第8話 戦いはもう始まっている!

 面白そうなゲームが始まりそうな予感。自分が負ける可能性があるということ以外を考えたら、ウキウキしてきたな。

 最中、教室の中にチャイムが鳴り響いた。外は日も完全に落ちていて。時計は完全下校時刻を指し示していた。お茶丸はお茶の片づけをしながら、呟いた。


「あっ、もう時間かぁ。でも早いうちに決めたいし。どっか場所ないかな?」


 学校の教室にはもういられない。かといって、場所が決められない。


「ねぇ、タチハル。アンタん家でやった方がいいんじゃない?」

「いや……自分の家はちょっと」


 利き茶セットがあるうちはどうかと新美に言われてしまった。うちに何人か兄妹と名の付く「影のもの」が存在している。女子を二人も連れていったら、にやけ顔で何を言われるか分からない。

 新美は僕が断ると、心配事を口にした。


「そうなの? うちでもいいんだけどさ、親がいないのよ。四人目がいないの。お茶を入れてくれる人がいないと、利き茶勝負にはならないんでしょ?」

「あっ、そっか!」


 今度はその問題にたどり着くか。頭を悩ませようとしたところ、新美の口元が緩んだ。


「一つ。一つ方法があるけど、いいかしら? やっても」

「まあ、うん!」

「問題はないと思うよ」


 僕とお茶丸は新美にどんな手を使ってもいいと許可していた。別にとんでもないことをしでかすとは夢にも思っていなかったから。

 


「で、何で自分を拉致したんだ?」

「いえいえ。たまたま通りかかって、助けてもらおうと思って。別に誘拐したつもりはないんです!」


 何ということだろう。利き茶セットを持って「お茶丸に鍵持たせたから、彼女と一緒にワタシの家で待ってて」と言われたから、その通りにした。女子の家に入ることなんてほとんどなくて、本当にドキドキしていたのだ。犬の毛でよく見るような茶色のカーペットが敷かれたリビングに入った時なんか、心臓が飛び出すかと思った。きっと……ソファーに座ってくつろいでいるお茶丸にときめいたせいではないだろう……。

 まあ、とにかくリビングで新美を待っていたのだ。ドアの開く音がして、玄関まで戻ってみると思いもよらない光景を目にしてしまった。何度も何度も目を擦る。

 新美は無理矢理、風下教諭を連れてきた。新美の態度があまりにも偉そうだったので、まさか……彼女にリードでもつけて女王様気分に……と変な疑いを持ってしまったが。問題ない。首にはとげとげしい輪も手錠もついてはいない。


「で、そのゲームをやるために……か。面倒なことさせるなぁ。家に帰ろうと思ってたところを……」

「顧問としての活動やってくださいね! でないと、うちのクラス学級崩壊させて面倒なことにしますよ!」

「はいはい……」


 ああ、脅迫して連れてきたのか。それなら良かった……いや……全然良くないけれどね。

 呆れと安心の感情が混じり、ふぅと一息吐いた僕。新美と風下教諭の会話を聞きつつ、利き茶のやり方を自分のスマートフォンにメモしていく。風下教諭にやってもらいたいこともしっかり書いていた。お茶は一つ淹れ方を間違えるととんでもないことになってしまうから、注意点を強調しておいた。一応……ここまで書いておければ分かってもらえるよね?

 そして、彼女にそのままスマートフォンを手渡した。


「先生、これでお願いします。お茶の注ぎ方と出し方を書いておきますから。順番は適当でお願いします。キッチンに茶器は用意してあるので……」

「ちぇっ、立春。お前も命令口調か」

「はぁ……仕方ないでしょう」

「後で春巻きにしてやる」

「はぁ!? ハルマキ!?」


 意味不明な発言をしながら彼女は僕のスマートフォンを持って、キッチンの方へと消えていく。途中でカシャリと変な音が聞こえたのだけれど、空耳だろうか?

 ……後、自分の個人情報がたんまり入ってるスマートフォンを渡すんじゃなかった。あの先公中身を興味本位で覗きかねないから。


 その間に新美は僕に廊下にある押し入れに行き、木製のテーブルを取るよう頼んできた。ソファーの前に三人分のお茶が乗せられる木製のテーブルを準備する。お茶丸はソファーから降りて正座なんかしていた。体はがちがちで、相当緊張しているであろうことが窺えた。


「お茶丸、そんなに緊張しなくても……」


 僕が気持ちを和らげようと声を掛けるも、彼女は一向に緊張の糸をほぐせないようだ。


「だってだってだってぇ! 負けたら、強制地下牢行きでしょ!?」

「えっ!? そんな危険なゲームじゃないよね? 負けた人がキサラギくんに話を聞きに行くってだけだろ!?」

「どっちでも同じだよ! 私、知らない人に『はぁ?』とか言われるの怖いし! 怖い怖い怖い怖いきゃー!」

「悲鳴出すの早いから!」


 お茶丸を落ち着かせるのは諦めた。

 新美の方は、と彼女の様子を確かめる。彼女は元々勝負に関して負けず嫌いな性格だ。こちらは腕を組んで「ふふん!」と得意げになっている。もう勝ったも同然、貴様らは負けだと口で言わなくても伝わってくる。

 余裕な態度を見ていたら、自分もお茶丸みたいに気弱になってしまった。もし負けたら、見知らぬ人に「はぁ?」とか「何だコイツ」とか言われないといけないのか。最悪だぁ。お茶丸のことを怖がりすぎだとツッコミを入れたが、人のこと全く言えないな。

 怖がっているうちに時間は経っていた。お茶淹れ担当の風下教諭が「ええと、回し注ぎだっけ?」とか言ってるから、もうそろそろ一杯目のお茶が来るはずだ。

 その前に利き茶のやり方をもう一度確認だ。


「ええと、お茶丸。新美。煎茶、深蒸し茶、茎茶、玄米茶、番茶がランダムに出てくるんだけど、出てくる順番を用紙に書いてって! 何個合ってるか。一番少なかった人の負けだよ。自由帳とペンは持ってる?」


 お茶丸は新美と共に懐からペンを取り出したものの、どうやらノートなどが入っている鞄は家に置いてきたようで。おろおろしている。そんなお茶丸に新美が一万円札を手渡した。


「立春くん。お札でもいい?」

「えっ!? お札のどこに書くの?」

「真ん中に買い物メモとか書きやすそうな空欄があるでしょ」

「そこ、そのための空欄じゃないから! 後、新美もメモ用だからと言って、いや、そもそもお金をメモ用って言うのがおかしいんだけど! サラっと大金を渡すな! あっ、で、ちょっと言いにくいんだけど……新美。僕にもメモ帳か、お金をくれないかな……なんて」


 そう言う僕もペンは持っていると言うのに紙を忘れてしまった。「やっぱり、お茶丸と同じことで困ってるのね」と新美に文句を言われながらも、メモ帳の紙切れを渡してもらった。えっ、僕にはお金くれないの?

 そんなところでちょうど風下教諭がお盆にお茶を入れて持ってくる。


 僕VSお茶丸VS新美。戦いの火蓋は今、切って落とされた!

 

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