第6話 元凶登場!
そう言われたものだから、終わった恋ではないと僕が答えておく。
「ううん。まだ失恋には終わってないんだけどな」
「えっ?」
僕の口ぶりに理解が行かなかったと見える。だから、僕は彼女を信頼して事の成り行きを正直に話しておいた。
新美茂子。彼女は僕と同じ小学校、中学校で育ってきた。今も同じクラスで学ぶ女子高生だが、性別以外で決定的に違うところがある。それはクラスで目立つか、目立たないか。彼女はクラスの中でもかなり高い地位の人間だ。
何でそんな僕と新美が放課後で関わる必要があるのか。その疑問にはこう答えよう。「同じ部活だから」と。彼女も「放課後お茶会部」の一員である。正確には他にも「空手部」に入っているのだ。空手部が休みの時はこちらに来てお茶丸と仲良く駄弁っている。
何はともあれ、彼女は信用できる人間だ。一応、ね!
「へぇ……そんなことが……ん? フミよね……あっ、もしかして彼女、その好きな人ってワタシが紹介した人のことよ! きっと! キサラギくんのこと言ってるでしょ!」
「そうそう……キサラギくんって……」
ううむ……? そもそもの原因が新美だったか。ううむ……別に責任を取ってもらおうとは思ってはいない。ただ、この「放課後お茶会部」に所属するメンバーは変なところで負の連鎖を作っていたんだなぁと何とも言えない微妙な気持ちになっただけなのである。
お茶丸はそこで、ふと思い付いたであろう疑問を口にしていた。
「まあ、別に気にする程じゃないのかもしれないけどさ、紹介した理由って何? キサラギくんって子をフミちゃんに何で教えたの?」
「ううん。あの子が彼氏にするには、いい人はいないかなって聞いてきたからよ。だから隣のクラスの彼がいいんじゃないのって言ったわ」
「ということは、いい人って。ん? フミちゃんにそれでキサラギくんを。キサラギくんとはどういったところで知り合ったの?」
「塾よ。その彼がフミとくっつくのは面白そうかなぁって思って。カップリングって考えるの面白いのよ」
カップリングですか。そう言った後に次に来そうな言葉が何となく予想できてしまった。新美は「タチハルとお茶丸。二人もね」なんて言ってくるに違いない。僕は慌てて口を動かした。新美が話を続けないよう、方向転換をさせてもらおう。
「あのさ! 新美! キサラギくんに対する情報ないの? 何か、好きなものとかさ。フミにアドバイスする時、そういうのを渡した方がいいかもって言えるんじゃない?」
僕が好きなものを問うた時、新美は大いに困っていた。後に間の抜けた声で返答が来た。
「知らないのよねぇ」
「し、知らない!?」
「タチハル、そこまで大声を上げることじゃないでしょ?」
「いや。それなのに、その子をいい人だって紹介したの?」
「ダメ?」
「いや……」
あまり知らない人のことを紹介したのか。そう思いながら、新美のことを見つめていた。彼女は自分のティーカップを廊下のロッカーから取り、鞄から二つのタッパーを出していた。
タッパーの中にはそれぞれ、オレンジの輪切りと紅茶らしき茶葉をまとめたティーパックが入っている。彼女はティーカップの中にティーパックとお湯を入れ、それから僕に言葉を返してきた。
「その人のことを骨の隅まで知らなきゃ、紹介しちゃいけないなんて法律はないわ。流石に暴力男だとか、浮気性のクズなんかを人に教えて後は知らんぷりってことはしないわよ。一応、キサラギくんは良い人だって思って紹介したから」
「そうかぁ……」
知らなくても紹介する。その人のことを知らなくても、恋人になる。なんか、その感覚を僕は要領よく理解できなかったのだろう。新美は机の上に座り、足を組む。紅茶の上に一切れのレモンを乗せ、甘く酔ってしまいそうな匂いを漂わせてきた。
