第3話 作戦開始! だけれども、だけれども?
フミがステップして駆け出して行くのを手を振りながら見送っているお茶丸。彼女はフミが見えなくなっても、まだ手を動かしていた。まるで壊れかけのからくり人形みたいだ。
いや、完全に壊れているかもしれない。彼女の精神の方は。彼女の顔を確かめると、一見ほわぁっとして何も考えていないような、幸せを感じさせる表情をしているが。実際、精神が壊れて思考がストップ状態になっているのだ。
「お茶丸? 気を確かに! 気を確かに!」
直後、彼女は呻き声を上げると机に顔を伏せてしまった。
「あんなことつい勢いで言っちゃったけど……」
「つい勢いでやっちゃったって、何か危険だぞ。ううん、でもこう言った以上、やるしかないよな……」
「でも、人の恋愛がどういうものなんだって、私全く分かってないよ? それでも大丈夫?」
「不安しかねえよ」
ただ何度愚痴を言っても、落ち込んでも、口に出してしまった言葉を取り消すことはできない。今はフミと、その彼氏が付き合うことを目的に全力で努力しなくては。
僕は溜息をついてから、深呼吸もしておいた。気を引き締め、何としてでも計画を成功させようと意気込んだ。
お茶丸はまだくよくよしている。自分から言っておいて、後悔の念に溺れているようだ。
「あっ、そうだ。立春くん! 私と一緒に駆け落ちしよ! 誰もいないおススメスポット知ってるよ! 青木ヶ原の樹海とかなんとか!」
「嫌だ! そんな鬱蒼とした場所に駆け落ちしたくない!」
きっかけはお茶を溢し、あの子のラブレターを台無しにしたことだ。
そこから始まるのは、天然で暴走しやすいお茶ガール「お茶丸」と僕、そして「放課後お茶会部」に所属する能天気な部員達の葛藤劇。果たして、僕達はあの子の想いを意中の人に届けることができるのか。
あくる日に登校してきたお茶丸は平常で、何の異常も感じさせなかった。昼休みには家庭科室で水を電気ポットへと入れ、お湯を沸かす準備をしていたし。僕にお茶菓子の数は足りるか、足りないかとか聞いてくるし。
本当に何の悩みもなさそうに見えていた。昨日の絶望した様子が嘘のようだ。
帰りのホームルームで担任教師であり、「お茶会部」の顧問である女性教師が口にする冗談にもクスッと笑っていた。
「最近、近所で露出魔が出現するらしい。まあ、何だ。人間、欲はどうしようもなんないのかもしれない。やりたきゃ、やってもいいが、先生が後で責任取らされるようなことだけはするな、いいな?」
僕は横の席でニコニコしているお茶丸にそっと声を掛けてみた。
「お茶丸。あの先生が一番責任取らされる方法ないか?」
「ううん……『先生がやれ』って言いましたって警察の人に言えばいいんじゃないのかな?」
「あっ……それなら、先生に罪を擦り付ければいいのか。ってか、あの先生なら勝手にやるんじゃね?」
僕達がこそこそ話していたことに気付いたのか、教師はギロリとこちらを睨んできた。まずい……静かにしないと怒られる。
「おいそこっ! 先生は警察にツテがあるからな。罪を犯しても大目に見てくれるんだ。残念だったな!」
「残念なのは先生だと思いまーす!」
僕はついツッコミをしてしまった。
開いた口が塞がらないとはこのことか。教師として怒る場所が違うと思うし、そもそも知り合いでも大目には見てくれないだろう。よく、こんな発想の持ち主が教師になれたな、と不思議で不思議でたまらない。
そんなことを考えていたら、担任教師の話は終わっていた。礼をして、皆がドタバタと教室を去っていく。
クラスメイトがいなくなった後の教室で僕達の部活動が始まるのだ。他の人達が帰るのを待っている間に僕はお茶丸の耳に口を近づけた。
「ねえ、聞きたいんだけど。あの話は何とかなったの?」
「話って?」
「ほら、フミって子の告白に最高の舞台を作るって約束。まさか忘れてるんじゃないだろ?」
「ああ、そのことだね。覚えてるよ。そんなに急いじゃダメ。焦らないことが大事だよ」
