第20話 もう我慢させたくない!

 償いの意が足りてない……そんなの新美が知ったことではないはずなのだが。一体、何を言い出すのか。


「えっ……」

「だから、言ってるじゃない! 反省してないみたいね」

「はっ!?」


 ……言うんじゃなかった。新美の僕が抱えた秘密を話すんじゃなかった。やはり、勝手に色々言われるか、適当に変な言葉を掛けられる。いや、笑われるかもしれないし、このことをお茶丸にそのまま話すかも……。

 どうしよう。僕の視界が真っ暗になりかけた。

 そんな僕の両肩を強く掴んで、新美は威圧を掛けてくる。


「単刀直入に聞くわよ! お茶丸のことをアンタは見てないの!? 考えてないの!?」

「考えてるよ! だけど……! だから、さっきから言ってるだろ!? お茶丸は僕のことなんて……! 何回か言わせたいのか! 言わせて僕をからかいたいのか!?」

「違うっ! お茶丸はアンタと本気で一緒にいたいって! こっちこそ、さっき言ったじゃない!」

「言ったって……?」

「さっき、聞いてなかったの? 一昨日の夜……!」

「夜って……」


 新美が言っているのは利き茶勝負をした時のことだろう。そのことを言ってるのだとしたら……。


「お茶丸、満点だったのよ。あの勝負。五つとも合ってた」


 あの時のことを思い返してみても、最初は新美の言っていることが分からなかった。


「どういうこと? あの時、お茶丸は僕達に言ったよね? 飲むのに夢中で書き忘れちゃったって」

「ええ。ワタシもそう思ってたわよ。家のゴミ箱に捨てられたメモ用紙を見るまではね」


 メモ用紙。新美がお茶丸に渡したもの。正解の答案が捨てられてた……? それが意味することはつまるところ……。


「じゃあ、お茶丸は全問正解した上でわざと分からないって言ってたのか?」

「そうよ」


 どうして? お茶丸が? どういうこと? 衝撃の事実に話の因果関係が分からなくなって、顔を強張らせた僕。新美は「まだ分からないの?」と言って、執拗しつように僕を急かす。

 つまり……彼女は……。僕と……。


「ええ……と……そういうこと……」

「自分の口じゃ、言いにくいかしら? お茶丸はアンタの失格を知って、わざと何も書いてない方の部分をワタシ達に見せたのよ」


 彼女の話から繋がるお茶丸の心情が僕は信じられなかった。だから、もやもやした気持ちを抱きながら反論した。何でもいい。屁理屈でもいいから、否定できれば、って思って。


「でも、でも……新美を勝たせたかったって……」

「ワタシに勝たせたいなら、何問か分からなかったとか、途中までしか分からなかったって言えばいいだけじゃない。わざと失格になる必要なんてないわよ。失格になったら、どうなるか分かってるでしょ?」

「……僕と同じく罰ゲーム」

「それを彼女は嬉しそうにやってたの?」

「見えなかったけどさ……!」


 ならば、それ以外にあるはずだ。別の理由を探そうとして、言葉に詰まった途端、彼女は肩ではなく胸倉を掴んでいた。


「アンタ! 何なの!? 何で、アンタは彼女の好意を否定しようとするの!? 考えれば、一つしかないじゃない! 嫌なことを覚悟でお茶丸はアンタと一緒に何か、挑戦しようとした! アンタと一緒の時間がいいってことじゃないの!?」

「……ううっ!?」


 僕は新美の迸る怒りの言葉に口答えすることもできず、ただただ怖気づいていた。その場で震えていた。


「アンタと一緒にできるなら、嫌なことだって乗り越えてやってきたい! その気持ちを何で汲み取ってあげないの? 彼女は満点で褒められるチャンスを捨ててまで、失格になったのよ!」


 新美の言った「褒められるチャンス」。その言葉がずしりと僕の心に響き渡った。お茶丸は褒められることが何より、好きだ。突然褒めると、はにかんだ可愛らしい笑顔なんてものも見せてくれて。「えへへ」って、頭に手を当てる仕草なんかもしちゃっている。

