第31話

「ずいぶんガディス卿を脅かしたみたいだね?」


 菓子をもぐもぐやりながらそんな事を言った高橋に、ガディス卿の事を気にかけてやってる様子はさっぱり伺えなかった。


「なにが?」

「監視衛星打ち上げたって?」

「あ、それか。全部小型だよ」


 こちらで魔力を使うなら人工衛星も打ち上げられると気が付いたのは、帰国後の事だった。


 私の魔力では打ち上げ可能質量ペイロードはわずか5kgだが、魔術監視装置は既に小型化に成功している。装置そのものを宇宙仕様に変更して機能試験するのは設備の面でも難しかったから、適当に魔力障壁で包んで打ち上げただけという、実にお手軽な衛星であった。


 計画だけは立てていたが実行する機会もなかったもので、今回は時間が出来たのを幸い、実験してみたというわけだ。

 単に一度やってみたかっただけという話もあるが、気にしてはいけない。


「完全消滅させられるから、宇宙ゴミにはならないな」


 最初の数機は打ち上げに失敗したが、3機が軌道周回に成功している。


 そのうち静止衛星軌道までたどり着いたのは2機で、残念ながら片方は既に故障したから、監視に使えるのは1機だけだ。

 人工衛星を維持するのは思ったよりも難しい。失敗したうちの1機など、軌道投入までは出来たがスピンが制御できなくなったし。


 失敗作は軌道上に残してもゴミになるだけなので、仕方なく大気圏内に転移させて燃やして処分した。


「いやそういう問題じゃないからね?」

「そういう問題で良いだろ、別に」

「魔導卿の大技を知った、哀れな官僚の心情を考えてやる気は?」

「ない」

「うわ、言いきったし」

「いちいち驚かなくても良いだろ、可能な事はいずれ実現するもんだ」

「いきなり宇宙技術を持ちこんで、それ言う?」

「出来たんだから仕方ない」


 それに、出来たと言ったって成功率は低いのだし。


「で、隕石メテオ落としストライクは出来るって?」

「ああ、それははったりブラフだよ。今はやる気がしない」


 上空から魔力弾を打ち込めば隕石落としそのものは可能だが、狙いを付けるのが難しすぎる。余計な被害が出るだけだろう。


「出来ないと言わない時点で、お察し……かな?」

「はっきり言わない優しさって、有ると思わないか」


 正直に言うと、今の私の技術では精度の高い攻撃が出来ない。実験するにしても、もっと改良を進めた後の話だ。


「マッドだねえ、相変わらず」

「お褒めに預かり恐悦至極」


 ふざけてみせると、高橋がこちらを見てにやっと笑った。


「それに、衛星は実験だからなあ。追跡に使ってるのは従来型だよ」


 精度も高いし、従来型監視装置での追跡なら、すぐにでも攻撃可能な体制をとれる。

 逃亡を企てれば手段を問わず制圧の予定だ。


「正直なところ、こちらの都合だけならもう、制圧して良いんだけどね」


 召喚術使用の幇助犯であることは確定できたし、なによりこのまま放置しておくとまたやりかねないから、そろそろ処分したいところだ。


「やめてやってくれないかな、ガディス卿の胃に穴が開きそうだし」

「いつまで待てばいいのかねえ?」


 現時点ではファラルを襲撃しようとする者も制圧しておかねばならず、なかなか面倒くさい事になっている。

 ファラル自身の命はどうでもいいが、証拠隠滅を許すわけにはいかない。


「とりあえず、十日くらいでムンディ伯爵の件は片が付く見込みだから」

「そろそろ二重生活に飽きてきた、早いところ片付けてくれると助かる」


 私の管轄はあくまでも、召喚術を使用した者の処分だけだ。


 それ以外の捜査権はないし、口を挟むつもりもない。情報が集まってしまったから、ガディス卿を始めとするこちらの官僚に丸投げしているだけである。

 それにこちらにいると、何かと人に邪魔をされる。政治家との付き合いが多かった昔と同じくらい忙しいのは、勘弁して貰いたい。


