第24話 労働力三倍だーッ!
その日の夜。俺はソファに寝っ転がりながら、集めた書類に目を通していく。ちなみにククルに膝枕をしてもらっている。
「リーク様、本当に大丈夫なのですか? 資金のほとんどを準備費用に回してしまって」
「へーきへーき。俺の予想では、余裕で回り始める」
「ククルは心配です。万が一にも失敗したら……あの獅子女のあざ笑うかのような顔が目に浮かんできます」
「もともと、不可能なミッションなんだよ。めちゃくちゃなことでもしなけりゃ、絶対に成功はないよ。ま、テスラ様のおかげで上手くいくかもな」
「テスラ様のおかげ?」
「あいつが、この町の民を育ててくれたおかげだ」
民こそ宝とはよく言ったものだ。町の人たちが活き活きと働いているのは、偏にテスラのおかげだろう。彼女のエネルギッシュな行動力が、民を突き動かしている。彼女自身が民を宝だと信じているからこそ、輝いているのだ。
それは、学院の生徒たちを見て思った。連中は、決して向こう見ずな若人ではない。己の使命や、純粋な楽しさから動いている。だからこそ、一年間の無償奉仕も、むしろ嬉々として受け入れたのだ。
「よし、まずはここから攻めてみるか」
俺が見ている書類には、恰幅の良い中年の写真。この町で中規模の食品店をチェーン展開しているガレオン商会の社長だ。恰幅の良い髭親父で、着ている服はベルトチカの店。随分と外見――見栄を気にしている人物と見た。。
「さて、営業ってのはやったことないが……どうなるかな」
そう言って、俺は笑みを浮かべた。
☆
ガレオン商会は、バルティアを中心に12の店を展開する中規模チェーン店である。扱っている商品は主に野菜や果物。流通に関しては独自のルートを持っており、安くて高品質な品物を販売している。社長はガレオン・マルティネス。豪腕社長として有名であり、貴族連中とのコネクションもある。
「ううむ……やはりギルドに頼むと華がないな」
ガレオンは、社長室の椅子に腰掛け、書類に目を通していく。
「テスラ様のように、ビシッとした品行方正な護衛を付けることはできんものかのう。これじゃあ、他の町に行っても、いまいち格好が付かん」
遠征が多いゆえに、ガレオンは常々『護衛』に関して頭を悩ませていた。バルティアは裕福な町なので、金持ち連中はこぞって『格好の良い護衛』を欲しがっている。見所があると、すぐにお抱えにして手元に置いてしまう。テスラの私兵など精鋭揃いだ。強いだけでなく礼儀正しい。どこに連れて行っても恥ずかしくない。
度々ギルドに人材の派遣を頼んでいるのだが、送られてくるリストには、ろくな奴がいなかった。この前の護衛など、移動中は常に酒を飲んで酔っ払っていた。取引先の社長の屋敷へと遠征した時は、玄関の前で待機を命じていたのに、勝手に屋敷を歩き回ってメイドを口説いていた始末。おかげで大恥を掻いた。
金ならそこそこ払えるのだが、人材不足は否めない。こうなったら、テスラ様にお願いして、私兵をお借りすることはできないだろうか。強さと気品を兼ね備えた人材が欲しいのだが――。
ふと、扉がノック。秘書が入ってくる。
「社長、失礼します」
「どうした?」
「リーク・ラーズイッドという青年がお会いしたいと……なにやら、大勢を引き連れてやってきていますが……」
ラーズイッド? ああ、たしかテスラ様のもとで世話になっている奉公人か。時期伯爵という噂も聞くし、会っておいても損はないだろう。
「通しなさい」
許可すると、やがてリークとやらが、大勢の若者と一緒に社長室へと入ってきた。
「はじめまして。自分はリークといいます」
「お噂は聞いております。ラーズイッド卿の御子息でしょう? まさか、わたくしの会社に足を運んでくださるとは……いやあ、お会いできて光栄です。ガレオン・マルティネスです」
握手を交わすガレオンとリーク。
「しかし、これはまた何用で?」
「ええ、実はガレオン社長が人材をお捜しと聞いたもので」
「ギルドで募集しているのを知られてしまいましたか。――実は、近々マルイトの町で商談がありましてな」
貴族の所有する土地を買い取り、出店するという大事な商談なのだ。献上品という名の高価な積荷もあるし、失敗はできない。
「わかります。身元がしっかりした護衛が必要ですよね。しかし、ギルドも人材不足でしょう」
肩をすくめるガレオン。恥ずかしい限りだ。成長企業を気取っているが、こういった小事に頭を悩ませてしまっているのだから。
「ならば、ちょうどいいと思います。我がリーク・ファンドなら、ご期待に添える人材をご用意できるかと」
微笑むリーク。指をパチンと鳴らすと、若者の中からふたりの男女が歩み出る。凜々しき男子と、煌びやかな女性。背景に華が咲くかのようにふたりであった。
「え、ええと、彼らは?」
「名門シルバリオル学院の生徒です。彼はトニーク。彼女はアーニャ。どちらも、学院の戦闘試験でA判定をもらっております」
A判定というのは、シルバリオル領内に出現するAクラスの魔物と一対一で戦って勝ったという証明である。要するに、護衛として十分な力を持っているということである。それがふたりもいる! しかも容姿端麗! そして、学院の生徒というお墨付き!
