第9話 不意打ち当然! 神々の戦

 早速、運ばれてきたお茶が何のお茶なのかを当ててみせよう。


 スッキリした黄緑。まるで宝石のように輝いて。味はとってもまろやかで。これは茎茶か、煎茶かな。だけれど、分からない。どちらのお茶なのか。いや、一気に黄緑色と考えたが、黄緑でも明るい方。そう山吹の色と言ってもおかしくない。これは煎茶、だ。

 僕は「一杯目は煎茶」と書いていく。

 僕達がお茶を確かめている間に少し黄色が強めなお茶が運ばれてきた。米を連想させる独特な香りはすぐにピンと来た。玄米茶、だ。「二杯目は玄米茶」。新美も「これは簡単ね」とでも断言するかのように鼻を鳴らしている。

 ここまでは順調だ、と玄米茶を味わっていく。風下教諭も僕が提示した通りに美味いお茶を入れるではないか。心配は全くの無用で。

 三杯目は渋いお茶々が運ばれてきて。お茶は深い緑に染まっている。これもまた簡単。深蒸しにされたお茶は渋みが出て、味わいもまた濃くなっていく。


「これでワタシの勝ちは確実ね」


 まだ結果も出ていないのに、都合の良い未来を想定して勝ち誇る新美。負けた顔を見てみたいと考えれば、やる気が増幅する。僕の五感もパワーアップする。カビが生えているだろう僕の脳細胞が光り、頭脳さえもが冴え渡る。

 四杯目は考えるまでもなかった。僕の脳内に一つの大ヒントが出てきてしまった。これには名探偵の金田一もびっくりだろう。

 番茶だ。

 ピンと来てしまった僕が出す最終回答。もう味合わなくても分かってしまう。五杯目は茎茶だ。

 もろたで新美。この勝負勝たせてもらう!

 僕の覚悟が決まった顔に新美もようやく焦り始めたようで。額からじりじりと汗が流れていた。


「タチハル、アンタ。ワタシに勝とうって百年早いのよ!」

「僕より百歳年上ってこと?」

「……いい加減にしなさいよ」


 お互いがお互いを睨み合う。これは日常茶飯事。勝ち負けの問題になると、毎度毎度僕と新美はこうやってできる限りの敵意をぶつけ合うのだ。それで相手がミスすれば、こっちの勝ちだから。


「もーう! 喧嘩はやめようよ!」


 熱くなりすぎた僕と新美に仲裁を入れたのが、お茶丸だった。そうだな。ここで威圧するよりも結果を見せつけた方が良い。

 キッチンの方から風下教諭が「じゃあ、結果発表するぞー!」と声を上げた。キッチンの方を見つめ、「合っていてくれよ!」と祈っておく。


「一つ目は煎茶」


 ひゃっほう! 合ってる。


「二つ目は玄米茶だ」


 よし! これも楽勝だ。


「三つめは深蒸し」


 ここまで合ってるとなると、もう心が軽い。間違っていないか心配して、ドキドキするまでもなかった。このゲームは僕にとって簡単すぎたのだろう。他の勝負をした方が余程、楽しめたかもしれない。


「……ここが勝負どころ」


 新美が呟いた後に風下教諭は四杯目の答えを告げた。


「次は番茶だ」


 やはり、そうか。


「な、何よ……! ま、間違えたっ! な、何て言うことなの! 五杯目が番茶だったと……うう……」


 やはり、人の負ける姿を見るのは快感だ。

 新美の独り言が騒がしいが、僕はこんなことでイライラすることはない。今の僕は寛容なのだ。四つの問題がもう決まってるのだから、後は決まっている。茎茶。あの味わいは柔らかくて、美味しかった。間違いはないだろう。

 全問正解で勝ったかな。そう思って、喜んだ瞬間のこと。キッチンから高笑いが聞こえてきたかと思うと、風下教諭が僕の前に現れた。彼女は僕にスマートフォンと未開封の茎茶パックを渡してくる。


「ひっかけにご注意を」

「ううん!? あれ!?」


 つまり、茎茶は使われてないだと……!?


「使った番茶でもう一度、味が出るかなと思ってやったんだ。だから、五つ目も番茶だぞ?」


 嘘!? 嘘だと言ってくれっ!?