「ああうん、伝えとくよ。二重生活って事は、あちらにも顔は出してるわけ?」

「そりゃ、仕事があるし?」


 自宅勤務可能ではあるが、以前よりは出勤する事も増えている。

 そもそもこちらにいる時も、こちらの書類の処理と、あちらの仕事を並行している状態だ。いくら時間の流れが違うからと言って、仕事が増え過ぎだろう。


「寺井がサラリーマン、ねえ……」

「見れば判るだろ」


 こちらで流行のレース飾りに嫌気がさしたので、今日の服装はあちらから持ち込んだワイシャツとベストとスラックスだ。屋内といえどもスウェットなど着ていられない立場だから、仕方がない。

 ついでにこちらの仕立屋に同型の衣服をオーダーしたのだが、それが既に完成して届いているくらい、滞在期間が延びている。

 いくらなんでも捜査に時間がかかり過ぎだろう。


「まあ、似合ってはいるんだけどさ。でもサラリーマンって言うよりはさあ」


 高橋はしみじみ眺めた後、


「どこかの暗殺者みたいだよ」


 と、のたまった。


「よし、次から土産なしな」

「え~、似合うって言ったのに。褒めたのにそれは無い」

「どこがだよ!?」

「悪役にぴったりじゃないか?」


 相変わらず、口の悪い高橋だった。


「うん、トマソンに見せたら喜びそうだ。そろそろ、お茶にでも呼んでやったら?」

「断固断る」


 何を書かれるか判った物じゃない。


「え、ネタ提供しといてそれは冷たいと思うよ?アフターケアって重要だと思うんだけどなあ」

「飯の種を提供したんだから、それで充分だろ」


 もちろん、今回の件の事だ。


 トマソンもジュリアの件は知っている。ムンディ伯爵夫人の亡父のみならず、妾腹の息子も不祥事を起こしたと手紙で教えてやったら、返事がわりに台本を送って来た。


 人気を出すために、劇はファラルを処分した後に公開する事になるだろう。私が新聞記者を寄せ付けない事もあって情報が制限されているから、劇に注目が集まる可能性も高い。

 その結果として上流階級で何人かが疑惑の眼で見られる事になるだろうが、些細なことである。


「問題は、ファラルの処分方法だな」

「どうせ死刑だよね」

「法に従うなら、それ以外は無いよ」


 幇助犯も実行犯と同罪と決まっている。


「どう処刑するか、という問題はあるけどね」


 こちらでは公衆の面前での絞首刑が一般的だ。


「非公開にする?」

「出来ればそうしたいね」


 処刑そのものは仕方ないだろうが、野次馬に娯楽を提供するのは趣味じゃない。

 元王女については、王族に準じて扱うなら服毒による死刑という形がとれるから、晒し者にせずにすむ。もちろんこれは王族の、というよりサエラとサレク君の体面を考えての処置であって、本人に対する温情ではない。

 しかしファラルについては、このような処遇は一切ない。これまでの習慣に従うなら、公開処刑になるのが常だ。


「非公開だと、ひと悶着ありそうだねえ」


 娯楽を禁じられた、と思って文句を言う一般人が山ほど出るのは間違いない。


「捕獲の際に暴れて貰うのが、一番だろうな」


 暴れる犯人を射殺、は海外の警察でも良く聞く話だ。こちらでもその手は十分使える。


「そうすると、寺井が直接対応する事にならない?」

「そこは仕方ない」


 これまでにも対応してきたことが無いわけではない。


「遠隔で処分しても良いけど、それだと『処分』したって事は理解されないだろうからなあ」


 突然死したのか処刑されたのか判らない状態も、あまり宜しくないだろう。


「演出が大切、ってことになるかな?」

「あまり芝居がかった真似はしたくな……おや」


 警報装置が、ファラルの周囲に脅威が出現した事を知らせていた。

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