第70話:身内の対価

 男性のくつろぎの場とされる倶楽部には時折あることだが、この鋸草ヤロウ愛好倶楽部クラブも明確な目的を共有する人々が集っている。山岳部隊の紋章である鋸草を掲げていることからも判るように、ここは山岳部隊出身者を多く含む、愛国主義者の集まりだ。

 そして普段なら友好的な時間がゆったり流れる社交室ラウンジも、その日ばかりは緊張が漂っていた。


「首尾はどうだった」


 予定通りに姿を見せたサフィク卿に、新聞を片手にした実業家がそう聞いた。


 ここが倶楽部の社交室でなければ、こんな親しげな口はきけないだろう。

 しかしここの会則には、この倶楽部にはいかなる政治的商業的対立も持ち込まず、立場を離れ国の未来のみを考え話し合うこと、とある。むろん害のない雑談は構わないのだが、国を守る事を第一義と出来ない者は、退会のき目を見る。

 そして『立場を離れ』るとは、身分や階級に拘らぬ平等を求めるという事であり、同じ部隊に所属したこともある者の間では特にそれが徹底されていた。


「なんとか、ご理解いただけた」


 サフィク卿の回答に、室内の面々から安堵のため息が漏れた。


「君達も、魔導卿に面会をお願いしたんだろう?」


 サフィク卿は安楽椅子のひとつに腰を下ろし、給仕に茶の支度を申し付けてから、そう切り出した。


「ああ」

「我々の提案は、受け入れていただけたのか」


 今回サフィク卿が巻き込まれた件は、この倶楽部にとっても他人事ではなかった。

 身内の不祥事がおきたのは、サフィク卿一人ではない。


「いくつか修正案をいただいてきた。実現可能性について検討してほしいと仰っていた」


 謝罪にあたっては詫びの品を持参するのが通例であるが、魔道卿は国に100万ラザ以上を貸し付けられる実業家だ。大抵のものは自分であがなえる上に、賄賂わいろ嫌いでも知られている。そんな相手に下手な物を持って行けば、怒りを買いかねない。


 そう判断したサフィク卿と仲間達が差し出したのは、自分達の交友関係を使った捜査協力の申し出だった。


 結果から言うと、倶楽部の申し出を魔道卿も快く受け入れてくれた。

 自分はあくまでも異世界人であり、この世界にとって異分子である、と主張する魔道卿だが、今のバーラン王国に対しては悪感情も特にないらしい。活躍ぶりからそう察してはいたが、直接対話してみるとますます、その印象は強まっていた。


「面会予定延期の連絡は、そのせいだったか」


 ほっとしたように言ったのは、やはり身内から逮捕者を出したラガン大佐だった。


「なにか、あったのか」

「お詫びに伺う予定だったが、延期するよう連絡があってな。それが、サフィク卿と打ち合わせが終わったら連絡するように、とのご指示だったのだよ」

「では、君にこちらの検討結果を伝えてもらえば良いかな」

「おそらくそのほうが良いだろう。魔導卿は人に会うのを好んでおられないと聞くし」

「その事なんだが」


 サフィク卿が返すと、一同の視線が向けられた。


「今は好んでおられないのではなくて、御国での事業が忙しいそうだ。予定の都合が付けば面会に応じる事も考えていると、そうおっしゃっていた」

朗報ろうほうだが、魔導卿は御国とこちらを行き来されているのか」


 社交室の中がざわめいた。


「負担になるので回数は減らされているそうだが、必要があればとおっしゃられていたよ」

「……流石、と言うべきなのだろうな」


 ラハド5世がまず外国人の召喚拉致を行った理由は、異世界人召喚の難易度があまりにも高いせいだった、とはよく知られていることだ。

 聞き及ぶ範囲では、そう簡単に行き来できるものではないはずである。さらに言えば今の魔術師は弱くなったため、昔の魔術師が数人がかりで成功させていた召喚術も完成させられず、死んでしまう。


「並の魔術師ではない、か」

「あの方は本当に特別なんだ、我々と比べられても困るよ」


 倶楽部では数少ない魔術師一門の出である、サレク技師が苦笑気味に口を挟んだ。


「そこまで違うのか」

「ああ、魔力量だけとっても、ゴブレットの中身と海の水を比べるようなものだ」

「異世界人だから、か……?」

「そうでもないだろう。他にはあれほどの魔術師は居ないし、魔力のない異世界人もいるそうじゃないか?」

「むしろ、異世界人は魔術の才能を持たないと言われているな」

「サウード将軍も、魔力なしだろう」


 元軍人が多いだけあって、これにうなずく者が多かった。

 異世界人でありながら将軍にまで上り詰めたサウードは、勇将であると同時に智将としても知られているが、そのサウードも魔術については全く不得手としているのは有名な話だ。動乱期には魔導卿と手を組むことでその欠点を補い、今の陸軍における混成部隊の基礎を作ったことでも知られている。


「異世界人としても、異色の方だな」

「異色すぎる」


 誰かの呟きに一瞬、その場から音が消えたが


「それにしても、必要があればお会いできるのであれば心強いな」


 ラガン大佐が何事もなかったように話を戻した。


「その他に、なにか仰っておられなかったか」

「ああ。『敵』を見定めろとのご助言を頂いた」

「敵、か」

「今回そそのかされた馬鹿な若造どものせいで、誰が巻き込まれるのか。それによって利益を得るのは誰か、考えよと」

「たしかに、我々の敵だな」


 狙い撃ちでもしたかのように、逮捕された若者たちは『友人』の縁者ばかりだ。それもこの倶楽部の会員ばかりではなく、やや傾向を異にしているがやはり国を憂える者達が作る別の倶楽部にも影響が生じている。


「……『敵』が誰を排除したがっているのか、手がかりはそこからだな」

「議会と、軍か」

「やはり、同じ結論を出されたか……」


 この倶楽部でも何度か話し合いがもたれた結果、工作対象は逮捕された若者達につながる議員や軍人だろうと推測されていた。


「ああ、さすがに考えておられたようだ。辞職はするなといさめられた」

「……たしかに、辞めたら思うつぼだな」

「前例にはないことだが、仕方あるまい」


 誰かが、ため息とともに慰めともとれる事を言った。

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