第28話 また、飲みたいよ

「本当だ。フミの姿が見えないわね……」


 新美も同調してくれた。

 フミが会話に入ってこなかったと思ったら、辺りから姿を消していたのだ。彼女の方は別に怪我をしていなから、問題はないと思うが。新美がスマートフォンを取り出し、フミの電話を呼び出していた。

 しかし、何の反応もないみたい。

 

「新美? どうなの?」

「探すのに夢中になって出られないだけなのかしら……出ないわ」

「そっか。まあ、心配だけど、怪我人のお茶丸を捜そう」

「分かってるわ」


 山探しは再度始まった。できる限り、早く。手を動かして。

 ただ気になったのは、フミの行方もある。ちょうど、フミが歩いた足跡が残っている。確か、その場所はフミを最後に見かけた場所だ。そこから何歩か、足跡があって。

 駆け足で辿っていく。共にお茶丸と楽しんできた日々の思い出が頭の中を駆け巡る。


 ボランティアで出会って、その優しい笑顔に惹かれたんだ。お茶丸のくれた暖かい緑茶が凝り固まった僕の心を解してくれた。お茶丸の淹れてくれたお茶は、お茶にはお茶だけの美味しさじゃない。

 お茶は摘む人、そこから工場に持っていく人、工場で加工する人、手で揉んで質をよくする人、そして売る人買う人、淹れる人がいて。たくさんの人がいて美味しくなるのだって、淹れる人が笑顔を見せることで伝わってきたのだ。

 あの、美味しいお茶が飲みたい。

 また、お茶丸が淹れてくれたお茶をもっともっと飲みたい。そして、彼女の笑顔が見たい。

 絶対に、絶対に諦めるものか! 僕達が必ず、元気なお茶丸を見つけ出す。


「おーい、フミ、お茶丸を見つけたのか?」


 こちらも返答がない。


「お茶丸! フミ!」


 もう一度、呼びながら駆けていく。前を前をと思い、足元を見ていなかった。

 危ない、と感じた時には幾ら気を付けても間に合わない。

 するりと抜ける足元、僕もまた気付けば転がっていた。手足は痛いものの、坂が思うより緩やかだったから助かった。

 両手で地面を強く押す。こうして受け身を取ることで途中で転がるのをやめ、立ち上がる。ここは落とし穴の中か。自然にできた洞窟の中か。暗くてとにかく、何が何だか分からない。ポケットに入れてあるスマートフォンを取り出し、ライトで辺りを照らしてみる。

 中はほとんど石や土で構成されていて……。テレビの冒険番組で見た蛇やウサギの住処をそのまま大きくしたという感じだ。

 僕が「おーい」と言うと、「おーい」という声が反響して奥まで続いていく。一匹のコウモリらしきものが頭上を飛んで行った。


「あれは……じゃなかった。お茶丸はこの穴に……おーい、フミ……」


 途中でフミを呼び掛けて、ふと声を出すのをやめてみた。すぐそばで何かが聞こえる。「おーい」が反響しているのは、僕だけではない。僕のもだけでは……ない。


「もしかして……」


 少し奥に進んでみる。この声は……この大人しくて、お淑やかで聞き慣れた声は……間違いない。


「おーい!」


 僕は前へ前へとスマートフォンの明かりを突き出した。


「ここに……いるよ……心配させちゃって、ごめんね……ごめん」


 傷だらけの着物姿。体は砂埃や血でボロボロだけど、何とか無事でいる。何かに噛まれた様子もないし、頭から血を流していることもない。

 良かった。医者じゃないから詳しいことは分からないが。今は喜ぼう。彼女を見つけられた。大好きなお茶丸が笑顔を見せて、目の前にいてくれる。


「お……お茶丸……! お茶丸! 良かった! 本当に無事でよかったぁあああああああ!」


 一つの思い出と共鳴した。あの時と一緒だ。お茶丸に怪我をさせた時。だけれど、今度は助けられたかな……。

 その声と共に僕の体に染みついた痛みと疲れが刺激されたみたい。


「えっ……立春くん!? 大丈夫!?」


 体が一気に重くなり、その場に倒れ込む。意識が消えたのはその数秒後のことだった。

 一緒に穴へと落ちていたフミがスマートフォンの光で僕とお茶丸のことを見つけ、新美、先生や救急隊の人達に連絡をしてくれたらしい。これでお茶丸を巻き込んだ一騒動は少しの疑念だけ抱いて終わるのであった。 


 

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