第7話

 仕立て屋が来る前に自分の屋敷に使いの者をやり、家令には城に滞在することを伝えておく。

 そして仕立て屋が採寸に来た後は情報収集でも……と思ったのだが、サエラの口からすでに諸々バレていた(そりゃあ王孫を厳罰に処すのだから、手早く通達する必要もあるのだろう)ため、挨拶に来る者への対応に追われることになった。


 訪問者の半数以上は探りを入れに来た者だ。その程度の者たちなら、手短な対応だけで終る。

 召喚被害者みうちとはそれなりに話すが、ほとんどはやはり短い会話だけだった中で、最後の一人は異なっていた。


「人気者はつらいな?」


 サウードは親しい者がみれば判る笑顔で抜かしたが、馴れてない者が見れば相変わらずの仏頂面といったところだろう。


「困ったもんだ。そういや、君も元気でいたようだな」

「ははは、元気だけどな、もう70のジジイだぞ」


 帰還しようにも行方不明期間が長すぎ、さらに母国の内戦で帰る場所を失ったサウードは、こちらにとどまることを選んでいた。

 拉致された当初は兵士として前線に放り出されていたが、生き残りをかけて戦い続けた結果、10年前には大佐まで上りつめていた。今の服装を見る限り、どうやら現在はそれ以上の職にあるようだ。


「孫もそろそろ成人する年でな。俺も引退だ」

「こっちの基準だと、70なら引退してて当然じゃないのか」


 日本の基準でも、引退する年のはずだ。彼の母国ではどうだか知らないが。


「そう言ってるんだけどな、まず年齢を信用してもらえない」

「何かの詐欺にしか思えないもんな、その若作り」

「おまえさんだって見た目は似たようなもんだろ」


 あちらとこちらでは時間の流れ方が異なっているのだが、我々召喚被害者はどうやら、元いた世界と同じ速度で年をとるらしく、彼は私と同年代にしか見えなかった。

 これは諸々の現象から予測されていたことだから、別に驚くことでもない。


「あちらでの公式年齢を考えれば、別に若作りでもないぞ?」


 私の見た目の年齢は40歳前後、といったところらしい。日本での公式年齢よりも若干若く見られるので、貫目かんめの足りなさを実感しているところだ。若く見えるという評が社交辞令だったら良いのだが、40代にもなって若く見られることは、良い事ばかりではないし。


「実年齢はいくつか思い出してみろよ。あっちとこっちで合計何年生きてるんだ」

「サエラ女王より10歳年上ってところだな」


 そのサエラが現在、70近い齢だということはあえて触れない。

 自分が合計80年近く生きている事も、敢えて気にしない事にする。


「それで、わざわざ顔を見に来ただけか?」


 かなりの階級にあるはずの彼が、無駄話をする暇があるとも思えないが。

 しかも地位を考えれば連れているはずの副官もいない。

 なかなか一人歩きも出来ない身分なのだろうから、わざと人払いしたと考えるのが妥当だ。


「まったくおまえは、すぐに疑うんだからな」

「それで?」

賢察けんさつのとおりだよ、部下を巻き込みたい話じゃない」


 表向き、彼はただ挨拶に来ただけだ。話す内容が何であったかは、私と彼だけが知っていれば良い。


「王族だから厄介じゃないはずもなし、か」

「まあな。あの馬鹿娘の外祖父が誰か、覚えているだろう」

「元国務卿のエルガール伯爵だな」


 15年ほど前に失脚させた政敵だ。

 さっさとラハド5世に見切りをつけ職務に熱心だったがゆえに粛清を免れたエルガール伯爵は、我々召喚被害者を奴隷と呼んではばからなかった人物だ。我々被召喚者は能力を提供して使い潰されるが当然、こき使われて死ぬのが本来の姿だからありがたく思え、と抜かしたため潰す対象にしたのだが、潰すのに10年かかった。


 伯爵を派手に失脚させたので、第三王子に嫁いでいた娘も離婚されて田舎に引き篭もったが、王族の血を引く孫娘は王家に残されたわけだ。


「祖父が仕込んだのか、あの馬鹿は」

「可能性が無いとは言わん。確証はない」

「エルガール伯爵の政敵はどうだ?」

「そっちの線も捨てきれんな」


 あの王女はいわばエルガール伯爵の最後の手札。それが今回、王族ではなくなって利用価値も失せたわけだ。

 伯爵の孫が王族の籍を失うのは、エルガール伯爵の政敵にとっては喜ばしい事態だろう。


「他にもきな臭い話がある、あとで資料を持たせるが」

「頼んだ」


 それ以上は話さず、彼はあくまでも挨拶に来たふりをしたまま戻って行った。

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