第60話
全員を別室に移し、各自が侍従を使いに出したりと細々とした用を済ませているうちに、タゴス卿が案の定、痛みで暴れだしたと報告があった。
呼ばれたので仕方なく気絶させたが、さもなければ外科医が腕を処理する前に失血死するところだった。並の兵士なら1時間くらいは我慢させられるものなのだが、我侭いっぱいの貴族だけあって、痛みに耐えるのは無理だったようである。
ちなみに暴れる力だけは人並みにあった。
「今は落ち着いてますがね」
タゴス卿を気絶させたあとで到着した、元軍医だという外科医は、血で汚れた上着を脱ぎながらしきりに首を横に振っていた。
衝撃波でボロボロになった骨を削り、血流の無くなった肉と皮を切除して、壊死しないように切断しなおす手術には、2時間ほどかかっていた。これが前線なら思い切り良く切り落として手早く処置しているところだろうが、なにしろ今回は貴族院議員が相手だから、丁寧に仕上げたらしい。
手術の結果タゴス卿はこの先、肘から先が数センチになった右腕と付き合って生きていかなくてはならなくなった。
とはいえ、そこは彼がどうにかすれば良い話だ。私が気にすることではない。
「しばらくは安静です。あと、彼の言う事を聞かない使用人が必要ですな。どれだけ我侭を言おうが、寝台に突っ込んでおかなきゃならん」
「その点は大丈夫だ、ここの担当官は信用できる。疑わしい奴を甘やかすことは無いだろう」
「それならよろしいですかね。なんだってまあ、あんな馬鹿な真似をしたのやら」
「自分は無事で済むと思ってたんだろうな」
しかしタゴス卿を
ついでに、私が死体になることも疑っていなかったようである。
『そのような御事情でしたか』
全魔術式通信画面の向こうで、私の説明を聞き終えた家令のジャハドが、にこやかに微笑んでいた。
通信の用件は、先ほど家に来たというティカワール卿なる貴族の事だった。
自爆騒ぎのどさくさで何か仕掛けてくるだろうと思っていたが、成功を疑っていない先方はどうやら、かなり先走ったようだった。
『なんでも旦那様が亡くなられたとおおせでした。お怪我はございませんか』
ジャハドは私と同席している面々に聞かせるために、礼儀正しく異常事態を報告してくれた。
「ないよ。それで、客は私が死んだから家財の接収に来たって?」
彼らの計画では、あの場で私は爆死している予定だったのだろう。混乱に乗じて略奪に来たというわけだ。
『はい。いかがいたしましょうか』
一見すると穏やかに振舞っているが、目元が微妙にピクついているのはジャハドがキレかけている証拠だ。
「起きたまま寝言を言う癖があるんだろうな。いっそ客間で寝ていて貰おうか」
『お休みいただくための支度は整ってございます』
「君なら準備万端だろうさ。4番を使っていいぞ」
ちなみに4番は侵入者捕獲のための仕掛けである。この場合、押しかけてきたティカワール卿は非合法の侵入者とみなして処理して良い、の意味である。
『かしこまりました。本日のご夕食に、お客様を招待なさいますか』
「起きたら粥でも食わせればいい」
『ではそのように取り計らいます』
一礼したジャハドがスイッチを切るのにあわせて、魔術式ホログラフィック・ディスプレイを消した。
音声通信すら縁の無いこちらの人間にとっては、まさにオーバーテクノロジーだろう。初めて見るらしいガウリャ卿は、ディスプレイが消えた空間をしばらく凝視した後、私の顔をまじまじと見つめていた。
「魔導卿、今のはいったい」
「我が家の家令だよ。やはり
「いえ、その魔術のことなのですが」
「現時点では私専用だね」
教えてやる必要も無いのでスルーした。
過ぎたテクノロジーを手に入れて増長されると面倒だし、だいいち自主開発技術を手にしようと頑張っている若者はこの国にもいるのだ。貴族なら彼らに金くらい出せと言うものである。
「すばらしい魔術ですな、引退されたあなたの手に留めるには惜しい。私がもっと利用して差し上げようでは」
