第23話 フラグを作ってお茶丸さん!

 僕とお茶丸、二人きりの教室で。夕陽が差し、床が光を反射する。まるで紅茶のような色が辺りに広がっていく。


「新美ちゃんにも気を利かせちゃったね」

「で、何がそうだ、だったんだ……?」


 お茶丸は指でもじもじいじりながら、僕に何かを伝えようとしている。彼女の頬までもが光に照らされ、赤に色づいていく。その可愛さにドキッとしてしまったのは秘密だ。


「あのねっ、その。こういう計画って終わったら、今まで手伝ってくれたお礼がしたくてさ。な、何かあるかな? 欲しいものとか、何か?」

「それだったら、に」

「ん? に?」


 僕が「新美にお礼をしてよ」と話そうとしていたのだが、お茶丸は新美が立ち去った状況を良しとしている。これは僕とお茶丸だけの話だ。他の人を介入させてはならないと慌てて、手で自分の口を塞ぐことにした。彼女は彼女で新美に何らかのお礼はするだろう。

 今は自分がお茶丸の提案に対してしてしまった失言を何とかしなくては! に……、にが付く言葉なら、いいんだよな……。


「に、に……ニッ―、ニパー、二パー……」

「えっ?」


 ダメだ。思い付かない。これじゃ、ただの変な人だ。ぽかんとして僕を見ているお茶丸に訂正の言葉を入れて、再度発言の権利を貰うのだ。


「いや、何でもない。今違うこと考えてたんだ。何がいいかって話だよな……」

「値段が高すぎるものは難しいけどさ……それ以外なら頑張るよ!」


 それなら、僕を好きになってくれる権利を貰えるのかな……って思ってから、自分の考えていることの重要さに気が付いた。発言していなくて心から良かったと思う。

 自分は何を考えているんだ。

 普通、欲しいものと言ったら濁りのない愛とか、婚姻届けとか。それ以外に……あれ、またおかしな考え方が混じってる。ダメだ。考えれば、考える程、不思議な何かに心が侵食されていく。

 なかなか僕が返答しないものだから痺れを切らしたらしいお茶丸が僕へと問い掛けてきた。


「思い付かないの? 何でもいいんだよ? 普段できないこと、言っちゃってよ!」


 いや、思い付いてはいるんだけれどね。普段できないことではあるんだけれどね。これを言っちゃったら、お互いの人生に大きな影響が出ちゃうと思うんだ。たぶん、取り返しのつかないことに。

 自分が考えるとどうしてもおかしな答えに辿り着いてしまう。

 それならば、お茶丸におススメを尋ねることが最善策のはず。彼女が「選んで」と言えるものであれば、心置きなく「それにしようか!」と答えることができる。


「お茶丸、これがしやすいとかない?」


 しやすい。我ながら良い聞き方だと思った。これなら、彼女が問題なく答えられると思う。僕はてっきり美味しいお茶を淹れてあげるとか、そういう答えが返ってくるものかと思っていたのだが。

 彼女は唇に指を当て、少し息切れしたような感じで話し始めた。


「え……ええと、例えばさぁ……こういう場合だよ」

「こういう場合?」

「そう。作戦決行前とかにさ、こういう約束をした方がいいって言うのあるじゃん?」

「作戦決行前に……」

「ほら、結婚とかそういう約束だよ!」


 ……結婚? あれ、血痕の方? どちらにしても意味が、お茶丸が何を言っているのか、分からない。ええと、作戦決行前に結婚の約束。約束ねえ……。ふと、この前出てきた漫画に登場する兵士の言葉が脳裏に浮かび上がってきた。


『俺、この戦争が終わったら故郷の彼女と結婚するんだ……』


 同時に虫の息で話す、兵士の言葉。結婚の約束をした兵士の言葉が音声として頭の中で再生された。


『帰ったら、彼女に……伝えてくれ……俺は死んだ……と。がくり……』


 ……僕は一回項垂れた。

 それから僕は一言。心の中は大荒れ状態だ。


「お茶丸!? それ、死亡フラグって知ってて言ったのか!? お茶丸!? お茶丸!?」

「えっ、死亡? フラグ? えっ!? この前、アニメで見た人がカッコよく結婚の話してたから。あっ、それで戦場の中でも頑張れるんだなって思ったの? 何々? 何かあった? 声なんて張り上げちゃってどうかしたの?」


 お茶丸は何か勘違いをしているのだろうか。その可能性を希望として、彼女に質問をした。


「え、えっと、兵士がその後どうなったのかは……?」


 お茶丸は純粋な眼でこう語る。


「眠くてそこしか見てなかったけど、その後は戦いを無事切り抜けて、幸せになったんじゃないの?」


 その言葉に一安心。胸を撫で下ろして、彼女が安心するような言葉を放ってみせた。


「そうだな。故郷にちゃんと帰れたかもな……」

「良かった! じゃあ、ご褒美大作戦は成功するかな」


 あっ、言葉の選択肢を誤った。ここで厳しく、「異議あり」と吠えておくべきだった。彼女はどうしてもそういったご褒美を用意したいらしい。となると、結婚することになるの?


「お茶丸。結婚は……」

「いや、それは例えだよ。例えば、の話だよ」

「そうだよな……良かった」


 僕が小声でそう呟くと、彼女はこんな提案をしてきた。ただ彼女はそわそわして、口元が滑ってしまっているのか。肝心な提案の内容が伝わってこなかった。


「で、で、でさ、で、デリートじゃなかった。えっと、デリケートじゃなくてさ、そのさ、えっとデッドオアライブ?」

「生きるか死ぬか? 成功しない方がいいじゃん、それ」

「あっ、そうじゃないの! で、デ……」


 彼女がデの付く言葉で何か迷っているようだが。それをそのまま伝えて、合っているのかが分からない。ついでに教室の外から誰かが「デンデロデロデンデンデロデロデン」と歌ってる女狐がいる。確かアイツ「ワタシはいいわね」とか言って帰ってなかったか。新美って名前の奴。


「外の奴、僕達を冷やかすつもりで歌ってるのか?」

「応援してるのかも。私達を。そっ、だから、デ、電気マッサージ機でもなくて、で、電撃結婚しよ! あっ、間違えた!」


 ……とんでもない間違いをしてるから、もういいか。そろそろ僕の方から伝えた方がいいよな……たぶん。


「デートって言いたい?」

「そーそー! デート! デート! そのデートだよ! えっと、デートが言いたっかったんだ」


 どうやら相当焦っていたらしい。まあ、そうだよな。異性と一緒に何処か出掛けたいという提案をするのには勇気がいるからね。本気で言っている場合は更に。

 彼女の揺らぐ心が分からないことはない。

 デート。彼女と一緒にそんなことをするのが許されるのか。また傷付けてしまう可能性もある。そうも考えたが、彼女が勇気を出した言葉を否定するのも傷付けることとなろう。

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