彼女はそう言い残し、教室からすたすたと出て行った。数分も経たない間に彼女は電子ポットと急須を持って、戻ってくる。僕は彼女のやりたいことが分かって、ハッとしながら廊下のロッカーから部員の湯飲みと茶菓子、煎茶の茶葉を取り出した。
それからお茶丸は鞄の中から急須によく似た蓋のない陶器を引っ張って、何処ぞの猫型ロボットの如く「湯冷ましー!」と叫び出した。持ち出してくる勢いが派手だったものだから、その湯冷ましが割れていないか心配になってしまった。手に取って、湯冷ましそのものを回しながら確認する。
「お茶丸……鞄とか振り回してないよね?」
「うん。どうしたの?」
「いや、持ち手と底がちょっと欠けてるぞ」
お茶丸は自分で「焦るな」と言っていたはずなのに。頭に両手を当てた彼女は「ああっ!?」と焦りだした。
「来るときに犬に吠えられて、鞄落としたんだ……その時にやっちゃったんだぁ……!」
またも自分のミスに暴走し始めるお茶丸。彼女は教室を何周もし、他の人達にぶつかった挙句の果てに「ちょっと買ってくる!」と何処かに走り去ってしまった。お茶丸が消えた方向から「ちょっ! 危ない!」「ごめん!」「股の下通らせて!」ととんでもなく騒々しい声と音が飛んでくる。
僕がそちらの方向に目線を集中していたら、僕の机に誰かが湯飲みを置いた。その誰か。肩にまで伸びる髪を掻いている彼女は、担任の風下教諭だ。彼女は机をはさみ、前かがみの姿勢でニヤつく顔を見せつけてきた。
「立春。一杯お願いできるか?」
「いや。その前に今、お茶丸が湯冷ましを買いに行ってますので。待っててください」
僕の言葉に不満を感じたのだろう。彼女のふざけた笑顔が歪み始めていた。
「いや。急須も茶葉も湯飲みもあるんだから、できるだろ?」
「いやいや、できないんです。入れるお茶を不味いものにはしたくありませんし」
「いやいやいや、急須にお湯バーって入れて、茶葉バーって入れて、後、茶をバーって湯飲みに」
全部適当じゃないですか。何ですか。適当なのは、生き方だけじゃなかったんですか。
「いやいやいやいや、そんなお茶を無駄にするようなことはしたくありません」
「いやいやいやいやいや、普通じゃん。ティーパックとかだいたいそうじじゃない?」
「いやいやいやいやいやいや……いや、確かにそうですよね。って、いやいや、この煎茶、ティーパックと同じ入れ方しちゃダメなんですよ! あれはああいう作り方になってるから、いいんであって。湯冷ましを使うからこそ美味しいお茶ができるんです!」
「ええ……湯冷ましって何だ……」
まだまだ風下教諭は納得できていない様子。どうやらお茶の入れ方を一から教えるべきのようで。まあ、なかなか理解してもらえないのは大変だと思うけれど、よくよく考えてみたら……僕も彼女がする英語の授業の理解が遅い方なんだよなぁ。
湯冷ましのことを教授しましょう。
「お茶には適温というものがありまして。湯冷まし、湯飲み、そして急須に……一つ場所を移し替えていくごとに温度が下がっていくんです。その過程で湯冷まし、また湯冷ましの代わりになる熱湯を入れるものが欲しかったんです」
「ふぅん。家庭科室にマグカップの一つや二つあったはずだが」
「湯冷ましじゃないと急須に入れる量が把握できないってことで。後、たぶん彼女が風流人だから」
「そりゃあ、立派な華人ってわけだ」
「ですねー」
気付けば何故か湯冷ましのことからお茶丸の話に変わっていた。風下教諭が彼女の魅力を褒めていて、僕はそれに賛同する。この教師よりも一緒にいる時間が長いと思うから。
そんな風下教諭が彼女のことについて不意に一言。
「で、どうその可愛いこちゃんを攻略するか、考えてると」
「……へっ?」
「アイツのこと、好きなんだろ? 立春?」
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