潜む者

第59話

 どこにでも馬鹿な奴はいるものだが、こちらでも自爆テロ犯が出るとは正直、意外だった。


 むろん鉄砲玉がいる可能性は考えていたが、実行犯は侍従か女中あたりだろうと思っていたのだ。

 しかし犯人は、貴族院からの立会い要員の一人であるタゴス卿で、右手首のブレスレットに爆発の魔術が仕込まれていた。


 そのまま爆発すれば、部屋にいるもの全員を巻き込んだだろう。あらかじめ魔術妨害措置を講じていたのは正解だった。


 ただし今回の妨害措置は、魔術の効果を一定範囲に押さえ込むだけのものだ。具体的には魔術起動点から10cmの範囲内に押し込めるものに過ぎないから、爆発の中心にあったタゴス卿の右腕は助からず、爆風でミンチにされて、肉と骨片と形をとどめた指が混じったものが床に飛び散っていた。

 タゴス卿本人は床に倒れたまま叫び始めたので、とりあえず音声を遮断。

 爆発で前腕の半ばから先が失われた右腕からは、だくだくと鮮血が流れ出していた。


「止血してやってくれ」


 死んだら事情聴取も出来ない。ファラルを連れて来た刑務官に頼むと、手際よく腕を縛り上げていた。

 断端だんたんからの出血が止まったのを確認し、刑務官がこちらを向く。


「すまないな、余計な仕事が増えた」


 音声遮断を解除し、タゴス卿のそばにいる刑務官にそう声をかけた。


「いえ、我々なら対応できますので。ところでこの後はいかがなさいますか」


 聞いてくるのも無理はない。事前に可能性を伝え対応を考えてはいたが、まさか貴族がやらかすとは想定外だろう。


「処刑を妨害した疑いで留置だ。貴族用の一号室が開いてたろう、そこに入れておいてくれ。外科医の手配も頼む」


 刑の決まっていない者を留置するための部屋はいくつかある。

 タゴス卿の使用人に怪我人の面倒は見られないだろうから、刑務官の目があったほうが良い。このあと1時間もすれば止血箇所の痛みに暴れ始め、馴れた者が対応しない限り、止血帯を本人が外して死ぬのがよくあるパターンだ。

 それまでに外科医が処置できれば別だが。


「その先はヘスディル伯、お願いできるかな」


 ガディス卿の代理人としてこの場にいるヘスディル伯に、声をかけた。

 公開の場なら出てくることもないヘスディル伯だが、今回は非公開処刑ということもあって、ガディス卿も懐刀をよこしたようである。

 今回の処刑は表向き、国務卿本人が出てくる規模の話ではない事を考えても、やや格が劣るとみなされるヘスディル伯に任せるのは妥当な線だろう。


「そうさせて頂けると助かります。貴族院の調査も必要ですね」

「そうなるだろうね。任せるよ」

「いっそ魔導卿、あなたのことを特命捜査官に任命していただくほうが早そうですが」

「冗談じゃない。こんな年寄りを扱き使わずに、若者が働くんだね」

「見た目は同年代ですよ、魔導卿」


 二度と動くことのなくなったファラルと、気絶したタゴス卿が運び出されるのを見ながら答えたヘスディル伯は、かなり落ち着いていた。


 剣の名手でもあるヘスディル伯は、公式な記録にはないものの、調べた範囲ではかなり荒事も経験している。この程度で驚くこともないのだろう。

 ありふれた亜麻色の髪と青い瞳に穏やかそうな顔立ち、この国では中肉中背と呼べる平均的な体形、無難で目立たない服装はすべて、ヘスディル伯を無害で凡庸ぼんような人間に見せている。これらの道具立てはおそらく、ヘスディル伯が『仕事』を進める役に立っているはずだ。


「……タゴス卿が、なぜ」


 一方で、今になってようやく硬直が解けた者もいた。

 貴族院から派遣されたもう一人の議員である、ガウリャ卿だ。こちらはまだ、何が起きたのか理解していないようだった。


「それは調べていただく必要があるな。ファラルの話だと、なにやら処刑引き伸ばしの工作を行っていたようだが」

「貴族院に対して、抗議させていただく」


 これは衆民会議からの立会い人、アラン氏の発言だった。

 なんだか英語風の名前だが、異世界人が持ち込んだ文化を真っ先に受けいれたのは豊かな庶民達だ。召喚被害者の一人だった農業王アグリ・キングウィリアムズの、動乱期の部下は特にその傾向が強い。ウィリアムズの元部下を父に持つアラン氏は、父親の希望で英語風の名を付けられたと聞き及んでいる。


「そうしていただけると、助かります」


 ヘスディル伯はもちろん、圧力をかけることを歓迎した。

 衆民会議からの突き上げがあったほうが動きやすい時代になっているので、アラン氏の発言は取り締まり側にとっての援護射撃になる。


「権利を行使させていただくまでのことですよ、ヘスディル伯」


 アラン氏はにこりともせずに言い切った。


 そりゃまあ、妨害しなければ全員爆死する可能性だってあったのだから、笑う気にもならないだろう。

 タゴス卿が装置の機能を本当に教えられていたかどうかは不明だが、タゴス卿にあの装置を融通した人物は、この部屋にいる面々を道連れにすることをなんとも思っていないのは確実だ。メインターゲットはおそらく私だが、他の面々の安全など考えすらしていない。


「この場の始末を頼む」

「かしこまりました」


 刑務官の一人に依頼し、場を移すことにした。

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