第25話 照れくさくて言えないや

 気持ちを整え、自転車に乗って。集合先はお茶丸の家だ。山のふもとにある大きな屋敷みたいなもので、僕はその家を見ながらお茶丸が現れるのを待っていた。

 今は午前九時二十分。集合時間は十時で、少々早かったかもしれない。実際、お茶丸も僕が到着したのに対し、「おはよう」と寝ぐせを直さない顔で出てきてから「えっ、あれっ!? まだ……あっ、急いで準備してくるから待ってて!」と家の中に走っていったのだ。家の中からはドタンバタンやっている。お茶丸、急がせてしまってごめんよ。

 それから数十分後。


「待たせてごめんねー」

「いや、問題はって……お茶丸?」


 彼女は茶摘み衣装の姿で僕の前に現れた。その姿は僕の心をいとも容易く奪ってくれた。彼女の頭に巻かれた白い手ぬぐいに蒼く繊細な着物。それを着る小さな女の子の容姿はまさに……。これは反則だ。

 彼女の姿でまたも胸の鼓動が激しくなり、心臓が止まりそうになる。自分の命のためにもと彼女から視線を逸らそうとした。


「あれ、似合ってなかった?」

「いや。違う。似合ってるけど。何で、そんなか……か、か、懐古させるような着物に」

「何で、わざわざ難しい言葉を使ったの……? まあ、いいや。今日の計画を成功させるためだよ! キサラギくんとフミちゃんを連れてくる建前としては『お茶畑を紹介しよう』ってことでしょ?」

「そっか。そこでお茶丸がそれを……えっと、そうだな、そのす、すて、すってんころりんして着物を汚さないようにな!」

「分かってるよ! もう! そこまでおっちょこちょいキャラじゃないよ。私!」


 さっきから巧くいかない。誉め言葉を言おうにも、ついつい違う言葉が口から出てしまう。もっと褒めてあげたいのに。そして笑顔を見たいのだけれど、照れて口が動かせないのだ。

 そんな僕とお茶丸のところに声がした。


「おーい! お茶丸! あっ! その衣装着てきたんだ! お茶丸イケてるっ!」


 お茶丸を僕の前で気軽に褒めることができたのは新美だった。


「あはは、ありがとっ!」


 その笑顔、僕に向けてほしかったのに。新美……ちょっと羨ましいぞ。新美はいつもと変わらぬワンピースで気取っている。そんなキラキラした彼女の後ろにフミとキサラギも立っていた。

 彼女達も各々、お茶丸を褒めていく。


「あっ、本当ですね。素敵です!」

「可愛いな」


 キサラギは僕と同じポロシャツで、フミの方は猫耳フード付きのパーカーだった。

 この中だったらやはり、お茶丸の着物が……僕も褒めなくては……いやいや。そんなこと考えてる場合じゃない。

 余計なことを考えれば考える程、失敗の確率は上がるような気がする。今は純粋に計画だけを成功させるよう、考えていこうじゃないか。私情は禁物。新美を見習おう。


「今日はお茶丸の案内でお茶畑を見てくって感じの活動なんだけど、今からちょっと山の坂道を歩くわ。準備はいい!?」


 そうそう。皆を巻き込むような新美の勢い。こういった彼女の勢いを習っていかないと。僕も声を出そうとしたのだが。


「あ、で……」

「そういえば、あの……」


 僕が口を出す前にフミが遮った。


「フミ、どうしたの?」


 それを新美が聞いたものだから、僕が話すことはなくなった。がくりと項垂れるもお茶丸が「どうしたの……? 喉渇いたの?」と聞くばかり。どうやら、皆を元気づける役は新美だけがふさわしいようだ。


