい。
だいたい彼らは雑用係ではなく、育成を兼ねて預かっているのだし。量ばかり増やして、あまり雑な仕事を覚えられても困る。それに、そろそろ元の省庁に復帰する時期だし。
「大丈夫、君の所の二人には仕事を振る予定ないから。黒幕に
「肝心の部分は私が片付けたとしても、他に細々した業務はあるだろうが。ハウィル君もウルクス君も、これ以上仕事は増やせないぞ」
「秘書と事務官がほしいなら、つけるけど?」
「それより担当部署を紹介してくれ、丸投げする」
「出来ればそうしたいんだけど、単独部署に任せると邪魔が入るんだよね」
「危機感のない連中は、どこにでもいるものだな」
王室書記官の高橋が動く、ということの意味を理解していない者が妨害しているのだろう。
閑職としか思えない肩書の高橋だが、実態は王家の監視役。ラハド5世時代に召喚術による外国人拉致と異世界人拉致事件を起こし、動乱のきっかけを作ったとされるバーラン王家の存続を認めさせるために設置した職についている。
サエラが父ラハド5世に対しクーデターを起こしたと
しかし今回はその王族が、召喚術の行使を含めてやらかした。
召喚術行使があれば私が動くのはもちろんだが、今回はやらかしたのが王女であったため、高橋も監視役として動き回っている。
高橋の判断次第ではまた、バーラン王家の存続の危機になるのだが。
「あるいは王家が邪魔な勢力の工作か、だね」
「そっちを疑いたいところだが、トーン君がなあ……」
能力の面ではまったく良いところのないトーン君は、バーラン王家直系が絶えることで騒動が起こらないように、血筋を残す目的
バーラン王国はまだ動乱期の賠償金を支払い終えていないのだが、その賠償金支払いに関する小会議の席上で、トーン君が賠償金の一部支払を拒否。
もちろん王国の担当官が慌てて否定したが、王族の発言では問題にならないはずもなく、サエラが改めて、王国は金銭的にも償う意志に変わりがないと表明する事態になっていた。
「寺井への反感だけで国際会議で問題発言できるほど、バカだとは思われてなかったんだよ」
後始末に動員されてもいた高橋が、さすがにため息を付いていた。
ちなみにトーン君が「王国は支払う必要がないと考える」と暴言を吐いたのは、召喚被害者帰還事業費用についてである。
こちらの時間で今から30年前、被害者連絡会が支払いを肩代わりして始めた事業の費用だ。あちらの世界も大きく変化する中、バーラン王国が予算の計上を渋る間にも被害者が帰国できる可能性はどんどん減っていったため、見切り発車で被害者自身の手で始めた事業だった。
この見切り発車での事業開始があったことから、当時のバーラン王国に償いの意思なしと見做され、国際的に非難される理由になった。
そんな事情もあって、その後に行われた賠償問題を議論する国際会議の場には、異世界人集団として被害者連絡会からも代表を送り込んでいる。
召喚被害者への補償と帰還費用弁済はその国際会議の場で決まった事だ。そして問題を起こしたバーラン王国代表の一人がその取り決めを反故にする意志を表明するのはつまり、バーラン王国は召喚術行使により引き起こした事件に責任を取る気がないと示すことにもなる……のだが、トーン君はそこすら理解できていなかったわけである。
「だから前から言ってたろ、彼は血筋以外に何の価値もないって」
私個人はトーン君に良識も理解力も期待していなかったから、やっぱりやらかしたか、としか思わなかった。
「まさか30過ぎてるのにあれとはねえ」
30過ぎどころかトーン君は四捨五入して40、アラフォーである。もはや成長の期待できる年齢ではない。
「頑張って尻を拭ってやるんだね。あれだけバカだと、敵対勢力にとってはおいしい存在だぞ」
トーン君を
幼児的な正義感で物を判断したがるトーン君は、『正義』で釣れば簡単に騙せる。『あなたは正義の味方です、悪い奴があそこにいるからやっつけてください』と吹き込めば勝手に暴走し始めるから、はっきりいって良いカモにしかなっていない。
王族にあるまじき無思慮無責任である。
「今度ばかりは王位継承権剥奪だよ、もちろん。王室会議でそう決まった」
「10年早くやっておくべきだったと思うぞ」
「過去は変わらないよ」
めずらしくぼやいているところを見ると、よほど大変だったのだろう。
「で、トーン君が片付いたのは良いが、あとはまだ問題山積だな?」
問題児が片付いたので、王室内部で問題を起こす者は減る。しかしそれでも、すでに起きた問題が帳消しになるわけでもない。
「引き受けると約束はしないが、説明してくれるよな」
「もちろん」
茶を少し口にした後、高橋は椅子の背にもたれ直して口を開いた。
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