「トニーク、魔法を見せてくれますか?」
リークが言うと、トニークは、掌の上で炎を出現させる。それはやがて凄まじい熱を帯びる大火球と化す。社長室が、一瞬にして灼熱の砂漠の如く温度が上昇した。
「もういいですよ。――ああ、そういえば、きみたちはマナー試験もA判定でしたっけ?」
リークが問うと、ふたりは天使のような微笑みで頷いた。
「魔法の実力は超一流。身元もしっかりしている。さらにいえば、彼らの場合見目麗しい。誰もがうらやむ護衛となるでしょう。雇ってみてはいかがでしょうか?」
「す、素晴らしい!」
ゴロツキ傭兵を商談に連れて行ったら、この程度の奴しか雇えないのかと笑われる。商談相手はもとより、宿泊する宿屋やレストランでもだ。けど、こいつらなら、胸を張って堂々と自慢できる!
「しかし、なぜシルバリオル学院の生徒が護衛を?」
「わけあって休学中なのですよ。テスラ様の御存じのこと――というよりもテスラ様のお達しです。しかし、なにもしないわけにもいかないので、ビジネスを学ばせようと思いました。――偉大なるガレオン協会でしたら、彼らの才を高く買ってくれると思い、優先的に案内させていただきました」
なんとも渡りに船の話だった。ギルドに募集を出しておいて良かった。いや、このリークという男が優秀なのか。よくもまあ、調べあげたものである。
「ぜひ、雇わせていただきたい! できれば、あとふたりほど――」
「いいでしょう。ちなみに、料金の方はこのぐらいになりますが」
リークは、契約書にサラサラとペンを走らせ、金額を提示してくる。
「む……少々高くはないですか? 学生でしょう?」
「学生ですが、傭兵も霞むAクラスの上、身元もしっかりしています。むしろ、安いぐらいでしょう」
「そうか……いや、考えてみればAクラスの人材を雇うこと自体、滅多にない機会ですものな」
契約成立。実際、ガレオンとしてはかなりありがたい。休学中というならば、これを機に長期的な契約を結びたいぐらいだ。
「ご契約ありがとうございます。他にご用命はございますか? 例えば……数学に強い者、文学に強い者、古代語に詳しい者も、法律に詳しい者も、たくさんおりますよ? 誰もが優秀ゆえに、相場よりは高いですがね。――ああ、他に人材に困っている社長さんを御存じではありませんか?」
☆
こうして、俺は何件も会社を回り、シルバリオル学院の生徒を、労働者として雇ってもらっていった。完全な適材適所だ。得意なことや興味のあることを仕事にする。はっきり言って学院の生徒は若くして、町でもトップクラスの人材。得意分野に関してはすでにプロフェッショナルの即戦力。
数学に強い生徒なら、三日分の経理の仕事を一日で終わらせてしまう。翻訳なら辞書なしでやってしまう者もいる。戦闘に関しては俺のお墨付きだ。生徒たちも仕事を学ぶことができて、楽しいと言っていた。
――で、優秀だからこそ、高値で雇ってもらえる。城壁建築に携わる労働者は日当7000~10000ルクぐらいなのだが、生徒たちはかなり特殊な技術や知識を持っているので30000~50000ルクぐらいで雇われる。
なので、43人の生徒を働かせることで、その3倍以上の労働者を雇う金が手に入るのだ。ヒョロガリ生徒を、そのまま肉体労働させるよりもずっと効率的。建築関係の肉体労働者も、素晴らしい技術と身体を持っているので、生徒たちよりも効率よく建築ができる。生産性マシマシだ。
「くくくっ、ふふっ、凄いです。凄いですよリークさぁん。このような運営方法を見たことがありません。これがラーズイッド家のやりかたですか? 素晴らしいじゃあないですかぁ。というよりも面白いでぇす。これは時代を変える働き方になりますよぉ!」
ランチ時のレストラン。気分が高揚しすぎて、ハイテンションモードになっているファンサ先生。他のお客さんが見てるので落ち着いてください。落ち着く気配ないですけど。
「たしかに凄いです……。生徒たちの収入で、約200人の労働者を雇えてます……こんな方法があったなんて……」
ミトリも驚いているようだ。けど、これは無償で奉仕してくれる生徒たちの存在があってこそだ。
「しかし、リーク様。それでも人手不足は否めません。やはり、テスラ様に資金援助をお願いした方が」
「なに言ってんだ、ククル。これは俺の意地だぜ。絶対にあいつには頼まない。泣きついたら、どんな嫌味を言われるかわからないからな」
「今後のことを考えると、苦しいのでは?」
「あくまで俺の方からは頼まないだけだ。――そのうち、あいつの方から『金を出させてください』って、お願いしてくることになる」
俺は、にやりと悪そうな笑みを浮かべた。
「テスラ様の方から?」
「ああ、俺の計画を進めると、そうなるぜ。きっとな」
「ならば、今後はいかがなさいますか?」
俺は得意げな表情で語る。
「ミトリは、引き続き採石場の建設を続けてくれ」
「はい! 任せてください! なるはやで完成させます!」
「そして、ファンサ先生には頼みがある」
「うふふ、なんでも言ってくださぁい。リークくんの思考と行動は実に興味深いです」
――俺はファンサにやってもらいたいことを説明する――。
「――なるほど! それは、やってみる価値がありますね!」
「ああ、夢と未来を売るんだ。こいつはいい商売になるぜ? んで、誰も不幸にならない。ここからさらに、労働者は増えていくぞ」
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