 隣で僕のメモ用紙を覗き込んだ新美が「やった。何とか、これでタチハルと同点。まだ負けたってことがないわよね!」と狂喜乱舞する。どたどたバタバタ飛び跳ねる。鬱陶しいなぁ、もう!

 風下教諭はそんな僕の落胆に遠慮なく笑っている。これはもう怒りを通り越して、絶望だ。全問正解の快挙を得ようとしていたのに。山の頂上で背中を押され、中腹まで落とされた気分だ。


「で、どうするんだ? 同順位の場合って。あっ……けど、今回は最下位の人だけに罰ゲームがあるようだから」

「いえ。一位の同点はダメ。ちゃんと順位をつけましょ?」


 風下教諭がそう言ってる中、新美が遮った。確かに彼女、僕と引き分けという結果が気に入らない。何としてでも一位で終わらせたいみたいだ。その姿勢を見た風下教諭が小さな声で一言。


「もう一度、お茶を入れるっつうのはなしな。手が痛いし、面倒だ。後、時間。さっさと順位決めて帰らせろ」


 ああ、どうやら利き茶勝負はもうさせてくれないらしい。新美は風下教諭がいなくてもできる利き茶の勝負を考えてるらしいけれど、無駄だ。


「じゃあ、お茶丸に頼むと……いや、そうすると、タチハル贔屓になっちゃうかもなぁ。やっぱ、せんせーい! お願いしまーす!」


 やはり、無理矢理風下教諭に頼むしかないと思った。そう思っていた。


「無理だ。そこの立春が色々要求してくれたもんでな」


 風下教諭は手を横に振って、新美の頼みを断った。それにどうやら僕の名前が使われている。


「要求ですか?」

「ああ。スマートフォンのメモで煎茶とか玄米茶の入れ方とかをな。他には美味しく飲むために番茶は他の奴より少し温度を上げて、入れてくれ……とか。大変だったぞ、タチハル」


 ……何を言ってるのかなぁ? 風下教諭?

 さぁて、帰る準備を始めようか。僕は自分のペンを仕舞い、忍び足で廊下に移動する。しかし、僕の肩は新美が掴んでいた。


「タチハル? まさか、自分だけ番茶がどれか分かるようにインチキしてたってわけじゃないでしょうね?」

「アハハ……真剣勝負にそんなことするわけ……非常にすいませんでした!」

「許すかっ!」


 怒りのパーを顔に喰らった僕はすぐさま失格、最下位扱いとなった。ほんの気の迷いだったんだ。スマートフォンに熱い方が番茶は美味しいと注意書きしたのを、利き茶の途中で思い出してしまった。それで使えるかな……と思って、ついつい。

 ヒリヒリする頬を手で冷やしながら、その場で正座。僕の前には「ずるいのは良くないよぉ」と言うお茶丸がいた。ごもっともでございます。首を垂れ、全力で許しを乞うていた。

 って、そうだ。新美との一騎打ちみたいになって、お茶丸のことをすっかり忘れていた。彼女は一位になれたのだろうか。緑茶専門と言っていたはずだ。

 僕が彼女を見つめても「えへへ」としか反応しない。僕が聞こうとしたところで新美がお茶丸に結果を問うていた。


「あっ、お茶丸。どうなの? まさか、五問とも正解してるってことはないわよね……?」

「い、いや……」


 そういや、お茶丸。やけに主張が少なくなかったか。もう少し「ふふふ、私の考えが当たってたね」と喜んだり、「あっちゃあ。ここは違うお茶か」と残念がったりしてもいいのに。


「お茶丸……? どうしたんだ?」


 僕が口を開くと、共に彼女も喋り始めた。それはもういっそ清々しい位に満面な笑みを見せながら。


「お茶があんまりにも美味しくてさ。答え、書くの忘れてたんだよね。で、さっさと先生が答えを言っちゃうから、書いてないよって言いそびれちゃってさ」

「えっ? えっと?」

「答えがもう出ちゃったけど、今、解答してもいいかな? かなかなかなぁ?」


 お茶丸。

 彼女も失格扱いとなった。彼女のかすれた声が部屋中に響き、空気だけでなく僕の心までも揺らしていた。

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