第17話 魔法産業は禁止されてますが?

「――ったく、面倒かけやがって」


 決着。ファンサは完全に戦意を失い完全消沈。俺は砂をすべて外へと排出してやることにした。


「ふぇぇぇ……だってぇ……こんな凄い建物がなんだもん。このままの形で残しておきたかったんだもん」


 うん? なんか、さっきまでのファンサと違くない? めっちゃしおらしくなってるんだけど。ふにゃふにゃお姉さん先生の顔になっちゃってるんですけど。


「あの……もしかして、なにかに取り憑かれてましたか?」


 もしかして、図書館の呪いとか、魔物に操られていたとか、そういう感じなのかな? 尋ねると、ファンサは、頬を赤らめてうつむいた。


「ち、違います! 興奮すると、テンション上がっちゃって素がでちゃうんですよぉ」


 素が出ちゃうか。じゃあ、あっちが本性なのか。けど、あれだけの生徒がついてきているのだから、好かれているし尊敬もされているのだろう。


「下手すりゃ反逆罪だぜ。命を懸けるほどのことか?」


「えぅぅ……命を懸けるほどのことなんですよぅ。この図書館は、世界中の学者が探し求めていたものなんですから。それに…………図書館(ここ)には、誰もが必ず足を運ばなくちゃいけないんです……そうすることで世界が変わると思うんです」


 ここに本がなければ、足を運ぶ理由もなくなる。だから、このままの形で残しておきたかった。ファンサは、そう言った。


「なんで、皆がくる必要があるんだ」


「……平和の象徴だからです……」


 いまから3000年もの遙か昔、魔法舎というものがあった。現代の学校のような場所である。国中の優秀な者たちが集まり、魔法と知識を身につけていった。彼らの存在は、民や貴族たちと一線を画し、凄まじく優秀。世界を率いる賢者集団となった。


 それを良く思っていなかったのが、当時の国王だ。優秀すぎる集団は――やがて権力を持ち、国家を転覆するのではないかと恐れたのである。


 賢者たちは迫害を受けるようになった。そして、半ば追い出されるように町を離れ、このクザンガ山へとたどり着いたのである。その数は数千人規模と言われている。


「だから、こんなところにあるのか」


 そして、賢者たちはこのイシュフォルト図書館を『魔法を一切使わずに建築』する。それは彼らの意地だった。魔法を使い、いとも簡単にこれだけの建物をつくりあげれば、やはり恐ろしい集団なのだと思われてしまう。だからこそ、非効率的にも『魔法を使わない建築』で、この図書館を完成させたのである。


 彼らは『知』を重んじた。それは一種の宗教のようなものである。学ぶことこそ生きがい。学ぶことこそ人を豊かにさせると信じていたのである。図書館というカタチは、最初からそうであったわけではない。彼らが知を求めた結果が、数多の本棚を必要とし、図書館という名前に相応しい建築物となったのである。


「リークくん……。魔法を使わずにつくられた図書館……これってどういうことかわかりますか……?」


「……現代(いま)と似てますね。魔法産業が禁止されているみたいな?」


「そうなんです。これは、この国を象徴しているんです」


 賢者たちは、平和を守るため――我々は危険な存在ではないと理解してもらうため。この建物を平和の象徴として掲げたのである。いつか、世界に理解してもらおうと。『知』は危険ではないとわかってもらおうと――。


 この図書館の歴史は、現代に繋がっている。だからこそ、ファンサ教授と生徒たちは図書館を守るために、平和を守るために、占拠という選択をしたのであった。


「この図書館は、完成するまでに100年かかっています。それは、ここにある資料でわかりました。彼らは、ずっとずっと平和を守り続けたのです。理解をもとめていたのです。魔法を使えば、1年もかからずに完成したのに、子々孫々の人生をここに捧げたのです。そして、知を置いていってくれたのです」


 ここにある本のほとんどが、彼らの書いたモノ。迫害された彼らの唯一の娯楽が『書く』ことだった。『学ぶ』ことだった。


「この世でいちばん強欲なのは学者です。彼らは、富や恋人、家族さえも犠牲にして知識を増やそうとします。欲望を抑えきれない人種なのです。それらが100年もの間、非効率的で生産性のない『建築』に人生を捧げるのは地獄に等しいです。先生も学者だからわかります。普通なら発狂ものです」


 けど、それでも学者たちは、自らの意思で非効率建築を貫いた。世界の平和を願ったからだった。


「わかります」


 建物を見た時、凄えって思った。本の数を見た時、やべえって思った。これだけの規模の図書館をつくるだけでもたいしたものだが、それを建築に興味のない賢者連中が、ひょろい身体で完成させちまったんだから。


「だから、守らなきゃって……ここに足を運んでもらわなきゃって、思ったんです」


 歴史の重みを考えさせられる。なんだか俺も、この図書館はここにあってもいいんじゃないかって思ってきた。やりかたはいくらでもあるだろう。道を整備して、足を運びやすくするとかさ。


 けど、同時に偉い人たちの気持ちもわかってしまう。それは、俺が領主の息子だからだろう。テスラとて、この歴史をわからないわけがない。それでも、本の移動を決めたのは、国王陛下の命令があったからだ。もしかしたら、テスラだって、少しぐらいは国王陛下と交渉したのかもしれない。


 うーん、胃が痛い。これが中間管理職の苦労か。テスラの気持ちもファンサの気持ちもわかってしまう。このままだと、ここにある大量の本はバルティアへ移動。要するに資料としての価値しか残らない。建物も、本がなければかなりさみしい感じになってしまうし、それだけだと歴史の重みを感じてもらえない。


「……仕方がない。ここはひとつ、俺が悪者になるか」


「え? も、もしかしてリークくんがテスラ様と交渉してくれるんですか?」


「しないよ。俺が逆らったら、ぶん殴られちゃう」


「じゃあ――」


「先生としては、この建物の本はセットって考えなんだよな?」


「そう、ですけど……?」


「まあ、誰もが納得ってわけにはいかないけど……ちょっとやってみるよ。怒られるのも、責任を取らされるのも、俺ってことで――」


 いやあ、どうかな。俺の責任で終わればいいけど。下手すれば、ラーズイッド家が大顰蹙を買う。テスラに殺されるかな。っていうか、これも魔法産業禁止法に抵触するのかな? ま、いいや。殺されそうになったら逃げよう。


「なにをする気なんですか?」


「ん? 引っ越し?」



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