第26話 もう会えないだとか、嘘だよな!?
彼女の顔はまたも紅潮し、顔を隠す。褒められただけなのだから、そこまでしなくても……と思うのだが。何だか、続けて褒めづらくなっちゃったかも。顔から手を離したかと思いきや、全力で腕を上下に振って「そ、そんなことないよー!」と否定する彼女。
これ以上話したら、腕の骨が折れて使えなくなるまで否定し続けてしまうだろう。
苦笑いで彼女の照れ隠しを見守って。そうしながらも周りの音を聞いていた。風で茶の木が揺れる音。虫の羽ばたく音や新美達の話声も耳に流れ着く。前から人間の足音も。
そろそろ風下教諭もやってくるかな。
「予定通りかな」
「いや、まだ……作戦のためのフミちゃんとキサラギくんが来てないし」
「あっ、そっか」
顔を上げた先にいるのは、深く帽子とサングラス、コートを着た人間だ。少し息を荒くしているようだ。不審者の役になりきってくれるのはいいが、登場が早すぎる。これだとフミが驚いて、そこの崖から落ちそうになる演出が不自然になってしまうではないか。
「あっ、先生。もうちょっと隠れててくださいよ」
しかし、僕の言葉に全く相手は応じない。無視されたのかと立ち止まって考えていた。
「立春くん、その人、違う……!」
それがミスだった。
「えっ!?」
その不審者は僕を邪魔だと言うかのように手を突き出した。それに驚いて何もできなかった僕……その前にお茶丸が飛び出した。僕の体を庇おうとして、彼女は相手の突き飛ばしをもろに喰らう。彼女が持っていたスマートフォンが宙を舞った。
僕は慌てて彼女の身を支えようとしたのだが。彼女は倒れ、奴の肘が僕の胸に直撃する。
「ぐふっ……!」
痛みで胸を抑えている僕の方へと更なる追撃か。
「どけっ」
手で突き飛ばしを喰らい、倒れる前に見えた相手のコートの中。一瞬だが、裸。相手がコートの外に何も着ていない。その上、体つきも声も全然違う。これは風下教諭でなくて……!
以前ふざけながら聞いていた風下教諭の言葉が、脳内で再生された。
『最近、近所で露出魔が出現するらしい』
間違いない! こいつが露出魔。女子高生であるお茶丸を襲おうとしているのか!? そのために……僕が邪魔になった……? そうはさせるかと僕は相手の手を掴もうとしたのだが。相手は僕を振り切り、お茶丸を狙おうとしている。
「お茶丸逃げて!」
「うんっ!」
彼女は相手の被害を防ぐためか、すぐに立ち上がり避けようとした。それはもう完全に相手の攻撃を避け切った。
「お茶丸……?」
「あっ……」
最悪な形で……だ。
あまりにも焦りすぎていた。彼女の体がガードレールを超え、宙に浮いていた時は何が何だか分からなかった。彼女が落ちていく様を見ても、まだ何が起こったのか理解できない。今までの日常と変わりすぎた光景に頭の中がぐちゃぐちゃになっていった。
僕が露出魔を押しのけ、ガードレールのそばに駆け寄って……手を伸ばしてももう遅い。彼女の手は取ることができず。
すぐ下は、急斜面。彼女はパニックになって、急斜面を転がり落ちていった。それも右往左往して、予想できない方向へと動いていく。速さは凄まじく、ガードレールを急いで降りようとした時には、もう彼女の姿が見えなかった。
今はどの方向に落ちて転がっていったのか、すら……分からない……!
「お茶丸っ! お茶丸!」
声が悲しく空にこだまするだけ。僕の叫び声に反応して、新美が飛んできた。
「ちょっと、どうしたの? お茶丸を大声で呼んで……ってお茶丸は……?」
新美は僕が震える指で差した方向を見て、何を伝えようとしていたのか、すぐに察したようだ。顔を真っ青にさせて、信じられないという様子で辺りを何度も見回した。
「嘘……! この急斜面……を転がって、落ちてったの? 何で……お茶丸が本当に……? えっ!? フミには落ちないようにって、準備をしてたけどお茶丸は何の訓練もしてないのよ!」
フミ自身も僕に問い掛ける。
「まさか……そういうことですか……?」
キサラギが「でも、何故……」と問い掛けるから僕は黙って、顔を向ける。その場で放心している男に、だ。驚いているってことは、きっと、その男はまさかお茶丸が落ちるとは思っていなかったのだろう。
新美が奴をきっと睨み付けると、逃げようとしたのだが。その場で新美が動き、奴の背中に拳で突きを入れた。
「待ちなさい! アンタがやったことでしょ。責任取れ……あっ、待て!」
ただ背面からの攻撃では意味がなく、そのまま逃げてしまう。僕も他の人達もお茶丸のことによるショックで動けなかったのだが。
取り逃がしてしまった……そう思った矢先。
奴はこちらに飛んできた。まるで逃げた先で爆発があって、その残骸がこちらに飛んでくる、みたいに、だ。
その先にいたのは、不審者役の、本物の風下教諭だ。彼女は僕達の顔を見るや否や、男のことなどどうでもいいようで、何があったかの質問をぶつけてきた。
「何だ何だ!? いきなり裸の男が走ってきて!? お前ら、何か知ってんのか? ん? どうしたんだよ? みんな暗い顔しちゃって! 何かあったのか? 何かあの男にされたのか?」
何があったか、か。それを一番話せるのは、僕だけだ。失意の中で僕は彼女に伝えていく。
「お、お茶丸です」
「ん……お茶丸? お茶丸は何処行ったんだ!?」
「落ちたんです! ここから、その男に襲われて落ちてったんです! 早く、救急車か、救急隊を!」
「落ち着け。それはもうキサラギが呼んでるようだから。今は早くチャナの居場所を見つけないとな……電話は頼りなさそうだな」
風下教諭がコンクリートの地面に落ちている、画面の割れたスマートフォンを見つけてそう言った。
彼女への連絡手段はない。お茶丸がどうなってるかも分からない。もしかしたら、足の骨が折れ動けない状態なのかもしれない。
それならば、助けに行くしかない。お茶丸が落ちたのは、崖だが。すぐ下に登ることができない急斜面がある。一気に転落はしない。ここを転がったなら、ふもとの方に落ちても……体は傷だらけでも何とか、なるはずだ。とにかく早く見つけて、処置をしないとまずい。もしも、落ちた際に頭を打っていて。頭に異常が起きたら……早く見つけられなくて、手遅れなんてケースは例を挙げようとすればきりがない。数分単位の問題だぞ……!
救急隊なんて、待ってられるか。
僕は地面を蹴り、すぐさま崖を飛び出そうとしたのだが、新美に掴まれた。
「ちょっと! 危ないわよ! アンタもここを転がり落ちて、血塗れになりたいの!?」
「離せよ! 離せ!」
「いえ、離さないわ!」
真摯な眼でこちらに訴えるが、そんなことしてる時間だって無駄でしかない!
「ふざけんな! 今はお茶丸が大変なことになってるんだ! 苦しんでんだ!」
「ふざけてるのはどっちの方よ! 分かりなさいよ! 今、アンタまで怪我したら、誰が怪我だらけで泣いてる、苦しんでるお茶丸を慰めるって言うの!? お茶丸が無事に出てきても、アンタが怪我してたら彼女、悲しむのよ! 回り道にはなるけど、道に沿って降りましょ!」
「分かった……」
ハッと我に返される。そうだ……新美の言う通りだ……。
最初に歩いてきた道。それこそが僕達が通るべき場所。
だが、早く見つけないと……。大変なことになる!
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