第22話 不審者は誰になる?

「で、僕が選ばれると」


 夕方の教室で僕は新美とお茶丸に指を差されていた。新美の場合、僕のみぞおちに指が入っている。お茶丸は僕の頬にぷにっと指が刺さっている状態だ。何を僕が選ばれたか。

 それは……とても大事な役だった。

 僕は熱い煎茶をと醤油煎餅を楽しみながら、作り上げた計画を振り返ってみる。


「ええと、次の土曜日にフミとキサラギをお茶丸の家の近所にある山へと連れてく。で、五人で楽しくしてるところに颯爽と不審者が現れる。その不審者に驚いたフミは『あわわわわわわ』と山の崖みたいな急斜面から落ちそうになる。これはフミがキサラギの気持ちを試すためにやることだね!」

「タチハル、わが一つ少ないわよ」

「新美? そこ、計画に関係ないよな!?」

「ええ! 単にからかってみただけよ!」


 おいおい……一つ新美にツッコミを入れてから、計画の続きを口にした。


「で、そこでキサラギが助けてくれると思ってるけど、キサラギには何か理由を付けて真っ先に落ちてもらう!」

「あれ……落とすの?」


 うんうん……落として……あれ、違うな。確かに一つの恋はキサラギの転落で終わるかもしれないが、それだと僕達自身の人生までもが終わるような気がするんだ。警察に逮捕されて。

 お茶丸は僕の言い間違いに指摘した。


「あっ、素で間違えた。真っ先に逃げてもらう。そうすれば、少しはフミもキサラギのことを少しは幻滅してくれる。それで大事な不審者役が僕なんだよね……うんうん……」

「そうそう」


 五人のところに襲い来る不審者役が僕と……。


「何で僕が適任だと思ったの! えっ、じゃあもう一人、僕の役をやるのは誰なの?」


 新美は間髪入れず解答した。


「タチハルの役は風下教諭を脅して手に入れるわ!」

「意味分かんねえよ! タチハルの役は僕にやらせろよ! ってか、僕を何で不審者役に!?」

「前に顔が怪しいって言っわよね」

「おいおい、新美! ん? お茶丸……?」


 僕が興奮して、彼女にツッコミを何度も入れようとしたところ。お茶丸の方が僕の口に何かを入れる。からんころんと口の中で転がって、渋くありつつも甘い味が僕の心を落ち着かせてくれた。スッキリとして濃厚……この飴は茶飴だ。

 どうやら、彼女は茶飴を僕の口へ放り込んでいたらしい。包み紙を机に置いて、彼女自身も新美も舐めていた。普段、飴は噛んで食べてしまうけれど、今日は丸い形が溶けて無くなるまで味合わせてもらった。


「お茶丸、ありがとな」

「どういたしまして。落ち着きたい時は教えてね。緊張してる時もこれ舐めた方がいいって、ばっちゃんが言ってたから。持ち歩くことにしたんだ」


 今、一瞬お茶丸自身が緊張して人の顔に開いている穴という穴に飴玉を詰め込もうとするビジョンが見えてしまった。ううむ、気を付けよう。

 なんて、そんなビジョン見てる暇はない。今は会議に集中して、完璧な計画を立てなければ。情報の洩れがあってはいけない。


「そうだ。お茶丸、確かフミには伝えてくれたんだよな? 試すってこと」

「うん。大丈夫だよ!」

「で、キサラギには……このこと」


 僕の言葉に得意げな反応をしたのは、新美だった。


「言われる前にちゃんとやってあるから、安心しなさい」

「えっ、新美、前キサラギと話すとゴシップになるから嫌とか言ってなかった?」

「そりゃあ、直接だとね。昨日、メールアドレスは交換したから」


 僕はお茶丸と顔を見合わせる。お茶丸も僕と同じことを思ったに違いない。明るい奴らのノリにはついていけない。よくメールアドレスなんて易々と手に入るな、と。僕がお茶丸のメールアドレスを手に入れるまでにも五年はかかったと言うのに。