「えっと、あたし気になったんですけど、確か去年ですよね」


 「去年?」と新美がフミの言葉を復唱した。彼女は小さく首を振りながら、少し深刻な顔で話を進めていた。


「ええ。去年の今頃の話です。新聞でマムシに噛まれた人の話を見ました。確か、この辺りのはずです」


 そちらの情報には新美よりも先にお茶丸が反応した。どうやら、ご近所の話のようだ。


「ああ……その話、完全に近くのだ。昼間散歩しようとしてたら紐のようなものを踏んじゃって、気付いたら足を噛まれてたって……でもあれ? マムシだったかな?」


 そこに指に手を当て、「えっ」と反応するのがキサラギだ。


「ヤマカガシか? ……まぁ、ともかく、登山をする時には毒の生物に気を付けることが一番だ」


 皆がそれに同意して、新美が最後に話を締めていた。


「そうよね。気を付けなければならないわね。足元はちゃんとよく見て歩くこと! 山って言ってもまあ、公道を登る方だけど」



 皆が揃ったところで上を目指して歩いていく。時にお茶畑の知識をお茶丸が話していて、計画は順調に進むかと思われていた。


「ねえ、すぐそこに何個かあるあの大きな風車って何か知ってる?」


 僕は知っているので、黙っておくことにする。新美は盛り上げるためか、わざとかおおぼけをかまして答えていく。


「ええ……お茶畑にあるあれ、風力発電機じゃないの?」

「風力発電機はもっとプロペラが大きいよ! 違う違う!」

「じゃあ……うーんと、ちょっと待ってね。難しいわね。あっ、そうだ! 痴漢したタチハルをプロペラに括り付けて、高速回転ぐるんぐるんぐるんぐるんと回す拷問器具?」


 僕の体に括り付け、ぐるんぐるんぐるんかぁ……。って、違う。僕はすぐさま新美に反論する。


「新美! いくら考えても答えが出ないからって、滅茶苦茶なこと言うなっ! 後、何で僕が痴漢なんかするんだよっ!?」

「あれ? する予定ないの? 痴漢」

「痴漢する予定って何じゃ、そりゃあ! 正解は、ぼうそうファンって言うんだよ」

「えっ、暴走すんの? あれ? ええ? お茶丸、夜とかあれ暴走して茶畑を荒らしまわるの?」


 機械が動いて、ウイーンウイーンと歩き出す。そりゃあ、ロボットアニメ好き大歓喜の展開だが。残念ながら、それはない。

 お茶丸は冷や汗を垂らしながら「それはないんじゃないかなぁ」と新美の暴走に戸惑っている。


「ええ……暴走ファンじゃないの?」

「防ぐ霜と書いて防霜ファンって言うんだよ! 冬にできる霜を……って言っても」

「えっ、気が付くと大量の豪華なお肉が茶畑に」

「霜降り肉は降りてねえよ!」

「知ってるわよ! いやぁね! 間違える人なんているの?」

「お前だよ!? 今、お前言おうとしてただろ!」


 防霜ファンでここまでの漫才ができるとは。この防霜ファンを作った人も想像していなかったであろう。ったく、防霜ファンは上から温かい風を吹きおろし、霜を防止するという偉い機械なのだ。

 今の新美は温かい風じゃなくて、冷たい風を頭に受けた方がいいと思う。盛り上げるためにしてもやりすぎだ。

 僕とお茶丸はそんなこんなで興奮している彼女を後ろに前へ前へと進んでいく。歩くスピードが速かったか。三人が足を止めてしまったか。気が付いたら、僕とお茶丸だけが見晴らしのいい場所にまで来てしまった。

 ここからふもとの田んぼやら畑が見えて、背後には茶畑がある。これぞ、この自然に魅力を感じるスポットだ。茶の緑と空の蒼のコントラストが素敵と言って。できれば、ここでお茶丸に告白を……。

 いや、だから。それは後回し。フミとキサラギの失恋を成功させないと!

 お茶丸もこう言ってるし。


「この時間だよね。そろそろ不審者役の先生が来るはずだよ」

「不審者役の先生が来る……防犯訓練でもやってるのかな、僕達」

「まあ、後は二人が来てうさん臭い芝居をするだけだね」

「緊張してる? 確かにそうだけど、うさん臭いは言わなくてもいいと思うんだ」


 彼女はやはり、こくりと頷いた。ならば平常心の僕が、新美にツッコんでいて落ち着いてしまった僕が、彼女の緊張を解こう。このお茶娘の緊張を。誉め言葉なら、癒されてくれるだろうか。


「その姿……すごい、可愛いね」

「……えっ!?」

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