第19話 最低な僕
ふと僕の口から出た暴言。
「えっ、違うよ? どうしたの?」
それに対し、お茶丸は変わらない笑顔で心配してくれた。それこそが更に僕をバカにしているんだと、すさんだ心が間違って主張する。
「帰れよ。どうせ、僕のことなんてどうでも良かったんだろ?」
「何ですねちゃってるのかな? あはは……反抗期なの? いいからいいから。カニは……逃げちゃったみたいだね。何か他の珍しい動物でも見つけた?」
「うるさい……何で、こんな状況で笑ってんだよ……分かってるんだよ。僕がただ困ってるのをニヤニヤ見てたいだけなんだろ!」
「えっ……?」
「お前のことなんて、知らないっ!」
今の自分ならこんなこと言わなかっただろう。もし本当に笑い者にしていたのだとしても、責めるのは後だってできる。こんな森の中で一人誰かを残して、走り去るなんて。最低以外の何者でもない。
この時の僕を僕は今でも許さない。
「待ってよ!」
「ああ、ああ! 何も聞こえない! 聞こえない! 聞こえない! あーあ! あーあ! あー!」
彼女がそう叫んでも、聞こえないふりを続けてただただ分からない出口を目指して走っていた。最悪なことに恐怖はお門違いの怒りによって、跡形もなく消滅させられた。
僕は茂みを飛び越え、木と木の間を通り抜け、暗い中をわけも分からず走っていた。僕には目の前に大きな段差があることも分かる。勢いのまま、僕は飛んだ。一メートルもないだろうが、飛ぶときには気を付けなければならなかったであろう。
お茶丸は注意できなかった。僕のせいで。
後ろから何か大きな物が地面に当たり、転がる音がした。それと同時に聞こえた小さく鋭い悲鳴が、頭の中に張り付いて離れない。
「えっ……?」
振り向くと、体の至るところから血を出して小さく震えるお茶丸が倒れていた。
彼女の体中にできた擦り傷と血、妙に歪んだ彼女の顔。痛みで彼女の顔から涙が出てもおかしくはなかった。
逆に不思議だった。彼女はまだ笑顔を保とうとしている。そして、こう喋っていた。
「えへへ……落ちるのに失敗しちゃった」
そこで僕は我に返った。
「お……お茶丸」
僕は彼女の肩を取り、すぐさま立たせようとするも足がふらついて倒れそうになってしまう。このまま立っているのは、無理だからと座らせることにした。
傷だらけの彼女を目にして、僕は頭を鉄で殴られたかのような酷い衝撃を受けた。それと共に罪悪感と責任の波が僕に覆いかぶさった。
何をぼぉーっと見ている。彼女をこんな目に遭わせたのは全て僕のせいじゃないか。彼女は僕のせいでここまで傷ついてしまった。僕の自分勝手な思い込みで、判断で彼女を山に迷わせて、それで疑ったって?
最低だ。何の言い訳もするつもりはない。僕の考えていること、やってること全て最低で卑劣なんだよ。
罪の意識で押し潰されそうな胸を手で抑えながら、お茶丸の様子を確かめる。早く怪我の手当てをしなければ。だけれど、ここが何処なのかも分からない。治療の道具すらないし、そもそも治療の方法すら知らない。
傷ついたはずの彼女は、何もできない僕に小さく微笑みかけた。
「大丈夫だよ。焦らなくていい。お茶を淹れた時だってそうだったでしょ……私は大丈夫だよ」
「……うう……うわあぁぁ! うっ、うっ!」
背中が罪悪感で凍り付く。純粋な少女をただ一つ疑っただけでここまで……。だからと言って、僕は山の出口を見つけることもできず。気付けば、声を上げていた。とんでもなく下品で騒がしい泣き声で喚いていた。
どうしようもできなかったから。
自分で自分の気持ちが信じられなかったから。
やったことの罪が心に粘りついて、何をしても払いきれなかったから。
自分勝手に泣きじゃくり、それが彼女の不安を煽っているというのにも気付かずに。
「ちょっと……立春くん……な、泣かないでよ! お、お願いだから!」
彼女は僕の元気な姿を見たかったのかもしれない。それでない力を振り絞り、涙も我慢したと言うのに。僕は残酷な形で裏切った。また、最低なことをしでかしていることも分からずに。
その後、僕達の泣き声に気付いた人が山の中に入ってきて、僕とお茶丸は助けられた。傷だらけのお茶丸を見た人々が「どうしたのか」と問うた時、僕は真実を伝えようとしたのだが。彼女は僕を庇ってか、「自分で転んじゃった」と他の人達に伝えたのだ。
僕は罪を犯したのに無罪放免。最後まで彼女に気を遣わせてしまったのだ。
「次までにはいつもの立春くんに戻ってね」
これがその日、最後に彼女と交わした言葉だった。本当は僕が謝罪して終わるべきだったのに。
それから一年位間が空いて。
次にイベント会った時には、彼女の笑顔が少なくなっていった。そして少し性格が変わったようにも思えた。今まで好奇心があったことに対しても、控えめになったり、ちょっとしたことで驚くようになったり。
間違えなく、前より暗くなってしまった。ある人は僕のそんな心配を「人の性格なんて一年あれば、変わるんだから気にしないでくださいよ」と元気な声で励ましてくれたのだが。
やはり、お茶丸の心が陰った原因に僕の存在、言動があるように思えてならないのだ。
僕が彼女の笑顔を否定したから、笑うことを抑止した。
彼女は自分自身の行動が僕に「不快感を与えたのかな」と考えてしまったのかもしれない。
彼女の笑顔を消した僕に資格はない。彼女を好きになる資格は……。あってはいけない。絶対に……!
高校になって彼女と出逢ってもその考え方は全く変わらない。僕は彼女に恋愛感情を持ちたくても、持てない。きっと、彼女も持ちたくないのかなって。
だから、一緒の部活になるだけで良かった。部活で一緒になれるだけ、罪を犯した僕への救済措置なんじゃないかな。
今までの話を告げていった僕の前に、鋭い視線を向ける新美がいた。
「そういうことなのね。だから、好きって言うのを……」
「うん。別にお茶丸は……僕のことなんて」
ことなんて……続きを言い掛ける僕に新美は飛ばしてきた。
「アンタ、何にも分かってないわよね。全く気が付いてないの? 罪を犯したとかって言ってる割には償いの意が足りないんじゃない?」
頭を電気ポットでガツンと殴るような、とても衝撃的な発言を。
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