第61話

 タゴス卿の工作がうまく行ったもの、と思い込んで動きを見せた集団の捕獲は、速やかに終了した。


 それは良いのだが、とにかく全体の仕切り直しは必要である。いくらなんでも馬鹿な連中が派手に動きすぎたから、諸々調整が必要だろう。

 主に、私の仕事の都合があるからという理由で。

 このまま私の仕事が増えるのは、大迷惑である。


「卿のご都合ですか、情勢ではなく?」

「マランティがごそごそやってるのは、昨日今日始まった話じゃない」


 何も驚くことじゃないし、そんなの今さら気にするようなものでもない。

 と言うと、ガディス卿が渋面を作り、高橋がニコニコと笑顔になった。


 この席は実質的な緊急会議の場だが、目の前のテーブルにはお茶会の準備がそろっている。

 会議と銘打ってしまうと要らん注目を集める上に、情報収集担当であるデーリャ夫人とティファちゃんが参加できなくなる、という理由でお茶会に仕立て上げられた場だ。だからお茶会と言えば参加者は女性に極端に偏るのが通常のところ、この場は男性比率が高めになっている。


 そして情報収集に長けるデーリャ夫人の恐るべき力量は、今日のテーブルの上でも示されていた。


「キューカンバー・サンドイッチ……こちらにもあったのですね」


 驚愕しているのはもちろん、イングランド人のトマソンだった。


「お国のものとは少々異なるそうですけど、ウィリアムズ様が栽培に成功したそうですのよ」


 ウィリアムズが試験栽培している品種についての情報なんて、機密も良いところである。

 商業栽培を成功させたいウィリアムズが将来の販売を視野に入れ、敢えて情報を流した面も無いわけではないが、ウィリアムズへの情報ルートを掴んでいるデーリャ夫人も相応の人物というわけだ。

 社交界の中心に出ていく事はせず、上流階級に流れる情報を常に掌握して操る事を良しとする彼女の才覚は、今は亡き夫君の外交官時代に随分役立ったと聞いている。


「青物を輸送できる距離ではないと思いますが……」

「そこはちょっとした伝手がございまして」


 ちらりと私に視線を投げてきた。


「ケンジ、君が?」

「転送機の実用化試験も兼ねているんだ」


 これまで私が使っていた魔術を魔道具化してみただけだが、まだ試験段階である。

 理論的に問題はなさそうだから、商用機開発はこの国の若手に押し付ければいいだろう。今の状態だとやはり必要魔力量が多すぎて、実用的ではない事も判明した。


「ウィリアムズの好意で試験をさせて貰っただけさ」


 そしてたまたま、手元にあった開発中の作物を試験材料に使い、それがデーリャ夫人のお気に召したというわけだ。


 デーリャ夫人の企んだ『悪戯』に、我々二人が悪ノリしたわけではない、と言い訳しておく必要はあるだろう。

 実際は男子高生レベルの悪ノリだが。人間、年をとると童心に返るものである。


「味について、感想が欲しいそうだよ」

「故郷の味が楽しめると判っただけで、今は十分だよ。……ここしばらく、食べていなかったから。比較しようがない」


 トマソンの目が潤んで見えるのは気の所為せい、ということにしておこう。


「喜んでいただけて、なによりですわ」


 ちなみにレシピのローカライズ担当はティファちゃんである。

 パンに野菜を挟むだけだしそこまで頑張らなくても、と言ったら、高橋ともどもお小言を頂戴したのが先日のことだ。どうやら何か違いがあるらしいが、基本的に食事は食えれば良いと思っているレベルの私にはとうてい、理解できる話ではなかった。


 それはさておき、今はマランティ対策である。


「国として動いているのか、一部の跳ね返りが動いているのか、という話はあるが」

「現時点では、一部の者による動きとみています」


 ガディス卿が即答した。


「マランティ王国は今のところ、東方対策に手を取られておりますからね。本来であれば、我が国に対しては牽制以上のことを出来る余裕が無いのです」


 ガディス卿の言葉を補ったのは、ガディス卿の夫人でもあるエーリャ王女だった。

 王室側からの参加者が入っているのは、女王であるサエラの要望もあってのことだ。夫と連れ立ってお茶会に参加したという体裁が取れるので、エーリャ王女はこういう時動き回るのに向いている。


「牽制にしてはずいぶん、金も物も動かしているようだ」

「東方政策に注力されたくない勢力もあるのです」


 東方、というのはマランティ王国から見て東の方向、この大陸の中心寄りの国々のことだ。

 なかでも穀倉地帯としても知られている一帯は、常に戦争の火種になっている。特に三〇年前に王政が倒れて共和国になったガレン地域は、内部での政争だけで収まらず四回も国境紛争を起こしている始末で、国境を接するマランティのみならずバーランも神経を尖らせている。


「おかしな話だな」


 一歩間違えば、共和国に侵略される立場のマランティだ。軍の配置さえ東部に集中せざるを得ないため、他の国に対してはもっぱら外交戦でしのいでいるのが実情だろう。


「マランティ内部でも警戒されておりますのよ」

「まあそうだろうな。で、その派閥の実態は?」

「旧ガレン王家ゆかりの者たちですわね」

「王政復古派か」

「ええ」


 ガレン王国で革命が起きたとき、縁故を頼って逃げ出した貴族は多数存在した。

 その一部は当然、隣国マランティに亡命しており、今も復権を狙っている。

 バーランは受け入れを拒否することで巻き込まれることを回避しているが、マランティは内部に抱き込んだ王政復古派ゆえの政争も発生している。


「王政復古派に動きが?」


 マランティにとっては獅子身中の虫だ。


「王室では動きを把握しておりません」


 エーリャ王女はそこで言葉を切った。

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