第69話
大物を気取りたい若造には残念な事だろうが、ティカワール卿は情報を吐き出させるために存在しているだけで、それ以上の利用価値はなく、身分故に何か優遇されるほどの立場でもない。
他の若者達もティカワール卿と似たり寄ったりの存在で、彼らの周囲の人間はさっさと彼らを切り捨てにかかっている。
ティカワール卿の伯父で貴族院議員のサフィク卿も甥に早々に見切りをつけ、こちらに協力的だった。
「弟ともども、甘やかしすぎたようです」
事情説明に来たサフィク卿の表情が厳しいのも、仕方のないことだろう。
サフィク卿自身は王室派で、堅実な性格の地方領主だ。鉱毒予防法の制定には乗り気でなかったが、それを除けば
それになにより、サフィク卿は愚かではない。甥のしでかしを理解する頭はちゃんと持っている。
「弟さん、というと」
サフィク卿の弟には会ったことがないはずだ。
「故人ですが、決闘で死にまして。早くに父をなくしたからと、甥を甘やかしすぎました」
決闘は20年ほど前に一時期流行ったと記憶しているが、当時も未婚男性ならとにかく、一家を構えた既婚男性がやるものではないと認識されていたはずだった。
少なくとも、命のやり取りを伴う決闘については、未婚男性のものと考えられていたはずだ。
それを考慮すると、父親を決闘で亡くした、というのがいささか奇妙に聞こえる。
「ええ、まったく責任感のない弟でしたので。結婚すれば落ち着くかと思ったのですが…」
既婚者であるにもかかわらず、ちょっとした口論をきっかけに売り言葉に買い言葉で決闘となり、死亡したという事だった。
たしかに、既婚男性に求められる責任感や落ち着きと言ったものが無い、と判断されても仕方のない、軽挙である。
「なるほどな」
「このたびは甥がご迷惑をおかけいたしましたことを、お詫び申し上げます」
深々と頭を下げるサフィク卿は、実に生真面目な様子だった。
ちなみにサフィク卿自身もいったん疑われたが、利害関係から言うと明らかにこちら側の人間であることと、ティカワール卿を含む集団の逮捕に協力的であったことから、捜査対象から外されていた。
「サフィク卿も災難だったな。卿にはたいそうご協力いただいたと聞いている、間違っても議員辞職など考えないでいただきたい」
「ありがたいお言葉ですが」
形だけでも辞表を出す、という文化はこちらにもある。
しかし下手すれば受理されてしまうので、今回はあまり望ましいやり方ではない。
「わざわざティカワール卿を引き込んだ者の意図が気になる。今回の若手集団はそもそも捨て石だ」
言葉を打ち消すように言ってやると、サフィク卿はやや緊張の色を見せた。
「彼らを犠牲にして、貴方のような人物を失脚させることが目的だとしたら?」
「閣僚でも無いのに、ですか」
「議席は議席だ」
「しかし…私は貴方の派閥ではありませんが」
「引退老人の私が、派閥なんぞ持っていたりせんよ」
もちろん影響力が皆無とは言わないが、旗を振ったら動くような便利な人間がいるわけではない。政治家とは概ね、我の強い人間ばかりなのだし。
「それに、今回の標的は私じゃない。バーラン王国そのものだと考えると説明がつけやすい」
「まさか」
「そもそも、私がこちらに戻って来たのは予定外の出来事だ」
サフィク卿の頭に内容が染み込むのに、数秒かかった。
「……魔導卿が予定外としたら」
「あのまま異世界人の召喚に成功していたら、バーラン王国の信用はガタ落ちだな」
「……召喚妨害のためにお戻りになったのでしたね」
対外的にはそういう事になっている。
「妨害されずに、王族が召喚術を成功させていたら、どうなっていたかな」
「召喚拉致事件が蒸し返されますね…」
「王国財政は破綻だな」
かつてラハド5世が行った外国人と異世界人の召喚拉致は当然、諸外国との間に問題を引き起こしている。
外国人被害者への弁償は動乱期の諸戦争における賠償と相殺されているが、問題は異世界人だ。バーラン王国がごねて引き延ばしを図っている間に、私達が被害者への補償と帰還費用弁済をいったん代行した形になったため、バーラン王国は我々に巨額の借金をした形になった。
そして召喚術を二度と行わないという取り決めを破れば即、全額の一括返済を迫ることになっている。
今回は表向き召喚に失敗しているため、返済の扱いをどうするかで多少議論があった。その会議でトーン君がやらかしたのだが、まともな頭があれば、穏便に済ませるべく努力すべきだとすぐ判るだろう。
なにしろ、召喚被害者連絡会が建て替えた費用、その総額223万ラザである。
「200万ラザの一括返済は、現状では困難です」
サフィク卿がやや顔色を悪くしながら言った通り、一括での返済は厳しい額である。
うち半分以上が私の個人資産なのはどうかと思うが、しかし我々自身の手で帰還事業を行わねば間に合わなかったのだから、仕方のない出費だった。
費用の6割はあちらでの帰還可能性調査や帰還者サポートにかかった金だったから、どうしても立て替える必要があったし。
「残念ながらそれ以上だ、利子がつく」
額面を考えると無慈悲すぎて私の好みではないが、さすがに無利子では諸外国に示しがつかなかったので、こうなっている。
サフィク卿もそれは理解できているのだろう、大きなため息をついていた。
「確実に、大混乱になりますね」
事の重大さが判ってなかった馬鹿は、トーン君とその娘くらいである。
「ああ、そういうことになるな。そこで非合法魔石細工が普及し、国境部隊や上流階級に食い込むとどうなる」
財政はガタガタ、諸外国から非難の的とされた状態で、静かに侵食されていけばどうなるか。
「卿も元軍人だ、理解できるだろう」
家を継ぐために退役したのは早かったが、サフィク卿は元陸軍少佐だ。遊び人の甥とは違うリアリストだけあって、
「ええ、はい」
と、反応は至って静かかつまともだった。
「というわけでサフィク卿、それを理解できる貴方が議席を失う可能性は減らさなくてはならない。王国に必要なのは、王国を守るつもりのある議員だ」
「私の席が空いた後、誰が座るかが問題になる…というわけですね」
「ああ。味方であればよいが」
「敵に与するものであった場合は…ですか」
「そうだ。政敵からはここぞとばかりに責められるだろうが、耐えてくれ」
「かしこまりました」
けして甘い対応ではない、どころかかなり厳しい事態になることも考えられるが、やってもらうしかない。
「甥の失態にもかかわらず温情をいただけましたこと、感謝いたします」
「サフィク卿の対応が素早かったから証拠も押さえられた、十分やってくれているよ」
もちろん保身を考えての協力だが、結果が出ているのだから何の問題もなかった。
それにこの際だから、売れる恩は売っておくに限る。高橋ほど上手くやれるわけではないが。
「ありがとうございます」
頭を下げたサフィク卿はもちろん、その後の『手土産』も忘れなかった。
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