「人が普通に飲む茶だって、入れる人は別として、飲む人はほとんど何の種類か知らないでしょ? それと同じ。知らなくたって人は人を好きになれるのよ」
「そういうことかぁ……? まあ、そういうことなのかなぁ。それで幸せになれるのかなぁ」
茶を例えに使った彼女は優雅にティータイムを楽しんでいる。本当に知らなくても人って人のことを好きになって、幸せになるのかな、と不思議に思っていたのだ。納得していない僕の耳に話の続きが流れ込んできた。
「人を好きになるって言ったでしょ。逆もまた然り。個性が強すぎると、好き嫌いの差が分かれるのは分かってるわよね? 抹茶とか……」
その例えで口の中に苦みが蘇える。小さい頃から母が趣味で点ててきた抹茶。あの苦みはたまらない。僕はすぐさまお茶丸が買っていたソーダ味のアイスキャンディーを食べ、口内をスッキリさせた。甘くてひんやりする感触が舌の上ではじけていく。ああ、これぞ至福。
「そうだね。あれは……また美味しさもあるからね。逆に好きな人は好きなんじゃない?」
「ええ。苦みや渋みの多いお茶にだって必ずファンがいるわ。たぶん、同じように日本中探しに探せば、絶対カップリングできるのよ、人って。だけど、悪い風に考えれば、自分が望んだ相手が自分を好きか嫌いかなんて運次第」
「そっか」
「それを把握できるか、できないかは出逢いの量を多くするしかないと思うのよ。何度も試して最高のお茶を見つけるように、何度も出逢って最高の人を見つける。別にワタシは必ず幸せになれるよって言って紹介したわけじゃないの」
「それなのに……」
「そうね。フミは暴走した。この恋が必ず叶うと妄信してる……もしかして、これってワタシのせい?」
「うん!」
僕は元気よく答えておく。返ってきたのは乾いた笑い。彼女はどうやら、フラれた時に自分にも報復が来るのではないかと心配しているらしい。
「アハハ……」
彼女の目から生気を感じられない。彼女も何とも言えないフミの威圧に怖気づいているようだ。今は三人……フミが暴走したとして何とか勝てるか。いや、どれだけ勝算を考えたとしてもマシンガンとか持ってこられたら、終わりだ。無難に終わらせる方法であろうキサラギくんとフミを結ばれるルートで進ませよう。
そう考えていたら、何の構えもなくお茶丸がぼやきだした。
「ん? 抹茶ってそんなに個性強かったっけ? あの甘い奴でしょ?」
さっきまでしてた抹茶の話に反応したらしい。何故応答のテンポが遅れたのかと思ってたら、彼女は緑茶のお代わりを自分で注いでいたみたいだ。あれ……僕の分まで注いでくれなかったのかな……そう思ったら、しっかり僕の湯飲みにも濃い緑のお茶が入って、湯気が立っていました。ありがとうございます。お茶丸大明神様。とても嬉しいです。
御礼のついでにお茶丸に返答した。
「ありがと。たぶん、お茶丸が言ってるのって、缶とか、今食べてるかき氷のアイスについてるシロップとか、お菓子の抹茶のことを言ってるんだろ?」
「ああ……そういうことになるね」
あれ……お茶のことだよね。確か、お茶丸は……。
「お茶農家の孫娘だよね……?」
「ええ。ばっちゃんはいつも一つ!」
「何をどうツッコミを入れればいいか分からないからスルーするな。で、本題だ。もっといろんなお茶を味合わせてもらわなかったのか?」
「うう……私は緑茶専門なんだよ……」
「抹茶も緑茶の仲間だが」
「厳密には、煎茶、玉露系! 抹茶、ウーロン茶、ハーブティー、紅茶、麦茶は知らないよ」
専門であるはずのお茶についてもあまり知識を聞いたことがないのだが……そこは話の論点がずれるので今回は触れないようにしよう。お茶丸はそのまま甘い抹茶についての話を展開していた。
「で、甘い抹茶が元の抹茶なの? 苦いお茶が元の抹茶なの?」
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