第16話 裏切り
「キサラギくん……」
「くんはなくて、いいよ」
「そうか。どっちの方が家近いかな。たぶん、こっちの方が近いと思うけど。電車乗る?」
「ああ。だから、君の方に送らせてもらうよ」
キサラギに声を掛け、ともかく家に送ってもらうことにする。ううん……計画は大失敗。そ
お茶丸とフミが顔を引きつらせて、「フミちゃん! す、好き。友達として」、「ええ! チャナちゃん。好きです。く、クラスメイトとして!」と言い合っている。「好き」を伝え合うのは、お茶丸と僕……じゃなくて、フミとキサラギだったんだよなぁ……。百合の匂いがするけれど、僕としては何だかなぁである……。
人生思い通りにいかないものなんだな、と痛感する。店を出た時に感じた風が生暖かく、平常心を取り戻すことはできなかった。
キサラギとは終始無言で帰宅するしかなかった。話すことがほとんどなかったから。唯一、キサラギが話したのはフミのことだった。彼は非常に暗い顔で質問をぶつけてきた。
「今日の目的は本当は何だったんだ?」
彼の揺れ動かない眼が語っている。事情を教えてくれ、と。どうせインチキのことは勘づかれているだろう。
やはり、バレる運命だったか。そうだよな。僕もお茶丸も新美も、全ての行動が不自然すぎた。これを逆に不思議だと思わない人は、いないのかもしれない(一人、恋に盲目の少女は除いてね)。
ここで隠すのは、ナンセンスなことだろう。
今日の合コンに何の意図があったかを含めて、フミが彼にラブレターを送ろうとしたこと、そのラブレターが事故で使い物にならなくなったこと。そして、フミが彼のことを好いているという事実を全て告げていた。
僕は事実を全て話すこととなる結末に溜息を。同時にキサラギも溜息を吐いていた。
何故、溜息を、と思った。すると彼は立ち止まって、衝撃的事実を言い放った。
「……そうか……じゃあ、諦めてもらわないと、いけないな」
「え? いや? うん? 諦める?」
「うん、そう。諦めてもらう必要があるんだよ」
その発言に僕自身がフラれたわけじゃないのに、何か心に引っかかった。
半月の光に照らされた彼の顔が酷く残念そうにも見える。悔いがあるのか。それとも、フラれる彼女のことを哀れんだのか。
不思議で不思議でたまらない。
「ん? どうして? 昨日……」
「付き合うとは言ってないから。紹介される位なら、いいんだ。だけど、恋仲になることはできない……」
「だから、どうして?」
謎にはその筋道が通る答えが存在していた。彼の口から告げられる。
「いいなづけ、って知ってるか?」
何だろう。心がドクンと跳ね上がる。また、僕がショックを受けたのだ。
別にいいなづけの意味が分からなくて困ってるのではない。親が決めた結婚相手だということ位知っている。意外な展開に驚きを感じてもいない。それなのに、この言いようのない不安は……そうか。
「その事情は……ううん……そっちはどうでもいいや。じゃあ、何で昨日、好きな人って言った時に」
「言い訳がましくなるかもしれないけど、すまない。あの時は言えなかったんだ。まさか今日の合コンでフミのことを完全にくっつけるとは思ってなかったし。誰かが告白しようとしてるならって考えて、他にはいないような性格の人を言ったんだ……」
「そういうことか……で、でもじゃあ、何で……今言ってることが本当なら薄々気付いてたんだろ? 今日の合コンで付き合わされるってこと!」
たぶん、心配していたのは彼女をフる役が僕かお茶丸になるかと思っていたから、だと思う。自己中心的な考えで僕は焦ったのだ。いや、自己中心的だけではない。
フミのためでもある。彼が店の中でフらなかった理由も似ているみたいだ。
「あそこでいいなづけがいるって言って、フッてたら、どうなってた? 場の空気が大変なことになるし。何より、彼女が傷ついて……何が起こるか、分からなかった」
「そうだよな……」
フる。その行為がどれだけ重いものか。彼の言葉で改めて実感させられる。
生暖かい空気は消えていた。冷たい風が僕の今までの努力をいとも簡単に吹き飛ばしてしまった。
学校に行こうとする僕の足にはおもりが付いていたかのよう。キサラギの話を聞いてから、夜も眠れず悩んでいた。
目的はただ一つ。
どうやって、フミにキサラギを諦めてもらうか。
校門の前までやっとこさ歩いてきた僕は見慣れた女子高生と目が合った。彼女は僕を見ると、苦笑いをしながら逃げ去ろうとする。僕は咄嗟に地面を蹴り、彼女の前に立ってみせた。
昨日とんでもないことをやらかしてくれた、新美の前に。
「おはよう。昨日のことでちょっと聞きたいことがあるんだけど、いいかな?」
新美は肩を震わせて、固まった。ギクリとの効果音も聞こえてくる。
「え、えっと。ワタシは空手部の新美。よろしくね!」
おまけに訳の分からないことまで喋り始める。
「ん?」
「こんにちは。ワタシ、悪い女子高生じゃないよ。攻撃しないでね!」
少しずつ、その意図が見えてきた。適当なことを喋って、僕が困惑している間にこの場をやり過ごすつもりだろう。何が悪い女子高生じゃない、だ。冗談は寝言で叫んでろ。
「新美、そうは問屋が卸さないからな。ってか、このままずっとそれ言い続けないよな?」
「こんばんは」
「新美」
「おやすみなさい」
「新美!」
「ごめんごめんごめん! 昨日のことはほんと、悪いって思ってるからさ!」
思ってる人がどうしてふざけてたんだよ、そうツッコミたかったが。そんなことをした日には、本当に話したかったことが空の彼方に消えていくだろう。
まずは、くじについて責めてみる。
「あのさ、昨日の割りばし、僕が合図送ってたの気付いてたよね?」
「ええ。でも、まあ、仕方なかったのよ」
「僕とお茶丸の方を命令でくっつけようと考えてた。それに僕が気付いて訴えると勘違いして、スルーしたと……」
「あはは……めんごめんご!」
まだ反省が足りなそうな彼女に怒りをぶつけてやろうと思ったが。昨日のキサラギが言った話をするのに怒りは不要だ。怒る時間を無駄にしたくなかったので、そのままキサラギが考えていることを新美に伝えていた。
新美の腑抜けた顔も徐々に険しくなっていく。
「えっ!? 何!? それって、本当なの?」
「うん。嘘とか、夢とかだったら、どんなに良かっただろうかね。僕達の手でずっと期待させてきた彼女を、ここで失恋させるなんて……無理だろ……」
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