第4話

 サエラ自身が対応することを決めたのは、本人確認の意味もあっての事だろう。

 と思っていたら、やはりその通りだった。

 案内されたのはサエラ女王の客間で、私が部屋に入ったところでサエラが立ち上がった。


「ご無沙汰しております」


 女王のほうから軽く会釈をしたのに、控えていた若い文官が驚いていたが。

 召喚被害者がラハド五世に対するクーデターに加担し、その後サエラの即位を支持した事情もあり、私はサエラの元後見人という立場でもある。今回のやらかしの事を考えれば、サエラとしては最大限の敬意を払って見せる必要があると判断したのだろう。


「変わりないようで何よりだよ、女王陛下。それにしても、君も災難だったな」

「臣下より報告は受けましたけれど、卿から改めてお話を伺っても?」

「もちろんだ。といっても、大した話はないがね」

「ありがとうございます。どうぞこちらへ」


 すすめられた席に腰を下ろしたところで、女王付きの侍女が茶のセットを持ってきた。


 女主人が手ずから茶を入れるのは、召喚被害者の一人が持ち込んだ風習だ。

 そもそもこちらにカメリア・シネンシスチャノキは存在しなかったので、茶葉そのものも持ち込んだものだが。物品の交流が基本的に禁止となる前に導入した、アッサム種のチャノキがこちらのお茶の起源になる。

 オレンジイエローに近い淡い水色すいしょくの茶は、こちらでは相当高価な類に入るはずだ。まあ、茶葉のグレードが昔と変わっていなければ、であるが。先ほど、警備隊の部屋で提供された茶は赤褐色のそれなりのグレードのもので、気軽に飲める額だったと記憶している。


「それで、どのあたりから説明するね」

「今回の、ご迷惑をかけた事についてからお願いできましょうか」

「ふむ。母国での休暇中に、いきなり呼び出されたよ」

「……お国におられた、という事ですね」

「ああ」


 ここの確認は重要である。

 召喚術は禁止してあるが、中でも異世界召喚はさらに罰則が厳しい。


「……愚かなことを」


 サエラが口にしたのは、その一言だった。

 床に引き据えられた小娘には一瞥いちべつもしない。


「処遇はどうするね?何らかの処分は無いと示しがつかないと思うが」


 本格的な処分は後からになるが、緊急に対応する必要性はサエラも認識しているだろう。

 なにしろ、かつて大騒動の原因となったバーラン王家の人間による、国際条約違反である。

 しかも王家の城内でのこととなれば、サエラにとっては管理問題にもなるというものだ。問題として取り上げるにしても、素早い対応と首謀者の処罰が行われたことを示さないことには、サエラも立場が無い。


「王族の籍を除します」


 本人を目の前に、実にあっさり決断する女傑様は相変わらずだった。


「おばあ様!」


 小娘が金切り声を上げたが、ここで叫んでしまうあたり、まったく罪の自覚がないと言える。


 この国の作法にのっとるなら、女王の客間で会話が許される者は、椅子に座っている者だけだ。処罰を受けるべく床に座らされているこの娘に、女王の御前で発言する資格はない。


「思い切っているなあ」

「召喚術を禁じた理由は教えてございます」

「おばあ様、わたくしにも理由が!」

「王女エリーリャは我が王家の守るべき決まりを理解できず、ラハド五世と同じ行いをいたしました。故に、王族たる資格はないと判断いたします」

「なぜ、話を聞いてくださらないの!?」


 ほとんど絶叫であるが、サエラは知らんぷり。

 これはもちろん、女王として違法行為の言い訳など聞く耳を持たない、という態度を貫く必要があるからなのだが。そんなことも判らないとはどうやら、この娘はバーラン王家の駄目なほうの素質をしっかり受け継いだようである。


「連れてお行きなさい。処罰については、法に照らして決定となります」


 王族の籍をどうするかを即断できる権限はあるが、さすがに拉致犯に対する処遇は法で定めてある。法で決めてあることは王といえども従わざるを得ない。

 召喚被害者による反撃は全面的に認めているのだが、この世界の住人による悪用を防ぐ目的で、召喚被害者以外による即時処分は認めていないのだ。そうでもしなければ、政敵を召喚術使用者に仕立て上げ暗殺するくらい、こちらの連中は普通にやる。

 法を定めた時は、王族であることを理由に好き勝手させないための策だったのだが……と感慨にふけっていると、サエラが改めて頭を下げた。


「まことに申し訳ございません、テライ様」

「あれに引っかかったのが私でよかったな」


 まったく嘘偽りない感想を述べると、サエラは複雑な表情になった。

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