第2話 ラブレター・使い物にならなくなっちゃたよ事件(前編……と言えど、後編はありません)
人が丹精込めて書き上げたラブレターは紙の残骸になり果てていた。真正面で慌てふためいているお茶丸につられ、僕の中でも不安が湧き上がっていた。ラブレターにお茶を溢したのは間違いなくお茶丸だが、彼女だけを責めるわけにもいかない。僕がラブレターのことにコメントをしなければ、彼女が反応してラブレターを仕舞おうとすることもなかったであろう。
例え僕の言葉に関係なく、ことが起きたとしても。同じ部活で一年以上やってきた彼女を見捨てることなどしたくなかった。
僕も彼女と同じ気持ちになって考えてみる。こんな時、どうするべきか。一つ目の方法としては、同じ便せんを買ってきて書き換えることだが。そう順調にいくだろうか?
「お茶丸。手紙の内容は分かってるのか?」
「いや、中身を覗くのは失礼かなぁと思ってみてないんだよ。別に見ないでって言われたわけじゃないんだけど……」
それは残念。
今はくしゃくしゃになっていて到底中身なんて確かめられないだろう。お茶丸がぎこちない手つきで便せんを開けていたが、予想通り中身は文字がにじんで読めなくなっていた。ついでに中に入ってる紙のシールは破れ、再生は不可能のようで。
打つ手がなくなったと思ったであろうお茶丸は石のように動かなくなった。
「ま、待て。まだ終わってない! どうにかする方法はまだある! ここで絶望する必要はないだろ! ええと……代用のラブレターを渡すか、フラれたって言うか……」
僕のだんだん頼りなくなっていく言葉に動き始めたお茶丸はぶんぶんと首を横に振る。
「後でラブレターに書いてあることについてフミちゃんと彼の話が噛み合わないと、変に思われちゃうよ! そしたら何を言われるか」
首を振っているうちに彼女は笑い顔になっていく。嫌な予感しかしない。追い詰められたお茶丸は……悪魔のように暴走する。
「ちょっ、落ち着けって言ってるだろ?」
「そうだ。どうせなら、事故じゃなく事件にしようよ。盗まれたラブレターが殴られた被害者のそばに落ちてる。これで何が起きたか分からず、迷宮入りに!」
「何でことを大きくするんだ! バレた時最悪じゃねえか! 罪をこれ以上重ねるなよな!」
判断と思考がおかしくなるお茶丸は、狂った発言を連発する。それを対応する僕の頭が痛くなってきた。
「じゃあ、立春くん! 婚姻届を持ってきて、私と結婚してください! そして妊娠しましょう。さすれば、この学校にはもういられないし、しっかりとした形で退学できるから!」
「滅茶苦茶なこと言うな! その場の思い付きで人生を棒に振る気か! しかも、その棒で僕まで叩くな巻き込むなー!」
ツッコミを入れられたお茶丸は教室内を忙しなく歩き回って、おかしなことばかり口にする。これぞ、爆弾発言製造機といったところか。いや、僕にとっては爆弾製造機とあまり変わりがないような……。
「じゃあ、今流行してる百合百合展開で行こう! ガールズラブで、フミちゃん、私は君のことが好きでした! だからラブレターを破って邪魔しました。これ良くない!? 流行の先取りができるよ!」
「あっ……流行に乗れるってのはいいな! ってそんな先取りし過ぎだ! 好きな人でもないのに付き合うとか、付き合わないとかそんなこと
考えるなよ」
「だってだって、それ以外に何か方法があるの!?」と悩み、叫ぶお茶丸。僕も今はどうするべきか、真剣に考えているのだ。これがアニメや漫画だったら、背景にぎっしり「どうしよう」の文字が浮かんでいることだろう。
最中、教室の外からパタパタと誰かが走る音が聞こえてきた。まだこの部活に来ていない部員の誰かが踏み入れようとしているのか、と考えていたのだが。
そう良い展開にはなってくれなかった。
「どうですか? ラブレター、渡せましたか?」
小柄なツインテール。僕の斜め前の席に座っているクラスメイトであるフミって子だ。彼女は一回チラッとこちらを見てから、すぐお茶丸の方に向きなおる。
ぎくり。喉の奥からそんな言葉が出てしまった。お茶丸なんかは手に口を当てて「あらあらあらあら」と「あら」の単語を何回も連発している。彼女はお茶に濡れたラブレターを素早くポケットの中に隠し、フミの前に立つ。
「あっ、あっ、あっ、あのねっ、そのねっ!?」
これを否定したら、彼女が「そうでしたか」と言うだけでは終わらないに決まってる。「ラブレター、お茶の中に沈んじゃったんだよね」なんて発言した日には、ポリタンクを持ってきて教室に灯油をばらまきかねないんだよなぁ。
「お二人には炎の中に沈んでもらいますね」とか言いそうで怖い。
さっきからもう恐ろしい想像しかできない。そんな恐怖に耐えきれなくなったお茶丸がついに、壊れた。開いたその口から飛び出すのは、本音なのか、咄嗟に見繕った言葉なのかは分からない。
「フミちゃん? あれがラブレターなの? あの内容でラブレターって言うつもりなの? あれはおかしいわよ……! あれは絶対に絶対にぜぇっーたいにおかしい!」
突如、大声を出すお茶丸に僕やフミも驚き眼を点にした。
「へっ? あたしのラブレターがおかしいんですか……?」
お茶丸は勢いを落とさず、フミに言葉を叩きつけた。
「おかしいもおかしい! あれじゃあ、『あたしをフッてくださいお願いします。靴でも何でも舐めますからどうかお願いします』って言ってるようなもんだよ! 恋愛相談部の私から見て、あれは完全にダメダメのダメよ!」
内容も見ていないラブレターのことで罵倒を始めるお茶丸。童顔の子が話すような内容には到底思えない。眉を上下に動かし、苦笑いした僕は小声で彼女にツッコミを入れさせてもらった。
「えっ……お茶丸? 何で恋愛相談部になってんの?」
「もう、そこんところは気にしないで」
「それにさっき人の恋愛に踏み込むと怖いとか……言ってなかった? お茶丸」
「言ったね。それがどうかしたの?」
「あ……いや……もういーよ」
完全にお茶丸はノリと勢いで滅茶苦茶なことを言い放っている。これを止められず、ラブレターが破れたことを黙っていた僕にも責任があるのだろうか。
「で、フミちゃん! もっと告白に見合った最高の舞台を私達が作るから、ラブレターのことは忘れなさい!」
お茶丸は、もうそれは偉そうな態度でフミを見下ろしている。つま先立ちになって、完全に彼女の行動を支配しようとしているのでは、と思えてしまった。
そんなお茶丸の機転がフミの心を動かしたのか。それとも単に勢いに飲み込まれたのかは分からない。ただ、フミはにこやかな笑顔でお茶丸の言葉を了承していた。
「はい! 御指南よろしくお願いします! し、
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