 褒められたがりの彼女のことは僕が知ってるはずだった。


「で、でも……お茶丸のその気持ちを僕は分からなかった……そうじゃないんだよ。なんとなくだけど、好意は分かってたと思うよ……でも」

「何ですって……」


 新美の言葉は滅茶苦茶を話そうとする僕に対し、完全に制圧させるような力が籠っていた。だから、嘘は言わない。僕は僕自身の本音を吐き出した。


「彼女が僕を信じても何のいいこともないよ! 僕は間違えるかもしれないじゃないか! それでもお茶丸は思うんだよ! 自分を傷付けてきても、反省したから一緒になれるって。傷付けられても自分自身が笑顔でいれば、また僕は変わってくれるって」

「変わってないの?」


 たぶん、お茶丸は何度傷付けられても、何度挫けても、僕を信じてしまうだろう。純粋だから。


「言っておくけど、僕は全然変わっちゃいない」

「あの頃と全く?」

「ああ。小五の僕と全くね。だから、また何かのきっかけで疑心暗鬼になって傷付けてしまうかもしれない。おこがましい言い方かもしれないけどさ、僕とお茶丸がくっついて。相思相愛の人から傷付けられたら……? お茶丸はたぶん傷付いたことさえ僕に言わない。ただ待ち続けるんだ。きっと相手は今の状況から変わることができる。今は我慢してればって思い続けるんだぞ!」

「お茶丸のことがそれだけ分かってるのに……何で……」


 深呼吸を一回。それからもう一度、声を出す。


「我慢させたくないんだよ。そんな辛い我慢を正しいアイツが味わうなら、距離があった方がいい。そうすれば例え、傷付いても我慢せずには済む。思えば思う時に僕を捨てられる……だから!」


 僕が勢いのままにそう伝えると、彼女は手の力を緩めていた。それからいきなり手を離してくる。しかし、まだ彼女の顔は僕を睨み付けている。


「ああ……やだやだ……最低なまでにイラつくわ」

「新美……」


 新美は僕を嫌ったであろうか。そう思った瞬間に彼女は表情を変えた。眉が上がって、口からは溜息が漏れている。これは僕に敵意を向けている状態ではなく、呆れているように見えた。

 そんな彼女から放たれた言葉。


「ああ……いやいや。そういう、なよなよした優しいところがお茶丸の心を撃ち抜いちゃったのかしらね」

「へっ……?」


 腑抜けた声と共に僕に溜まっていた全身の気力が消えていく。彼女は納得してくれたのか……そう考えたが違うらしい。彼女は首を横に振りながら、僕に顔を近づけた。


「勘違いしないでよ。アンタ。お茶丸のことは分かってるけど、理解はできてないからね」


 分かってる……? 理解……? えっ、類語なんだし同じじゃないのかな? いや、利き茶みたいに味で「あっ、あのお茶だ! まろやかで深みがあって……」って分かっても、単語や言葉で説明できなきゃ説明できないって感じなのかな……。


「ううん……まだ……」

「その様子じゃ、まだ何も理解はしてないか。ワタシとしては残念だけど、アンタとお茶丸が付き合うまで時間が掛かりそうね。恋患いしてるお茶丸が可哀想だけど、待ってもらうしかないかぁ」


 僕がお茶丸のことを「分かってる」だけでなくて、「理解した」と言えるまで待っててもらおうということか。

 彼女は一しきり黙った後は僕とお茶丸の関係に口を出さなかった。代わりに本題へ戻っていく。


「あっ、って待て。新美!」

「ん?」


 そうだ。完璧なまでに話が横転していったのだが、主題は「フミにキサラギへの恋をどう諦めてもらえるか」だったのだ。その方法を探るヒントとして、「僕がお茶丸への恋を諦めた理由」を話していた。

 ただ、それが参考になるのか。僕の場合、諦めたのは怪我をさせ……僕の本意があったからで。フミがしている恋愛の場合、フミにキサラギと別れられる決意はない。


「新美……僕、単に昔話をしただけになってない? 何なら、今風アレンジの桃太郎話してた方が新美自身にとっては有意義じゃ……」

「呆れさせないで! アンタの話、思いきり参考になったわよ。フミに決意を偽造させちゃえば、いいって話じゃない!」

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