第13話

 高橋が持ってきた本と書類をあたりながら駄弁だべっていると、メッセージを知らせるアラームが鳴った。


「お、大島さんだ」


 なんとリアルタイムの通信だった。


 日本あちらバーランこちらの間では、通常の意味での時差の他に、時間の流れる速さの差というものがある。それを調整するためにどうしても会話が間延びするのは避けられないため、このリアルタイム通信はいささか使いにくい。

 私は折々にジャハドへの指示を出すため使っているから、慣れてはいるが。


「めずらしいですね」


 面倒を嫌う大島さんのことだから、メールで返事すると思ってたのだが。

 そう正直に言うと、


『君の安否確認が要るだろう』


 と、笑っていた。


「ああ、そういえば。怪我はないですよ」

『それは良かったが、トラブルはトラブルだな』

「まあ、そうなりますね」

『で、犯人は誰かな』

「実行犯はサエラの孫ですね。背後は今から洗う予定です」

『……君の仕事か』

「そういう事になりますか」


 こちらの時間で20年程前、異世界召喚が全面禁止になった際、取り締まりを誰が行うかが争点になった。

 どこの国が責任を持つにせよ、我々から見れば等しく『拉致する技術を持った集団の一員』でしかない。そんな国家はいずれも信用に値しない、との判断もあり、召喚被害者会およびその後継組織が取り締まりを行うことで決着がついた。


 現時点では召喚被害者会のメンバーがまだ存命のため、我々の仕事だ。代表である私が、異世界召喚の取り締まりに責任を持つことになる。


「それより、別荘のほうが問題でしょう。鍵はかけてありますが、車も置きっぱなしですし」


 何しろ散歩中の事だったから、戸締りはしてあっても、長期留守にするための支度はしていない。ついでに言うと私の車も大島さんの別荘に置きっぱなしだ。


『しばらくそっちにいる予定かな』

「折を見て戻ります。自宅のほうが設備が良いですし」


 こちらでの引退を決めた時に、主な作業は日本でできるように色々整えた。こちらの屋敷のシステムと同等のものを用意したから、日本からの遠隔操作は可能になっている。

 まあ実際には聞き取りその他のオフライン作業も多いだろうし、こちらにもしょっちゅう顔を出さなきゃいけないだろうが。日本とこちらの自宅を行き来するのが一番、現実的だろう。


『わかった。片付けは管理人に頼むけど、車は回送を頼もうか?』

「どうせそっちに転移するなら、拠点でも自宅でも手間は同じですよ」


 自宅の転移法陣は休止状態にしてあるし。

 どうせバーランにも行く事もないだろう、と思って止めてしまっていたので、日本に戻り次第再起動する必要がある。拠点の転移法陣は帰還事業終了と同時に撤去済みだし、となれば帰宅は魔力量まかせのゴリ押しだ。この状態なら、自宅に戻るのも拠点に戻るのも、必要魔力量にたいした変わりはない。


「車は自分で回送します」

『そういう事なら、自宅に戻ったら連絡くれるかな。ああそうだ、そっちの状況が知りたいんだが、誰かそこにいるかな』

「高橋がいますよ。こっちのこれまでの状況は、高橋から説明しますか」


 現在の状況は、こちらで官吏に収まってる高橋の方が上手に説明してくれるだろう。久々に話したい事もあるだろうし。


『そうしてくれると嬉しいかな』


 というわけで高橋に会話を任せて待つ事20分で、大島さんも必要な情報は掌握したようだった。


『寺井君が引っ張られやすい場所にいるタイミングだったのは、不幸中の幸いだったね』


 そんな感想を言っていたが、割と同感である。

 拠点に使っていたのは、転移の発生しやすい場所でもあるし。


「被害者が私だったのは、誰にとっても不幸中の幸いでしたよ」


 転移した瞬間に、実行犯どもをぶん殴る、という行為に移るのはそう簡単ではない。問答無用で相手を攻撃し圧倒した事例は片手で数えるほどしか無かった、という事実が、被召喚者が身を守ることの難しさをよく物語っている。


『それで、王宮側の方針はどうなんだろうね?』

「そろそろ接触があるはずと思うんですけどね」


 知っていそうなのは高橋だが。

 視線をくれると、高橋はうなずいて


「たぶん、今日の午後あたりに誰か接触してくると思うよ」


 と、返してきた。


「誰をよこすつもりだ?」


 高橋は王室が自主的に動くのを待ったりしない。裏で手を回して人を動かすのが常だし、今回もそうするだろう。


「ガディス卿あたりになるかな?彼が一番、まともだからね」


 穏やかそうな笑顔は崩さないまま、高橋は腹黒さを隠さなかった。

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