第5話 影を冠するものとして!
うむ……? 愛してる……? また茶々を言われたのだと思った。その言葉にお茶を吹いた後の僕はフリーズし、彼女は騒いでいる。
「えっ? そ、そそ、そ……いえいえいえ……ええと、ちが……ちがくは……違い……」
「チャナは何を喚いてるんだ? 愛してるってのは、二人に依頼してきた人のことだよ? 依頼してきた人がその意中の相手を愛してるんなら、何かしらの理由があるって言いたいんだが……」
「そ、そそそそそそ?」
あっ、茶々を入れてるんじゃなくて、こちらの悩みにアドバイスしてくれたわけか。まさか、風下教諭が僕達の話を理解していたとは……。また慌てているお茶丸だが、今はそちらの言葉に耳を傾けている暇はなさそうだ。
僕達の机からお菓子を掴んで教室から出ようとしている風下教諭に一つ、確認をさせてもらう。
「つまり、先生は依頼人のフミにその魅力を聞いてみたり……」
「誰に彼の情報を教えてもらったか、も聞いてみるべきだと思っただけだ。参考程度に、な」
ありがとうございます、と礼をして。風下教諭は「おうよ」と言いながら更にお菓子を持って行った。たぶん、最初からお菓子を持ってくのが目的だったんだろうな……。
「お茶丸。先生からアドバイスをいただけて、少しずつだが進歩してるんじゃないか」
「はわわ……はわわ……」
あれ……何で彼女は立ったまま、放心しているのだ?
まあ、取り敢えず僕達が今やるべきことが決まった。フミから彼を好きになった経緯を聞かねばならない。そこからどうなりたいのかもしっかり問うていくべきだろう。何の汚れもない恋人関係でもいいのか、不倫でもいいから彼のそばにいたいのか。後者であっては、ほしくはない。
「で、フミちゃんから話聞くのはいいけどさ、どう呼ぶの? もう帰っちゃったよね?」
「そ、そうなんだよねー……ど、どうしようか?」
「困ったね……」
そう。お茶丸の言う通り、話を聞くにしても彼女の居場所が分からなければどうしようもない。連絡手段があれば話は別だが。フミに恋愛の応援を頼まれた時は勢いで話をして、後のことを全く考えずに別れてしまった。電話番号とか、メールアドレスとか交換しとけば良かったのに。
「お茶丸はどの部活に入ってるかも知らないの?」
「そうなんだよね。聞いとくんだったよ。おーい、フミちゃん! って呼んでも……」
お茶丸が冗談半分で叫んだ矢先だった。
「はい! フミです! どうしました!?」
確かにフミを呼んでいた。ただちょうど良すぎるタイミングでフミが現れたものだから、僕達は口元を歪めながらつい「ひゃあああああ!」と叫んでしまった。彼女は僕達が大声を出した事情も分かっておらず、「何があって悲鳴を上げたんです?」と眉を下げて、尋ねてくる。
「いや、本当に突然現れたからびっくりしただけ」
僕の口がどれだけ裂けようとも、理由は言えない。フミの大事なラブレターをお茶で沈め、その対処法を考えている時に彼女が現れたから驚いた……とは。彼女はそんなことも露知らず、満面の笑みで自慢を語っている。
「そうなんですか。あはは。あたし、地獄耳だねって友達からよく褒められるんですよ」
「それ……褒められてるのか……?」
僕がフミにツッコミを入れた後に更なる不安を浮かべてしまう。それを地獄耳でも聞こえないような声でお茶丸にぶちまけてみた。
「ねえ……お茶丸、フミ……最初の最初から僕達がやったことを知ってるってことはないよね?」
僕の囁きにお茶丸はビクンと肩を跳ね上げ、震える声で反応した。
「ええ? 知ってたら、最初から問い詰めてくるんじゃないかな?」
「そうとは限らない……声だけで話を知ったから、確証が持てなくて。鎌をかけて……僕達のボロが今に出ないかなと見張って、じわじわと追い詰めようとしてる……」
「そ、そんなことは……絶対……」
「絶対?」
お茶丸の顔が段々と青ざめていく。
「たぶん……いや……きっと……いや、そんな可能性がないとは……可能性がなくはなくはなくて……ああ……お墓は見晴らしのいいところに建ててもらおうね」
「……言った僕も悪いけど、弱気になるな」
「そ、そうだね。笑顔笑顔! で、フミちゃんに聞いてみないと! フミちゃん。どうして、その意中の彼が好きになったの?」
それでも何とかお茶丸が笑顔を取り戻し、フミへと想い人に関する質疑応答を始めていた。
「それはもう格好良くて……一目惚れって感じかな」
「知り合ったのはどうやってなの? 同じクラスじゃないけど……」
「友達があたしに紹介してくれたんです。話してみたら、案外気さくで良かったです」
「じゃあ、このことは分かってるよね? その彼に彼女とか交際してる人はいない……でいいの?」
「ええ! まだ女の子のことを交際対象として見てはいないそうです!」
フミが出した答えはいろいろな情報を得ることはできた。しかし、同時に悩みどころも増えている。女の子に興味のない彼にどうやって「交際」への興味を惹き立たせるか、が問題になってくる。
最悪、その意中の彼とやらを記憶喪失にして、洗脳させるという手を使わねば……宇宙人じゃないから無理だけれど。
真剣に考えるとして、交際対象にさせる方法は僕もお茶丸も知りはしない。多くの情報を収集して、頼れそうな人にどんどんアドバイスをいただこう。
そうかそうか。
たくさん人と話すことになるのか。それなら自信を持ってハッキリと言える。
「クラスでは『影のもの』を冠する僕とお茶丸にできることじゃないよ……!?」
でもやるっきゃない。
フミを帰らせた後で僕とお茶丸は、お菓子を食べる。それはもう、饅頭もポテトチップスも全て食べきる勢いで。現実逃避という奴だ。食べるために忘れる。忘れるために食う。造作も礼儀もしっかり忘却して夕飯どころか明日の朝ごはんが食べられなくなる位にまで食べていく。料理を作ってくれる親にしばき倒されようと構わない。現実という荒波から、ジェット機で逃げ切れれば……!
そんな「影」の集まりに窓から直射日光が差し込んだ。眩しい。そんなことを思った瞬間、教室の入口から誰かが飛び込んできた。それはもう「陽」のもので僕達とは真逆の存在だ。
「やっほー! 今日の部活はお二人さんだけ?」
唐突な登場に驚いた僕とお茶丸は喉に煎餅を詰まらせ、何度も胸を叩く。やってきた彼女は状況を飲み込めたようで、すぐさま僕とお茶丸の背中をバンと叩く。背中は痛いが、煎餅を何とか飲み込むことはできたのであった。
「うは……死ぬところだったぁ……暴食なんてするもんじゃないね」
お茶丸の呟きに彼女、
「はぁ……何であんなに? タチハルもお茶丸も失敗に終わった恋を思い出して自暴自棄になってたのかしら?」
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