第4話 渡る世間は恋ばかり!?

 へっ!? ぼ、僕がお茶丸のことを好いている……!?

 掛け合いは僕が気付かない間に恋愛の話題へとすり替えられていた。

 意味が分からなくて、体が固まった。

 僕はまだ彼女を恋愛の関係として見ていないのだ。そ、そんなのは風下教諭の勝手な妄想だ。机から身を乗り出し、手を何度も横に振って恋愛説を否定した。


「ち、違います!」

「そうかぁ? だって聞いたところによると、二人とも高校が初めての出会いってわけじゃないんだろ?」

「ええ。確かにボランティア活動やお茶の講義で一緒になったのが初めてなんで。って言っても、一緒にいるから好きになるってのは、違うと思いますよ? だったら、皆、幼馴染ヒロインと結ばれてますよ」

「そうか。互いのこともよく知ってるし、お似合いのコンビだと思っていたんだがな」


 確かにそこは風下教諭の言う通り。部活内ではお似合いのコンビなのかもしれない。ただ、それ以下でもそれ以上の関係でもない。部員同士、そこに恋愛の話題を持ち込むなど適温で美味しくなったお茶に熱湯を注ぐような愚行である。

 簡潔に言えば、滅茶苦茶不味い。

 そんなふざけた会話が何分か続いた後、お茶丸が戻ってきた。


「おーい! 立春くん!」


 彼女の声がしたので、廊下に行ってみると大きな紙袋を持ってこちらに駆け込んできた。そこで彼女は見えないものにつまづいたようで。袋と共に宙に浮く。しかも袋はお茶丸の手から離れていく。危ないと思って飛び出した僕は彼女の体を正面から受け止めた。ただ買ってきたものが床に激突して……。僕は目を閉じて、悲惨な状況を見ないようにしていたのだけれど。ガシャーンなんて音はしなかった。恐る恐る目を開けると、風下教諭が「無事だ」と紙袋を抱えていた。


 僕とお茶丸は遅れて、割れていたらどうなっていたかを想像してしまい、ゾクッとする。


「よ、良かったな。お茶丸……」

「う、うん……だね!」


 袋が無事なことを確認し、へなへなと腰を下ろしていた。そんな様子を風下教諭がニヤニヤ見てくるなぁと思っていたら、自分達のしていることに気付かされた。

 今、僕がお茶丸を支えている様を他の人が見たら、どれだけ親密な仲に思われただろうか。

 風下教諭がちゃんと教えてくれた。


「ううん、やっぱり、この学校にこれ以上のラブラブカップルっているのかって感じだな」


 そう言われて彼女の肌に纏わる冷たさを改めて意識してしまった。お茶丸の顔が赤くに染まりきる前に、僕はその発言に素早くお茶丸から離れ、教室に飛び込んだ。

 落ち着こうという提案でお茶を入れようとする。手始めの準備として、買ってきた湯冷ましを机に置かせ、電子ポットから熱湯を注ぐ。それはもうどんどん注がれていく。僕の左手に。


「あっちゃあああああ! あちっ!? あちちちちちっ!?」


 あまりのこととは言え、はしたない声を出してしまった。適当なタオルを持っていた風下教諭が机を拭き、僕の手を確かめる。大した火傷にはなっていないようで。冷やすものはないかと探していたら、どうやらお茶丸が湯冷ましと一緒にコンビニでアイスを買ってきたようで。紙袋の中から、チューチュー吸う形のアイスを取り出して、僕の手に持つよう言っていた。

 僕がアイスを手に持っていると、「じゃあ、私がお茶を入れるね」と電子ポットのお湯を湯冷ましに注いでいた。それから、湯冷ましに入れたお湯を三人の湯飲みへと均等に流し込む。

 次にお茶丸は茶葉の入っている缶を開け、鞄から木の匙を取り出した。お茶を一杯すくうとだいたい二グラム取れる。一人分で二グラム必要だから、三杯急須の中に茶葉を入れるだけ。簡単な計算だ。

 その後にお茶丸が湯飲みを温めていたお湯を急須へと。後は一分、お湯に茶葉の味や香りが染みこむのを待つだけだ。

 気を緩めた僕が彼女と目が合った。


「あっ、みんな座ってよ。イスはその辺にあるんだから」

「ああ……そうだったね」


 単調な会話しかできなくなってしまう。また茶化されると思うと、何を話していいのか分からなくなる。ついつい眼を逸らしてしまう。諸悪の根源である風下は何処からかイスを引きずって、「よっこらしょ」と腰を下ろしている。

