第68話

 二週間ほど諸々滞らせた用件には、すっかり後回しになったティカワール卿への対応も含まれていた。

 ティカワール卿というのは例の、「魔導卿が死んだから財産没収」と主張して押しかけて来た若造である。


 まさか私邸に置くわけにも行かないので然るべき機関に収監されているが、これまで保釈はもちろんのこと、面会も許可していない。

 二週間も留置場に放置したら、あちらなら人権問題と言われるところだろう。しかしこちらでは必要とあれば隔離できる。保釈しようものなら雲隠れは当たり前、面会を許せば脱獄準備が当然の世界だから、仕方ないと言えば仕方ない。

 一応は途中で人をやって様子は見させていたが、本人や家族からの保釈や差し入れの求めはすべて却下していたこともあり、どうも看守に八つ当たりして不貞腐れてばかりいたようだ。


 そして詐欺の片棒を担いだ事についてはなんとも思っていないようで、


「僕は魔導卿が生きてるなんて聞いてなかったんだよ!」


 と、取り調べ担当官に対してこの言いぐさだった。


「死んでないなんて知らなかったんだから、詐欺じゃない。僕も騙されたんだ。僕になんの罪があるっていうんだ?」

「魔導卿が亡くなったと確信していたようじゃないか?」

「そう聞いたんだよ!絶対死ぬから間違いないって!」


 二十代後半の男が不貞腐れて言うようなことではない。


「財産押収の法的根拠については、聞いていたかね」

「そんなの、あいつが異世界人だからに決まってるだろ」


 どうやら、何も考えていないとみた。


「生きてる間だけでも財産を持てるのを感謝すべきなんだ、平民以下のくせに」

「異世界人の財産権は、国際条約で認められていることだがね」


 こちらでは平民の土地所有を認めていない国もある中、異世界人は条約批准国すべてで不動産所有権まで認められているので、国によっては貴族と同じ扱いである。


「死ねば関係ないだろ!」

「財産の相続権も、認められてるぞ」


 これまた国際条約で決められたことであり、バーラン王国の法も同様である。ティカワール卿はどうやら、かなりの不勉強であるらしい。


「ついでに聞いておこうか、その押収物をどうする予定だったのかな」

「迷惑かけられた貴族のものに決まってるだろうが!僕らが手にするはずの富をあいつが掠め取ったんだぞ!」

「で、接収して良い法的根拠は?」

「僕らは貴族だ!」


 つまり法的根拠なしにやったことであり、ただの詐欺もしくは恐喝未遂ということになるだろう。

 自分が何を喋っているか理解できていれば、ここまで露骨な話はしないと思うのだが。どうやらティカワール卿のおつむの残念さは、私の想定のはるか斜め下を行っていたようである。


「……どうします、これ」


 ここまで黙って私とティカワール卿のやり取りを聞いていた担当官が、呆れた様子を隠しもせずに、聞いてきた。


「色々、問いただしておいたほうが良いな」

「はあ。このまま続けます?」


 今のところ、私は『特務調査官の寺井』としか名乗っていないので、ティカワール卿は気がついていないらしい。


「今日は素直に喋らないだろうが、少しだけ状況を説明してやった方が良さそうだ」


 目の前にいるのが当の魔導卿だと気がついていたらどう反応するか、興味のあるところだが、あまり悪趣味な真似をしなくてもいいだろう。


「なにをゴチャゴチャ言っているんだ?僕はもう言うべきことは言ったのだ、解放しろ」


 こちらにむかって怒鳴ってから、ティカワール卿は鉄格子をガンと蹴った。


「いいや、まだ確認しないといけない事項がある。君はタゴス卿の友人な」

「まだ質問か、何様のつもりだ!」


 叫びながらまた、鉄格子を蹴っていた。


「特務調査官様だが?」


 こんな優男の蹴りで壊れるほど鉄格子はやわではないが、いちいち癇癪かんしゃくを起こされてもうるさいだけである。


「君達の手紙は押収させてもらった。なかなか、面白いことを考えていたようだな」

「それがどうした」

「実行は不可能だと知っておいたほうが良いと思ってな。タゴス卿は亡くなったぞ」

「はぁ?」

「知っての通り、タゴス卿は処刑を妨害する役を振られていた。その場で立会人の暗殺も試みたが、失敗している」

「それでタゴス卿に仕返したとでも言うのか!?」

いいや。タゴス卿は魔道卿の暗殺を試みたが、暗殺に用いた魔石細工が暴走して、タゴス卿だけが負傷した。手当は受けたが、傷が悪化して昨日亡くなったよ」


 右手を失ったタゴス卿の、腕の手術そのものは成功していた。

 しかしこちらでは、手術後に傷が感染を起こして死ぬことがしばしばある。タゴス卿も感染を起こして敗血症となり、最後は傷口からの再出血が止まらなくなり、傷以外にも内出血だらけになって死亡した、との報告を受けていた。


 ロバーツの手でいったん導入された医療技術があれば、こんな結果にもならずに済んだだろう。抗生剤もこちらの世界に紹介されたが工業生産に至らず、かつ医療改革に挑んだロバーツ医師はガレン王国出張中、革命派に捕まり断頭台にかけられたため、医学の進歩は完全に停滞状態だった。

 ロバーツが亡くなって随分たつのに弟子達はロバーツの教えた事を墨守するばかりで、何も改善していない。まったく残念としか言えない事ではあるが、彼らのメンタルがあちらの近世以前なのは如何ともしがたいし、私の関与すべきものでもなかった。


「タゴス卿は説明されていなかったようだが、タゴス卿に与えられていた道具は装着者もろとも周囲の人間を殺す事を目的としていた。首謀者は、君たちの命などどうでも良いと思っているようだな」

「嘘をつくな!」

「嘘と思うのは自由だが、君も処分されかねない立場にいると理解した方が良いな」


 今はまだ、揺さぶりをかけるだけで良いだろう。

 面会はこれで切り上げることにし、説明しろと喚くティカワール卿を残して、私達はその場を後にした。

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