第10話 陰キャ絶対最強論
次の日。
「うう……」
昼休みになってしまった。隣のクラスへ行くだけなのに、とても気が重い。足も動かない。このまま弁当を開けて、先に昼飯へありついて。
「あっ、昼飯食べてたら昼休み終わっちゃったんだよな。キサラギくんに話聞きに行けなくて残念だな。あはははは」と笑って誤魔化すべきか。いや、僕の背後で両目を光らせていた新美からは逃げられない。
「タチハル? 大事なことは早くやりなさい。今なら、まだキサラギくんいるから」
「分かった分かった分かったから!」
僕が首を縦に振ると、新美はお茶丸にも念を押す。
「同じくお茶丸も最下位ってことを忘れてないわよね。二人で協力して、ちゃぁんと好みのタイプ聞き出してくるのよ! 分かったら、さっさと、行きなさーい!」
僕達を投げ飛ばしそうな勢いで新美が喋るものだから、僕もお茶丸も慌てて教室を飛び出した。これ以上は本当に体が動かない。スクールカースト制度の低い立場にいる人間は明るい人間自体が怖いのだ。新美もそうだが、明るい人間は暗い人間を養分にしている気がした。暗い人間の力を奪い取り、クラスの頂点に立っている。
お茶丸も同じことを恐れていた。
「大きな樹、華って、周りの小さな草花を枯らせて、大きく育つんでしょ!? 草花と同じ。大きくなければ、私達は大きく明るい人達に取って食われちゃうんだぁ……!」
「た、確かに……」
「クラスでちまちま小さくなっている私達には最初からキサラギくんに聞きに行く罰ゲームなんて、できない話なんだよ!」
腕をぶんぶん回し、まるで子供のように取り乱すお茶丸。彼女を落ち着かせる方法はないかと頭の中を何度も動かした。考えながら僕の首をぶるんぶるん回転させてしまい、これじゃあ廊下で変態だと指摘されても言い逃れできないが……。
今はそんなことを考えてる場合ではない。
お茶丸を安心させないと、聞き込みも成功しないと断言しよう。
僕達「影のもの」が明るい人間よりも勝るところを見つけ出そうと、思考を回転させる。何度も考え、苦難の先に答えを見つけ出した。興奮した僕は鼻息を出し、声を荒げていた。
「お茶丸! 前を向け! 日陰にいる人間こそ、最強だ。お茶を思い出せ! お茶で一番強いのは誰だ?」
「誰って……えっ、強いの?」
「そう。強いのは誰?」
「ば、番茶? 一番熱いし」
「ノー!」
「ええ……? ヒント! ヒント! ヒントちょうだい!」
「値段的に考えろ!」
「あっ、玉露!? 立春くんが言いたいのって玉露のこと!?」
「大正解!」
僕の脳内でピンポーンも音が鳴り響く。玉露はお茶の中でも高級な一品だ。お茶の中で最強と言っても過言ではない。
「で、何でその玉露が私達と関係してるの? 飲むのはやっぱ、上級国民の人達じゃないの? 日陰者には関係ないよね?」
お茶丸の言葉にふふふと我慢していた笑いが口から漏れていた。
「違う違う。考えてみろよ。玉露の茶畑は玉露のうまみと敵対する紫外線を防ぐため、ワラとか被らせて、暗くしてるんだよ。日陰で育てられたからこそ、彼等は高級になれるってことじゃないのか?」
「……高級……日陰……」
「その時のお茶は育ち盛り、そして、僕達も育ち盛り! 育ち盛りの時は日陰の方が強いってことなんじゃないかな。もっとこう、日陰者であることに自信を持った方がいいと思うんだけど」
「そ、そうだよね! そうなんだよね! 私達は玉露になって、今の目立っている人達よりも美味しい存在になるんだよね!」
「そういうことっ!」
「ただ……摘むのを忘れられないといいけど」
お茶丸。突然のネガティブ発言はやめてくれ。何で人が懸命に上げてるところをずどーんと落としていくな。気分がしょんぼりしてしまうではないか。
息を大きく吸い込んで、ポジティブ思考に戻す。戻そうとすれば、簡単に明るくなれた。
「まっ、死なない程度に頑張ろ」
「ヴァンパイアみたいに灰と化そうになったら……逃げようね。ホームセンターの棺の中に」
「ほとんどのホームセンターに棺売ってねえから!」
後、ツッコミをしていると調子が元通り。嫌な体質だ。
さて、うだうだ言ってないで、隣のクラスへ直行だ。お茶丸を見て走ろうとした僕に誰かとぶつかった。
「あっ、ごめん」
「いや、こっちこそ、すまん……あっ」
事前にキサラギくんの写真を新美に見せられていた。だからこの眼鏡の彼がキサラギくんだと言うことは一瞬にして分かったこと。自分の目的のために物が思い通り進むご都合主義というものが最近のラノベで流行っていますが。その相手と廊下でぶつかって会えることになるとは、非常に困ったご都合主義である。
決心はしたのだけれど、もっと隣のクラスへ突入する前に心の準備をしておきたかったのだ。その、深呼吸を五十回位。
「あっ……えっと、キサラギくんだよね?」
お茶丸が少々目を泳がせているものの、キサラギくんに声を掛けていた。彼は突然、お茶丸に呼ばれたことに驚いたのか、「へっ?」と首を傾げていた。
「どうしたんだ? 何か用でも?」
「はい……ちょっと……聞きたいことがありまして、その不感症と言うのは本当ですか?」
「はっ?」
お茶丸!?
「お茶丸!? ちょっと落ち着いて!」
ダメだ。お茶丸は内心、とんでもなく焦っていてとんでもないことを言い始めている。このままでは取り返しのつかない誤解を生みだしそうだから、お茶丸をストップさせた。
すると、口を横に開くお茶丸は僕の両腕を強く掴んでいた。
「えっ、だって……違うの? 男の子が女の子に恋心を抱かないということは……」
「不感症じゃない! どんな思い込みだよ!」
「えっ? そうなの……新美ちゃんが……」
「とにかく落ち着くまで喋るな……後、新美の適当発言を真に受けるな!」
お茶丸の奇妙な発言を聞いたキサラギくんは心底、混乱しているに違いない。跳ねた二本の前髪を擦りながら、お茶丸の言葉を理解しようとしている。その前に説明をしないと!
「いや。違う。……ええと、君のことをちょっと尋ねてほしいって言ってきた少女がいたんだよ。憧れでもいいんだ。君はどういう女性と仲良くなりたいかなって言うのを聞きたいんだけど」
「初対面の人へ唐突に、随分と珍妙なことを聞いてくるな」
「ごめんなさい。反省してます」
僕は一回お辞儀をしてから、新美がキサラギくんを紹介したことを伝えていた。当然なのかは分からないが、キサラギくんはその事実を知らないようで。僕の話を聞いた彼は指で眼鏡を大きく揺らし、唸っていた。それから「そういや、最近おかしな視線が……そういうことだったのか」と何かを納得していた。……ヤバいところまで来てる気がする。
彼は何度か唾を飲み込んで、何かを躊躇うような仕草を見せてから……僕達の質問に応じてくれた。
「好きなタイプか……」
「うん……」
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