第12話

 私にも日本での日常というものがある以上、いきなりバーランこちらに来てしまった後始末というものが発生する。


「そういえば、仕事は?」


 そんなことを高橋が聞いてきた。


「あっちは連休中」


 幸いなことに、こちらの時間で数日の余裕はある。

 諸般の事情で基本的に在宅勤務なのでそれ以降も誤魔化しがきくとはいえ、出勤予定の調整などは発生するだろう。


「これ、手間賃を請求していいか?」


 面倒が増えたのは事実だし。


「良いんじゃないかな。エリーリャ王女の分の年金が浮いたし、払う予算はできたはずだよ」


 そんな話をしているところで、侍従が来客を告げた。


「誰だ?」

「ダンティロン伯爵が、打ち合わせにお目にかかりたいと」

「お通ししてくれ。高橋は同席する」


 王宮に出入りできる連絡会メンバーの一人でもある以上、高橋を外す理由はない。少なくとも、私には無い。


「座ったままで失礼する。かけてくれ」

「失礼いたします」


 身分の上ではダンティロン伯爵も私も同等だが、年齢と立場で若干の序列は発生する。

 まあ、あまり強い態度に出る気もしないが。


「打ち合わせとは?」


 侍従が茶を用意して控えの間に下がったのを確認してから、おもむろに聞いた。


「卿のお住いの御準備の件でお伺いいたしました。元王女の粗相でございますので、王室負担でご用意するべきとご判断いただきまして」


 指示を出したのはサエラか、それとも長男のサレク君か。いずれにせよ、王室の体面を保つ必要があっての事だろう。

 元王女のやらかしのせいで私をこっちに引っ張り込んだ挙句、諸々準備不足のまま私に恥をかかせるのは、王室にとって避けねばならない手落ちになるのだから。『異世界民まで拉致して窮地きゅうちおとしいれながらそれを気にすることのない、横暴に振る舞う王室』のイメージをまた復活させたくはないだろう。


「ふむ。具体的に、どのような事だろう」

「まずはお屋敷の使用人の手配。物品の手配もございますね」

「ああ、そのへんは急なことだからなあ」


 それなりに地位のある人間の移動ともなると、通常であれば事前に信用に足る人員を集め、身分にふさわしい生活が出来るよう十分な物資を調達しておくものである。


 領地もちの貴族が首都と領地を行き来する場合も、先に使用人を確保し物資を用意したうえで、領主一家が移動するのが常だ。今回の私のように、主人も家令以下の使用人もそろって準備不足での移動というのは例がない。

 主にとっては身分にふさわしくない行いとなり、使用人にとってはこの上ない恥になるから、やらないのだ。

 身一つで移動することが出来ないのは不便だと思うが、ジャハド達にもプロの矜持というものがある以上、無理を言っても仕方のない事だった。


「つきましては、王室側で準備させていただきたく思うのですが」

「我が家の家令と相談してくれれば、それで良いさ」


 王室で手配する人員の中に諜報員が混じるのは確定事項だろうが、ま、その辺はこちらが把握していれば良い。


「物資についても、家の者に任せている」

「卿のご希望があれば承りますが」

「特にないよ。陛下の体面を損なわないように整えられればいいんだろう?」

「女王陛下並びに国王陛下からは、くれぐれも卿にご不便をかけるなと申し付かっておりますので」

「ご配慮感謝する。引退老人の一人住まいだ、そう気取ったものはいらないよ。家令には私から連絡しておくから、係りの者をやって相談してくれればいい」

「ありがとうございます」


 私に拒否されたら、という懸念は持っていたのだろう、ダンティロン伯爵はどこかほっとした様子だった。

 事を荒立てる理由はないのだし、そう心配することはないのだが。


「それから、これは後日招待状を差し上げる予定ですが、卿を正餐せいさんにお招きしたいとの陛下のお言葉がございました」

「たしかに、公的にびたと示す必要はあるな」


 なんせ、やらかしがやらかしである。


 エリーリャの王族の籍を抹消するのは元王女に対する処罰であって、私に対するびではない。いきなり召喚された私に便宜べんぎを図るのも、王家の失敗に対する補償に過ぎず、これまた侘びとはみなされない。

 遺憾の意と謝罪を示すための形式ばったあれこれセレモニーが何かしら必要、というわけだ。


「はい、お受けいただければありがたく存じます」

「女王陛下の名前で招待状が来れば、断るわけにもいくまいさ」


 正餐会となると相当に格式張っている。そう簡単に準備できるものではない。


「事前調整さえしっかりしてもらえば、こちらとしては構わない。正餐にこだわる必要もない、とお伝えしてくれ」

「たしかに、承りました」


 貴族的な迂遠な雑談はせず、ダンティロン伯爵は退席していった。

 ついでに言うと、同席していた高橋について何も言わなかったが、家宰ともなればまあ、見なかったふりは出来るだろう。


「何か入れ知恵したか?」


 ダンティロン伯爵の後ろで扉が閉まったところで、高橋に聞いてみた。


「先に行って様子を見ておく、とは伝えてあったね」

「私が怒っていた時の対策か」


 用心したくなるのも、判らなくはない。いきなり召喚呼び出されてトラブルに巻き込まれたのだから、普通なら怒るだろう。

 私は怒る気にならないが。

 なにしろ今回もまた、サエラが割を食わされている。女王である以上は王族の管理不行き届きの責任はとらねばならないが、それにしたって人生で二度も愚かな身内の尻拭いをさせられるのだ。多少同情したってかまわないだろう。


「必要ないとは思ったけど、ダンティロン伯爵は寺井のことあまり知らないからねえ。怒らせたらどうしようって心配してたんだよ、あれでも」

「心配性だな」


 カップの中の茶が無くなったのに気づき、お代わりを求めて侍従を呼んだ。

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