「そうやって安易に他人の物を手に入れようとするのは、君達の悪い癖だ」
ガウリャ卿が言い終えるよりも先に、そう言葉をかぶせた。
「私がなんのためにここにいるか、忘れたか」
「え?」
「君達が、異世界からものを盗み、人を
少し強めに魔力を当ててやると、ガウリャ卿が青ざめて一歩
「その私に向かって、『異世界人の持つ素晴らしいものをよこせ』とは、どうやら貴殿は早死したいと見える」
魔力はそのままでガウリャ卿に近寄ると、ガウリャ卿が腰を抜かしてへたり込んだ。
「この様子だと、貴族院は調査対象にしたほうが良さそうだ。違うかね?処刑の妨害も貴族院議員の所業だ。さらに、異世界からの技術強奪を企んでいる可能性があるな?」
「し、しかし、卿はここでお使いではないですか!」
「君には全く関係のないことだな」
へたりこんだガウリャ卿の足の間に、わざと音を立てて杖をついてやると、ガウリャ卿から異臭が漂った。
「……小便を漏らすならまだ判るが、
そのまま失神したので、人を呼んで連れ出させた。
「貴族院がよこした二人があれでは、何らかの調査は避けられませんな」
ため息を付いたのはヘスディル伯だった。
それに
「ガウリャ卿の言い草は、特許権を無視して問題を起こす貴族の典型ですね」
とアラン氏が嫌味を言ったが、まあ判らんでもない。
「投資もせずに利益だけ得ようとする者も、相変わらず多いようだね」
「むしろ増えておりますな」
アラン氏が答えるのに、ヘスディル伯が地味に頷いていた。
「魔導卿にも相談に乗っていただいていると、王立大学工学校の若手から聞き及んでおります」
「弁護士を紹介しただけだ。なんだ、君も関わってたのか」
魔工技術の若手研究者が出した成果を横取りしようとした貴族関係者がいた件で、たしかに相談が来ていた。
アラン氏が関わっているとは聞いていなかったが。
「こちらで資金提供している若者が迷惑を被りましたので」
「なるほど。お互い、迷惑してるというわけだな」
「まったくです」
今回の騒ぎでは要らん魚ばかりを釣り上げている気がするが、あれはいずれ始末しないとならないのも確かだろう。
「しかしあれほどの技術をお持ちなのに、なぜ若者を支援なさるのか、伺ってもよろしいですか」
そう聞いたアラン氏の表情は、明らかに面白がっているそれだった。
「あれは売り出せば、売れます。比較すれば今の若造どものやっている事など、卿にとっては
「それではこの国の若手が育たんだろうに」
「卿の儲けは増えますよ」
人の悪い笑みだった。
「金なら困ってないからな。それより自分たちの技術を作って身につけてもらうほうが、私が楽できるんだよ」
技術を自主開発させることで、相対的に異世界人需要を減らす目的もある。
かつての何の技術もない状態は色々不便すぎたので、基本技術の移植と特許の取得は私がやったが、一部の特許は無償利用可能にするなどの手は打っていた。
あとは勝手に発展してくれれば良い。
異世界人なら便利なものを持っている、という認識が残るのは、誰にとっても良いことではないのだし。
「それを伺って安心しました」
「君達の投資は無駄にしないよ」
今の私が新たなテクノロジーを紹介するのは、こちらの産業界の努力と、開発者の苦労を無にするということでもある。
影響が大きすぎてやる気にならない上に、科学技術ベースから魔法技術ベースに移植する手間がかかりすぎて、コストが洒落になっていない。こちらの若者に、好きに開発させたほうがマシだろう。
「それに私が使っているものはたいてい、私の魔力量に合わせてあるからな。一般向けじゃない」
「それを伺って、ますます安心しました」
「ところで、話を元に戻すがね。貴殿の周囲は異常なかったか」
「ございましたよ、やはり財産を奪おうと企んだ者がいるそうです」
使いの者が持ってきた手紙をひらりと振って見せたアラン氏は、闘争心に満ちた笑顔で犬歯をちらりと
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