第17話 恋を捨てた人
無言。何もないの時間が僕の心を蝕んで、潰しそうになった。新美が口を開けないことから、示される真実は一つ。新美も今の事態に対する打開策を持っていないのだ。
このままでは、タイムリミットが来てしまう。フミがキサラギが語る真実を知り、失恋を味わう時が。そして彼女の心にひびが入る、その時が。おまけに厄介なのが、その時間が分からないということ。
風の噂で聞くかもしれない。キサラギが我慢できず、真相を伝えてしまうかもしれない。最悪の場合、いいなづけとフミが出逢ってしまったら……。
「ねえ、タチハル? そのいいなづけってどうにかならないの?」
ふと、新美がいいなづけについて尋ねてきた。そのいいなづけがどうにかできないのか、考えているのであろう。自分もいいなづけ問題に屁理屈を付けたかった。
しかし、僕は知っている。昨夜、キサラギは僕に強固な決意を語ったのだから。
「ダメだ。『いいなづけはもう小さい頃から決まっていて。それが完全に親のためにも、自分の未来のためにも』だってさ」
「じゃあ、ワタシ達が親やそのいいなづけのところに殴りこんで、それでキサラギの完全なる未来を切り拓けば、万事オッケーよね!」
「その思考が問題だ……ってか、どうやって未来を切り拓くんだよ」
「そうよね……分からない。一昨日食べたあじしか開き方しか分からないわ……!」
「そこは凄くどうでもいい……」
僕達は自分の未来を開拓することもできないのに、どうやって、人様の人生を……。後、僕はあじの開き方も知らないからね。その時点で未来を創るのは無理。そもそも、キサラギが結婚する仲であることは嫌ではないようで。幼い頃から決められたことに今更心変わりもできないらしく。
例え、親を倒してもキサラギの心に変わりはない。いいなづけを倒したとしても、キサラギは心を閉ざすだけ。
「ない」、「無理」、「だけ」づくしで頭が痛くなってきた。
「フミの方を何とかするべきか……それとも……うう……」
恋をどうやって無事に終わらせるのか。見本になる人物でもいれば、いいのだが。その悩みまで僕は声に出していたらしい。
「恋を終わらせる……見本になる……? それがいれば……何とかなるの!?」
「い、いるの!? そんな人、いるのかよ!」
僕達は自分でも驚くような大声で、会話をしていた。新美が拳を固め、自信満々な様子で喋り出す。僕の悩みを解決する希望について。
「ちょっと違うけどさ。いるわよ。恋を、恋でなく、違うものに変えようとしていた人のこと」
恋……を。確かに違うものに変えてしまうことができるのならば、参考になる。それは……誰なんだ!?
「それは誰だって!? 僕の知ってる中にいるの?」
「もちろん!」
「何処にいるの? それなら早く……」
「そこよ」
新美は人差し指のピンと伸ばし、その人物を示した。人差し指の直線状にいた人間。それは彼女よりも僕が一番知っている人物。つまりは、この僕、立春のことだった。
「えっ!? えっ!? ぼ、僕!?」
僕は自分自身を指差して、彼女が本当に僕のことを言っているのかと確かめた。彼女はそれに頷いたのである。
「だって。お茶丸のことだってそうでしょ。アンタ、本当は彼女のこと好きなんでしょ? 何でそれを頑なに認めようとしないの?」
何故、その話題に入るのか。その話題は特に新美へ話すことは避けたかった。今後、一生笑いのネタにされるかもしれないとなると怖すぎる。
「な、な、な、何のこと……」
誤魔化そうとするけれど、彼女は体をこちらに近づけて指をぶんぶん振り回す。というか、何回か顔にぷにぷに触れている。
「今は緊急事態よ! 隠し事はなしなしなしなし!」
「僕の精神も緊急事態……ううん、今はいいや。どうしても、言わないとダメ?」
「ええ。その態度がお茶丸にも……」
「えっ、お茶丸?」
心臓がバンと叩かれたように大きな刺激を受けた気がした。お茶丸の名前を復唱して、彼女のことを考えた時だった。ダメだ。彼女を恋愛感情として見てはいけない。
どうして僕が彼女を恋愛感情で見ないのか。その事情や僕が彼女に見せた態度がどう、彼女に関係しているのかは分からないが。新美の口ぶりからして何か、悪い影響を与えているらしい。
「だって……お茶丸、一昨日の夜だってアンタのために……」
何を話しているのか、聞き取れなかったが。雰囲気で分かる。僕が恋愛感情を意識していないことに文句を言いたいらしい。僕が恋愛感情を持たず、何かに気付いていないことがお茶丸の負担に……。
どうやらこれ以上隠し通せはしない、か。ここで事情をだんまりでやり過ごしたとしても新美はずっと聞いてくるだろう。フミが受けるであろうショックを和らげるためにも。お茶丸のためにも。
「すんごく恥ずかしい話だから、誰にも言わないって約束してくれる? 後、笑わないこと!」
「……え? まあ、分かったわよ」
信じるよ。信じておくよ。期待しない程度に。
話は高校二年生の今から小学五年生の頃。六年前だ。
僕とお茶丸は同じ小学校ではなく、市のボランティア活動で知り合った。それからお茶の話をしたり、美味しいお茶を実際に淹れてみたり。空港やお祭りの会場でお客さんにお茶の提供をしたこともあった。
その時に見せるお茶丸の笑顔が本当に可愛かった。というより、会う時は僕や他の大人に対して笑う顔以外見せていなかったように思える。聞いたこともあったんだ。
「何で、そんなに笑えるんだ?」
笑うことには疑問があった。学校で皆が僕の失敗に指を突き付けては、バカみたいに大笑いする。僕の恥なんて気にせずに。だから、笑うことに対し負のイメージを抱いていた。
彼女の答えは単純だ。
「だって笑うと、みんな笑い返してくれるじゃん!」
「それは分かるけどさ……」
「無愛想じゃ、つまんなくない? 笑顔の方が何にしても気持ちがいいと思うんだよ! 笑えば、嫌なことなんて忘れるし」
彼女は彼女なりで笑顔が幸せを呼ぶって本当に信じ込んでいたみたい。まあ、それに対して、小学生の僕でも「綺麗ごとじゃないのかな……怒られたり、バカにされたりした時はどれだけ笑顔になっても、嫌な気持ちは晴れないし」って思ってた。だけれど、彼女の笑顔を見ると「やはり、笑いは幸せを呼ぶのかな」とも考えられたのだ。
たぶん、彼女の笑顔で幸福感を感じられたのは……少なからず好意を持っていたからじゃないかな。その「好き」に恋愛感情があるかどうかは別として。
普段ずっと笑顔を絶やさないお茶丸。明るい性格で社交的な子でもあったのだけれど。
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