 本当はこの一分間、お茶丸と話すのが普通なのだが。今日は話すことより、風下教諭を睨み付けることを優先してしまった。それでも何とかお茶丸と話すことができた。


「ねえ、お茶丸。結局、何をするか思い付いたの?」

「ああ……告白に正しい最高の舞台を作るということね」


 風下教諭はこちらの喋っている意味が分からないだろう。だが、いい。遠慮なく置いていく。後で気が向いたら、説明しておくとして。

 今はフミのラブレターについてお茶丸と話さなければならない。「落ち着いて」と何度言われようと、時間は限りがあるのだ。フミが意中とする相手に違う彼女ができてしまったら、計画は大失敗。もたもたしてたら「二人がもっと早く告白させてくれれば!」と一生恨まれかねない。


「でも、何をするべきか……何だけど。あっ、そうか! もっと彼のことを調べないと!」


 何をするべきかは風下教諭の顔を見て、ピンと来た。彼女はさっき、一緒にいるから好きだとかどうとか言っていた。逆にフミが考えている意中の相手と毎度一緒にいる幼馴染がいたり、想いを抱く相手がいたりしたら。フミはフラれること間違いなし。


「探偵みたいに調査するのが勝利の近道だよね!」

「誰と戦ってるかはしらないけど、たぶんお茶丸の言う通り!」


 やる気になっている僕とお茶丸。この熱意は誰にも止めさせない。そう思うも束の間、僕の手から溶けかけたアイスを奪って食べながら、僕とお茶丸に問い掛けてきた。


「ねえ、一分ってもうとっくに経ってるけどいいの?」

「あ……」


 お茶丸ってついつい話してて、時間を忘れる傾向がある。カップラーメンとかもストップウォッチがないと十分位経ってから気付くこともあるそうで。毎回伸びたラーメンしか食べれないんだと嘆いていた。知らんがな。


「ううん……」


 話をお茶の方に戻し、急須を手に取るお茶丸。彼女は何度失敗しても最後まで丁寧にやりきろうという気持ちがあったようだ。

 湯飲みへ一つ一つ注いでいく。と言っても、回し注ぎで。僕、お茶丸、風下教諭、風下教諭、お茶丸、僕の順番で真緑色の水が流れていく。そこにまたも教諭が疑問を入れてきた。


「ん? 何で一杯にばしゃばしゃ入れてきゃいいじゃん。どうしてそんな面倒なのを?」


 お茶丸はお茶を入れるのに集中しているだろうからと僕が真っ先に返答した。


「こう回し注ぎすることでお茶の濃さが均等になるんです。急須の中でも特に茶葉の味が濃い場所と違う場所がありますから」


 僕が説明している頃には、最後の一滴が湯飲みの中へと落ちていた。お茶丸はお淑やかに僕と教諭へお茶を差し出した。


「どうぞ。お飲みください」


 また僕と彼女の目が合って。今度は互いに苦笑い。白い頬が紅潮するのはとてもキュートなのだが、それを口には出せなかった。照れくさいと言うべきか。

 なんて自分達の恋愛を考えている場合ではない。渋いお茶を味わいながら、お茶丸とこれからやるべきことを確認しなくては。


「ええと、で。お茶丸。結局、どう調べる……? 探偵と言っても……色々あるし」

「ま、まあ……そ、それが問題よね。直接、本人から聞くって言っても、知らない人に教えてくれるか分からないし。こっそり後をつけるのは苦手だし」


 美味しいものを食べつつ、会議をすればいい結果を生み出せると聞いたことがある。逆もまた然りだ。落ち着いて話すために入れたお茶が温くて、あまり美味しくなくて会話までもがぎこちなくなってしまう。本末転倒でしかない。

 なかなか話が進まず、うんうん唸っている僕とお茶丸の横を通り過ぎていく風下教諭。彼女はまたもや僕達に頓珍漢な言葉を放ってくる。


「なあ、一つ確かめたいんだが。愛してるんだろ?」


 僕は今回も盛大に口からお茶を吹く。原因の風下教諭は「おっと危ない!」と言いながら、身をかわしたのであった。

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