第12話 緊張しすぎた少女の末路

 インチキか……。不意に自分の口から大きな息が飛び出ていた。


「はぁ……」

「って、何でやれって言ってんのか分かってる? あれ。インチキでフミとキサラギくんの番号を示し合わせようって話でしょ? うまいんでしょ? このイカサマ師」


 最後の単語を吐く時だけ新美の声質が重くなった。昨日のことをまだ根を持っているらしい……。まあ、いい。



 王様ゲームのインチキ。まあ、王様誰だと取る時に割りばしを取るとして。割りばしの見えるところにちょこんとひっかき傷をつけてやれば良い。問題はいっせいので取る時に生じる問題だ。僕、お茶丸、新美が目印のついた割りばし取る前にフミとキサラギくんのどちらかが「これもーらい」って持っていったらイカサマもタコ様もない。気絶させて取り返すなんて野蛮なことはしたくないし、割りばしを取るのにも順番決めをさせてもらおう。

 よもや、イカサマの上にイカサマがあって成り立っているとはイカサマをされる相手も気付きはしないだろう。じゃんけんで最初のグーに対抗するようなパーを出すのはバレバレで、あまりやりたくはない。もっと「影のもの」という誇りをもって。こそこそズルをしよう。


「今のうちに制裁しておいた方が世のため、彼のためになると思うような……お茶丸、ここでタチハルをぶちのめしてもいいかな?」

「立春くんがどれだけニヤニヤしてようと、グヘグヘしてようと、殴っちゃダメだよ。そんなもの殴っても、幸せにはなれないよ!」


 新美とお茶丸が物騒な話をし始めたが。いや、そもそもグヘグヘしてるってどういうことだ。自分に全く覚えのないことで滅茶苦茶言われているのだ。どういうことだろう? 疑問に混乱する僕にお茶丸が言った。


「立春くん。絶対よそで悪いこと考えちゃダメだよ? 悪だくみする時の顔が何か、ホント世にも珍妙な物語って感じなのかな……うん、その顔で何か商売とかやっちゃダメだよ。お客さん、全員逃げるだけなら、いいけど通報されちゃうと困るから……」

「へっ?」


 今の僕、そんなに顔が変だったのか……。


 そして合コン計画、実行直前。学校が終わった時のことだった。新美は空手部、フミも他の部活へと走っていく。キサラギくんもたぶん、部活をしているのだろう。終わったら教室に戻るよう、伝えてある。そこに問題は存在していない。

 ただ、お茶丸が非常に緊張している。お茶もペットボトルを何度も何度も振って、振って泡立てている。ついでに僕が喉が渇いたからと買ってきたソーダも自分のお茶と間違えて、元気にシェイクしている。

 止めようと思ったが、すでに遅い。僕が彼女からソーダを奪おうとして、ペットボトルの蓋が僕の手に引っ掛かった。後ろに飛ばされた勢いで蓋が外れ、僕の元にに炭酸が噴き出した。

 あわわわわわ……! 泡だけに……。

 お茶丸はわけも分からず、僕にひたすら謝り続けている。


「ごめんごめんごめん! ごめんなさい! 本当に本当にごめんなさい! ごめんなさい! ごめんなさい! 何でもしますから許してください! ごめんなさい!」

「気軽に何でもします言うなよ……新美に聞かれたら、何を命令されるか分かんねえぞ!」

「……あっ、そうだった。危険危険……とにかく、ごめんね」


 彼女は素早くハンカチと雑巾を持ってきた。そしてハンカチで床を掃除し、雑巾で僕の顔を拭っている。「逆だ逆」と言いたかったが、彼女は間違いを指摘されると暴走する悪癖を持っている。何をすれば良いのか分からなくなって「あわわわわわわわわわわ!」と叫び、手元にあるソーダを一気飲みしかねない。暴走時に見せる彼女の行動理念は全く分からない。

