第11話

  顧問弁護士を呼んで確認する必要はあるが、ざっくりした説明を高橋から聞く限り、国内法は大きく変わった様子はなかった。


「そりゃ、バーラン王国が召喚被害者連絡会の代表をめようとしてたら、国際問題にするって」


 国際問題に『なる』ではなく『する』であるあたり、どの辺がどう動いたかよくわかる説明である。

 召喚被害者にはこの国の外に亡命した者もいるし、バーラン王国のクーデターに続いた諸国動乱で迷惑をこうむった国も多いから、バーラン貴族の好き勝手を許さない勢力もそれなりにいる。それらを利用することは、別に悪い事でもない。


「外圧を利用して変更範囲を最低限に抑えたのか」

「内政干渉だのなんだの騒いだ奴もいたけどね」

「手間かけたみたいだな」

「想定内だから問題ないよ」


 にこやかに言い放つ腹黒たかはしが味方でよかったというものである。


「想定内、か」


 自分たちの思うままに召喚術を使うことを禁じられた、そのこと自体が気に食わなかった貴族は少なくない。召喚術そのものには思い入れが無くとも、『自分たちが好き勝手する権利を不当に奪われた』と認識している者はそれなりにいたから、そりゃまあ隙あらばこちらを潰そうとしても無理はないだろう。

 まして一番厄介だった魔導卿わたしが姿を見せなくなれば、ここぞとばかりに動き出すのは何の不思議もない。


 たしかに想定内だった。


「それで、外への連絡はどうする?」

「そろそろ、自宅のシステムが起動する時間だ」


 昨日のうちに家令に連絡を入れたのは、作業指示もあってのことだった。


 朝になったら遠隔操作用機器を立ち上げるよう、指示してある。自宅に置いてある魔術機材は出身世界あちらからアクセスして操作可能だが、この世界の遠隔地からアクセスする機能は切っ殺してあるから、再立ち上げしないと操作できない。こちらでは表向き引退したので、もはや必要無くなったからなのだが……まさか復活させる日が来るとは思わなかった。


 なお再立ち上げ作業そのものは、家令と女中頭を務めてくれている古株の二人には教えてあるし、定期的な動作確認のために何度かやっている。現時点で連絡が無いという事は、トラブルにもなっていないのだろう。


「うん、うまく行ったな」


 ちょっと試しに城内警備システム経由で起動してみたら、おなじみのホログラフィック・ディスプレイが立ち上がった。

 ゼロから作り上げなければならなかった分、既存の製品による制限も少なかったのを幸い、このへんの魔術的機材は思いっきり趣味に走ったともいう。

 ログをざっと眺めてエラーが出ていないことを確認し、システムチェック用の手動バッチを流しておく。


「懐かしいね」


 高橋が腹黒さの見えない微笑みを浮かべていた。


「こちらでの外部接続機能はしばらく使ってなかったから、チェックに少しかかる」


 自宅側のシステムはしばらく触らないので、今度はスマホのアプリを立ち上げた。


「パームトップパソコン?ずいぶん薄いね。あっちで流行ってるんだ?」


 スマートフォンを見た高橋が首を傾げた。


「今の携帯電話だよ」

「電話?喋りにくそうだなあ」

「慣れればそうでもない。必要ならイヤホンマイクつけたりするし」


 そういえば、高橋も故郷の直近5年分の技術は知らないか。

 ついでに言えばこちらに導入する技術は枯れたものと決めてあるから、10年前はまだ新しかったスマートフォンやタブレットはこちらに導入していなかったし。


「最近はみんなこれだよ。アプリがいろいろ入れられて便利だぞ」

「見せて見せて」

「好きにいじって良いよ」


 新しい技術に馴染みはなくても、高橋も機械音痴というわけではない。多少いじらせたところで問題はないだろう。


 そうこうしているうちにシステムチェックが終わり、エラーもない事を確認。

 ディスプレイの端に通信を知らせるアイコン(もちろん趣味全開のデザインだ)が光ったので、通信を立ち上げる。

 画面の向こうに現れたのは、家令のジャハドだった。


『おはようございます、旦那様』

「おはよう、さっそく作業してくれたようで助かった。そちらに異常はないか」

『はい、おかげさまでつつがなく。ご帰宅のご予定をお伺いしてもよろしゅうございますか』


 今日の今日、すぐ戻るというわけにもいかない。


 なにしろ不在が長かったから、現在は屋敷の維持に必要な最低限の人員が常駐しているだけの状態だ。急に増員するのは難しいし、呼び戻すにしても私の引退を機に退職した使用人も少なからずいる。家令としては、人員を手配する時間が欲しい所だろう。


「そうだなあ、しばらくこちらで厄介になることは可能だし。当面のところは仕事部屋が使えるようになれば、それで間に合いそうだ」


 いきなり呼び出されると、こうやって各方面に迷惑がかかるのである。

 まったく、あの馬鹿王女ときたらろくなことをしない。


『かしこまりました。西翼は明日になればお入りいただけるかと存じます』

「それで構わない。すまんね」


 私自身は気にしなくても、家令と女中頭にもプライドというものがある。整わない部屋を私に使わせるなど、二人にとって許しがたい事らしく、あまり良い顔をされない。

 私が自分で散らかしているのは、諦めているようだが。


『いえ、また直接お目にかかれるのは何よりでございます』

「そちらに行く前に連絡は入れるよ」


 ジャハドが一礼したのを確認して、通話を切った。


「ジャハドも年取ったねえ」


 通話が切れた後、高橋がしみじみと言う。


「そりゃ、あれもそろそろ60代半ばだからなあ」


 動乱期の戦場で拾った少年兵だったのだから、年も取ろうというものだ。


「そんな年か、それもそうだねえ。あ、どこかに連絡?」


 他の通信を立ち上げていると、高橋がそんなことを言ってきた。


「いきなりこっちに連れてこられたからね」


 なにしろ、知人の別荘を借りてる時に召喚されたんだし。


 連絡を入れてくべき先はいくつかあるが、そのうち一つが別荘の貸主である大島さんだ。

 ついでに言うと、大島さんも召喚被害者連絡会のメンバーである。別荘もかつては召喚被害者の帰還事業に使っていた拠点の一つで、その用が無くなった現在も、大島さんが所有している物件だった。


「そういや、大島さんって今何してる?」

「稼ぐだけ稼いでセミリタイア、てとこかな」


 もっとも、いまだに持ち込まれる仕事はあるようで、楽隠居という様子ではない。

 まだ50代なんだからもっと働いたって良いはずとばかりに、誰も遠慮しないようだ。私も遠慮などする気はないが。


「優雅だねえ」

「メールで連絡しておいたほうが良いかな」


 電話回線につなぐより、私の日本側自宅サーバ経由でインターネットにつなげた方が楽な仕組みになっている。

 SNSで連絡してもいいのだが、自前でサーバが立ててあるメールのほうが楽なので、とりあえずメッセージだけ入れておいた。

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