第29話 迷いが消えていく

 日曜日の真昼間、病室の中に差し込む陽の光が暖かい。そろそろこの暖かさも終わり、暑い季節が来ると考えるとも気も萎えるのだが。

 そんな部屋の中にお茶丸がお菓子やら、お茶やらを沢山持って入ってくる。勘違いされそうだが、入院患者は僕ではない。僕はイスに座って、彼女が病室に戻るのを待っていた見舞客だ。


「お茶丸……何で立場が逆なんだ。怪我人なんだから、大人しくしてなきゃ……だろ」


 彼女はベッドに戻りながら、にんやりとした顔で戻っていく。

「いや、だって。市立病院にカフェとかあるし、コンビニも結構あるし。お菓子や総菜の自動販売機とかもあって」

「お前ここは何かの楽しい遊戯施設だかと考えてない? ここ、病院だからね?」

「あちゃあ……! カラオケボックスじゃなかったんだ」

「嘘だろ? そんな勘違いしてねえよな!?」

「冗談だよ。あはは……! あっ、いてててて……」


 ベッドに戻ったお茶丸は足を抑えていた。当たり前だ。昨日、体中に怪我をしたんだから。いや、正確に言えば崖とでも表現できるところから勢いよく落ちたんだ……。一日の検査入院で何とか済むっていうことを診断した医者が驚いていたらしい。それすらも人間を超えていると言うのに、病院の中をはしゃぎまわってきて足が痛む程度で大丈夫とか、よく分からない。超能力者とかスタンド使いだとか、ポケ〇ンマスターだとか、その類か?

 足の痛みが治まったようで、またニコニコしながらお菓子を食べ始める。流石にここでお茶を淹れることはできなかったらしい。緑茶のペットボトルをこちらに渡してきた。

 お茶の甘味がこれまた深くて、美味しい。

 心を落ち着かせていると、今度はお茶丸が僕に文句を言ってきた。


「それよりも立春くん。私が驚いたのは君のことだからね。あそこでバタンと倒れちゃったんだもん」


 昨日のことについて、らしい。心配をかけてしまったことに対して頭を下げて、謝らなければ。

 僕だって、その倒れる瞬間を見る立場だったら気が気ではないだろう。


「悪い悪い。眠気がね」

「眠気? えっ……」

「あっ、いや深い訳があるんだよ。ここ最近、昨日の作戦を成功させればって思って……」

「そっか、そのことに悩んで眠れなかったんだ」

「いや。心配で目がぱっちり覚めるもんだから、ゲームを一晩通してやってた。一昨日の夜は少し寝たんだけど、足りなかったかなぁ」


 僕の言葉にお茶丸の頭がずしんと布団の中に沈んでいく。彼女が顔を上げ、僕を半開きの眼で見つめてくる。


「たーちーはーるーくーん」

「いや……まあ、そうだね。ごめん」

「って、あっ、違う」

「えっ?」


 お茶丸は口に手を当てたかと思うと、突然こちらにも頭を下げてきた。


「って怒るのは筋違いだった。さっき来た新美ちゃんやキサラギくんに聞いたよ! えっと、私を助けるために山の中を必死に走ってくれたんだって?」

「あ、うん」

「見つかるのが早かったからこそ、君が走ったからこそ。私はこうやって元気でいられてるんだよ。本当ありがとね。今、文句言ったのは変だよね。どうしよう、何か。罪滅ぼしができないかな」


 罪……新美みたいなことを言っているが。

 つまり、何でもしてくれるってことか。

 ここで月曜日のことを言ってしまうのは、何だか違うような気がする。いや、そもそも作戦が成功していない。フミにキサラギを嫌わせることはできなかったわけだから。

 しかし、まあ、それに対しては解決法が一つある。それはそう、フミと真っ向で話し合うこと。キサラギくんとは結ばれない事実をその場で伝え、無理にでも納得してもらうしかない。彼女が最初にお茶丸に渡したラブレターへの力加減を考える限り、相当難しいミッションであることは間違いないのだけれど。


「あのさ、フミのこと……」

「呼びましたか?」

「ふぁ? あわわわわわ!? フミ、フミ!? えっ!?」


 フミの話題をお茶丸に出そうとした途端、彼女が現れた。地獄耳どころではない。僕かお茶丸の体に盗聴器か何かついているんじゃないかと考えてしまった。

 付着してないね。良し。


「何ですか、驚いてしまって。あたしもチャナちゃんのお見舞いに来たんですよ。まあ、落とし穴に落ちた時、携帯を壊してしまったのでその修理で見舞いに来るのが遅れてしまいましたが……あっ、まず……これ、お茶菓子です」


 高級そうな抹茶ロールケーキを彼女に渡す。彼女は大きな声でお礼をして、すぐさま食べ始めていた。そんな状態でありながらも話は早くした方がいいと、僕はお茶丸に頼みたいことを切り出した。


「お茶丸、真実を伝えよう……」

「あっ……そうだよね。そうするべきなんだよね。うん。えっと、この部活が『放課後お茶会部』ってのは言ったかな。で、フミちゃん、話したいことがあるんだけど、時間大丈夫?」


 フミは小さく頷いた。お茶丸の表情が引き締まり、同時に部屋の中に深刻な流れになったことも察したようだ。今こそ、種明かしをするべき時。もう戻れない。

 心が覚悟で満たされた。

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