 って、そんなことを考えている場合でもない。さっきから、やはり話が回り道をするようだ。気を付けなくては。

 元々の話題は僕が不審者になるか否かの問題だ。そもそも僕や風下教諭が不審者役をするのは意味がないだろう。フミが僕達の正体を見破ってしまったら「あれ、これキサラギくんも分かってるよね。何で分かってないで逃げてったの? まさか、これぞ有名なやらせって奴? そうなの!?」となる。キサラギも逃げづらかろう。キサラギも「あれ、フミ分かってない? ここで逃げたらわざとらしさが……あるよな」って。いや、その時はキサラギを誤魔化して突き落とせば……あれ、何か目的が変わっているような。

 お茶丸が深く悩んでいる僕の心を読んでくれたか。注意してくれた。


「本来の目的はキサラギくんを幻滅させることだからね。キサラギくんと共に崖から飛び降りようなんて考えないでよ! うちの近所がいわくつきになったら嫌だし!」

「ああ……ごめん」

「ちなみに私がとちったら、私が君と一緒に崖から飛ぼうって言うかもしれないけど、止めてね!」


 もう失敗することのこと考えてるし、その上なんか僕がお茶丸と一緒にバッドエンド迎える流れになってるし。ツッコミをしようと思ったが、あまりにお茶丸の目が真剣で。笑うこともできなかった。

 お茶丸が失敗するような要素はないんだよね、と作戦を立てた新美に質問をする。


「で、新美、お茶丸がやることって」


 彼女はミントティーという何とも爽やかな匂いのお茶をいただきながら、僕の話を聞いていた。部屋の中には彼女が食べてるチョコミントの歯磨き粉によく似た匂いまで漂っている。緊張感を刺激した。


「お茶丸は叫ぶのよ。とにかく、不審者がいることをフミの感情を刺激して。本当にいるかのように演出させるの。お互いがやらせなのを気付かれないためにもね」

「で、新美は?」

「ワタシは計画の成り行きを見守るだけ。だって、下手なことしたらタチハルに文句言われるから」

「被害者づらするなよ……前回の全面的に僕がいちゃもんつけただけみたいになってるだろ……えっ、僕が悪かったの……? まあ、いい。じゃあ、あれだ。僕は何を?」

「不審者役が落ちそうになってるフミを引っ張り上げて! 取り敢えず、落ちないようににその辺ぶら下がってるように言っておくから。まあ、崖って言っても急斜面の場所だからふんばってもらえば、何とかなるかしら」

「えっ……フミ、大丈夫なの?」

「そこはフミ、大丈夫でしょ。きっと握力も魔力も強いでしょ」

「すごい適当だな! ってか、魔力ねえし! ってか、本当に僕が不審者かよ」


 新美に簡単に片づけられた言葉だが、嫌な予感がしてならない。こういうことこそ、後で大変なことになるのが物語のセオリーなんだよな。まあ、このことについては落ちないようにガードレールを掴んでもらうとかで、対処法を考えておくか。

 その前に問題は不審者役のこと。茶番が最悪なことにならないためにも、僕が不審者になることは避けておきたい。


「大丈夫よ。ねっ、お茶丸!」

「あっ、一応風下先生からOK貰ってたんだ!」


 ……ということは僕をいじり倒すために冗談を言っていたと。怒る気にもならなかった……というより、心の底に恐怖と言う感情があった。今回はどうやって面倒くさがり屋の彼女を動かしたのだろうか。

 僕が首を傾けると、新美は自慢げに説明してくれた。


「ああ、安心して。今回は風下教諭が学校の金を横領してまーすって嘘で、無実って主張するのが面倒臭かったら、顧問の仕事お願いしまーすって言ったのよ」

「顧問の仕事……」

「マスクとサングラスとコートは用意してあるから、それを付けて襲ってきてくれればいいって言っておいたからね!」


 この計画が知られたら、何を言ってもここの部活動に「放課後お茶会部」なんて名前があること信じてもらえないんだろうな。ついでに部活動顧問の仕事……って、何なんだろうね?


「まあ、それで決まりだな!」


 僕は大声でそう叫んだ。この勢いで皆のやる気を高めるために。自分の心の中で今度こそ、失敗はないと念を押すために。


「あっ、そうだ! 話したいことが……」


 僕が声を上げた後に同じ位の音量でお茶丸も叫んでいた。真っ先に新美が口を開けて反応するが、お茶丸がじっと僕を見つめているのに気付いたか。ニヤニヤしながら、「後はワタシはいいわね」と言って去っていく。

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