第14話:密談(上)

 魔導卿ははたしてこんな人物であったか、と、昼過ぎになって顔を合わせたガディス卿は、内心で首をひねった。


「夜会?それは勘弁していただきたいな」


 訪問客を避けて庭園を散歩していた魔導卿に追いつき、あずまに誘って話をしたが、返答は相変わらずそっけない。

 しかし以前はもっと、一歩引きたくなるような威圧感を感じさせたと思うのだが。


「卿が成長したせいではないのかな」


 侍従に用意させた茶を片手に鷹揚おうように言う魔導卿だが、やはり雰囲気が軟らかかった。


「成長、ですか」

「エルガール伯爵の事務官だった頃は、まだまだひよっこだったろうに」


 失態はないものの忙しく、慌ただしかった日々を思い出して、ガディス卿は少し遠い目になった。


 十数年前に比べると、無駄な儀式めいた諸々が廃止されたおかげで、仕事はやりやすくなっている。

 いや、昔よりは上に立つ者の仕事は増えているか。かつては長に任ぜられた貴族が書類仕事をする事など無く、実質的な仕事はすべて部下任せで、優雅に社交に励んでいたと聞く。


「なにぶん、若い頃の事でしたから。そういえば魔導卿はお年を召されないのですね」

「いいや、変わってきてはいるよ。君達よりもゆっくり年をとるだけだ」


 その割には体つきも引き締まっているし、白髪も少ない。壮年と呼ぶにはまだ早い、そんな年頃に見えた。

 そこまで考えて、何に違和感を感じていたかに気が付いた。

 服装が貴族男性の平服である他にも、そう見える理由がある。


「失礼ですが、足は」


 以前は十分に曲げ伸ばしが出来ず、左足を半ば投げ出すように座っていたはずだ。しかし今の魔導卿は、他の者と変わらない様子で椅子に腰をおろしていた。


「これが引退の理由だよ。治療しに帰った」

「……は?たしか、治せないと」


 召喚直後に膝を砕かれ、ろくに手当ても受けられないまま放置されたと聞いていた。

 両手に杖を持ち、悪い足を引きずりながら歩く黒衣の魔導卿の姿は、一定以上の年齢のものなら誰でもよく覚えている。


「こちらでは無理だな。あちらでは治す技術がある。とはいえ、こちらに技術を持ち込むことは禁止だ」


 その術があれば、と言いかけたところで先を制されてしまった。


「禁術ですか……」

「術そのものは禁じるような物じゃないがね、こちらはまず強奪する事を考えるから、ダメだ」


 技術を持つ者の誘拐、物品の盗み出し、いずれもこの国の者がやってきたことだろう。そう指摘されるといなとは言えない。

 召喚術を冷静に眺めてみれば、人間を拉致し、物品を盗んでくる行為に過ぎないのだ。


「被召喚者を奴隷として扱う事を是とする者がまだいると、エリーリャの件で理解できたからな。それに物品とて、対価を払う気はあるまい」


 盗賊団と何も違いはないな、と言い切られてしまえば、反論は出来ない。


「きちんと対価を支払う気も無い者に、与えるのは無理だな。術者を育てるにも時間と金がかかるし、材料だって高価だ。盗人にただでくれてやるわけにはいくまい?」


 散々な言われようだったが、召喚術はまさに『盗人の技である』からこそ禁じられている。再召喚してしまった以上、また盗みを働こうとしましたと言っているも同然で、言い訳のしようもなかった。

 思わずため息をつくと、


「そんな顔をするな、ガディス卿。どれも君の責任じゃないだろう」


 一瞬、何を言われたのか理解できなかった。


「国務卿である以上は尻拭いしなきゃいけないだろうがね。召喚術が濫発らんぱつされていた時代には、君は生まれてもいなかったんだぞ?」

「……はあ」


 幾分砕けた物言いは、むしろ労わっているようですらあった。


「国としてはまだ信用に足らんと判断したが、君個人の話じゃない」

「……それは、その」

「少なくとも、君も狙われてるからな!」


 次の一瞬はまるで時間が延びたかのように感じられた。

 魔導卿が滑らかな動きで立ち上がり、ガディス卿の頭上に杖を突きだす。


 首をすくめる事も出来ないガディス卿の目の前で、一振りの剣がその杖とぶつかった。


 甲高い音を立てて剣が弾かれ、魔導卿がガディス卿を背後に庇う位置に立つ。


『シールド緊急展開!』


 魔導卿が母国語で何か叫ぶと同時に、魔導卿とガディス卿の周囲に光の壁が立ち上がった。


『隔離障壁設定、半径20メートル。障壁内に音響弾セット、ファイア』


 ガディス卿の目の前で東屋が揺れたが、光の壁の中にいたガディス卿は何も感じなかった。

 襲ってきた男が剣を放り出し、耳を押さえて倒れ込んだ。


『隔離障壁解除、警報音5秒間ののちシールド解除』


 光の壁が消えると同時に、男の喚き声が聞こえてくる。


「慈悲はくれてやろう」


 魔導卿が杖を男の頭に押し付け、一言ささやくと、男は白目をむいて気絶した。


「怪我はないか、ガディス卿?」


 振り返った魔導卿はいつも通り冷静だった。


「は、はい、ええと」

「まず君を狙ってきたな。ところで、私に会う予定を誰かに話したかね?」

「ごく少数の者には……」

「それはいつ?」

「昨日のうちです」

「やれやれ。誰が犯人か知らんが、探偵の真似事でもしろと言いたいのかね」


 肩をすくめたあと、魔導卿は駆けつけてきた衛兵に向き直る。

 気絶した男を引き渡した後、これも急いで駆け付けてきた侍従にお茶の支度をし直すよう、言い付けている様子はいかにも落ち着いていて、騒動があったことなど気にかけている様子もなかった。


「場所を移しませんか」


 ここでようやく声をかけたガディス卿に、魔導卿は


「ここの方が良いだろう。相手も二度、同じ場所で襲うほど愚かじゃないだろうからな」


 そう答えると、人の悪い笑みを浮かべて見せた。

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