 とにかく、これは緊張しているのだ。彼女の緊張を止めるためにアドバイスをしてみたのだが。


「お茶丸。手に人を書いて飲み込むというのと深呼吸ってのがあるぞ」

「手に人ね。深呼吸ね。ええと、すーはー、うぶっ!?」


 彼女は大きく口を開けて、手にかぶりついている。


「あっ、手に人書くのと、深呼吸を一気にやる必要はないぞ……! ってか、手ごと吸ってどうするんだよ……」

「うぐ……緊張が止まらないよー」


 ダメだ。これは時間が解決するのを待つしかない。後、そうだ。


「最悪寝ろ」


 お茶丸にとって睡眠をとることが一番の安定装置かもしれない。彼女は机に突っ伏して、羊の数を数え始める。


「羊が一匹、羊が二匹、羊が三匹、羊が四匹、羊があっ、狼に襲われてる……!」


 緊張する気持ちはよく分かる。腹がギシギシして、辛い気持ちが心の臓から昇ってくる感覚、分かるのだ。かく言う僕も今の今まで緊張して震えていた。お茶丸が緊張しているおかげで少しは軽くなったんだけどね。

 ごめん。緊張で眠れないお茶丸。時計型麻酔銃とか、睡眠薬とかあれば、もっと簡単に眠らされたんだよね……。

 おやすみなさい。



 気付けば、僕も疲れて寝ていたみたいだ。パッと起きたら、新美とフミ、キサラギくんの三人が陰る教室の中で立っていた。フミは照れているのか、ちらちらとキサラギくんの方を向きながらも、新美の後ろに身を隠す。もっと自分を押し出しても、誰も文句は言わないのだがなぁ。


「おはよ。新美」

「アンタ達、本当にぐっすりしてたわね。本当にき」

「ああ……その緊張してたから」

「緊張感がないって言おうとしてたんだけど……まぁ、いいわ」

「うん。それにしても、フミどうしたの?」


 新美によれば、好きな人の顔を素直に直視できない状態らしい。その人が視界に入ってきて、笑顔なんてされてた時にはもうときめいて。酷い場合は動けなくなることもざらにあるらしい。

 恋ということにあまり関わりのない人間には、全く分からない感情だ。

 僕が「ふぅん」と納得したような顔を見せた後、新美はお茶丸の方へ行き、彼女を揺さぶり起こしていた。

 さて。作戦の始まりだ。この合コン計画の成功で僕とお茶丸の命運が決まると言っても、間違いはない。成功すれば、僕とお茶丸はラブレター破損の件を責められずに済む。



「ってことで、まずは乾杯! たくさん食べましょ! 食べましょ!」


 お席で注文系の焼肉食べ放題へ来た僕達。五人。音頭を取るのは新美。それにお茶丸が続く。緊張が吹っ切れたのか、それとも頭が「もうこれ以上緊張していられないから、暴走したままでいよう」と判断したのか。


「かんぱい!」


 つられて、僕達三人もそれぞれ飲み物を掲げていた。僕とキサラギくんも声を上げ、フミは新美の横でもじもじしている。ちなみに僕の隣にキサラギくんがいて、正面にお茶丸、新美、フミがいるという構成だ。

 新美はすでに場を盛り上げようと、肉を注文している。彼女曰く美味しいものを食べれば、話も盛り上がるだそうだ。まあ、話を繋げるとしたら肉が来る前だろうか。暇を持て余したらしきキサラギくんがお茶丸にこんな質問をぶつけていた。


「まず、聞かせてもらいたいんだけどさ。君とタチハルくんはこんな形で部活動をやってるの? こういう会を開いたりして」

「まあ、そうだね。何もない時はこんなパーッってことはせず、教室でお茶を飲んでるんだけどね……」

「ということは、お茶が人より詳しいってことか」


 お茶丸の方からぎくりぎくりと変な声が聞こえてきた。ぎくりって口に出して言うものではないと思うのだが……。

 混乱しているお茶丸に質問はご法度だ。と言うか、そもそもお茶に対する知識が少ない。お茶の知識を求められるような発言をされても、話を繋げれられないに決まってる。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る