第28話 天才と天才の駆け引き

「あ、あの、それなんすか?」


「土産だ。採石場にあったのを持ってきた」


 ひょいと投げる獅子姫様。ダルコニア石が、ズシンと地面に落下する。まるでヤスリでもかけたかのようになめらかで綺麗だ。


 テスラの凜々しく美しいお顔に男性たちはときめき、はたまた男前な行為に女性たちはうっとりする。さすがは領主にして町一番の人気者である。


「リーク・ラーズイッド。そして、シルバリオルの民たちよ。日々の仕事、まこと大儀である。このプロジェクトは、我らが世界に名を馳せるための一大事業だ。一丸となって働いてくれることを、この上なく嬉しく思う」


「ありがとうございます」


 俺が恭しく跪くと、町の人たちも倣った。テスラが、懐から布袋を取り出し、俺へと投げつける。キャッチして中身を覗くと、そこにはピカピカの金貨が大量に入っていた。


「それは、民への労いだ。今宵は、それで贅沢をさせてやれ。仕事に関わった人間と、その家族すべてだ。いや、この際だ。この仕事に関わっていると思う人間なら、自己申告で誰でもヨシ! とにかく、英気を養ってくれ」


 これ、たぶん100万ルクぐらいあるぞ。マジか。


「ありがとうございます。――みんな、今夜は宴だ! ククル! 会場の手配を頼む」


「かしこまりました」


「うおおおおぉぉぉッ!」「テスラ様万歳! 万歳!」「さすがはテスラ様!」「我々、リーク様と共に、粉骨砕身がんばります!」「感謝いたします!」


 凄えな。うちの主。こんなことをしたら、さらに労働力が集まるぞ。


「――おい」


 テスラが指を鳴らして合図する。すると、親衛隊と思しき連中が、いくつもの鞄を抱えて現れた。そして、彼らは鞄を開け、逆さまにする。中から大量の金貨がじゃらじゃらと流れ出ていく。次々に鞄が開かれ、やがて俺の目の前に金貨の山が現れた。


「こ、これは……」


「1億ルクある。言っておくが、民の税金ではないぞ。れっきとした私財だ。これで城壁に私の名前を刻め。誰よりも高くだ」


 なるほど、さっきのピカピカなダルコニア石は、そのために持ってきたのか。


「本気ですか?」


 私財から1億……。どうやら、俺の働きを認めてくれたようだ。ちょっと嬉しくなる。けど、俺は侮辱されたことを忘れていない。ここらでちょっと意地悪させてもらおう。


「どうした、リーク。不満か?」


 俺は、笑みを浮かべる。


「天下の領主であるテスラ様にして少ないですね。歴史的建造物の頂点に名前を刻むのですよ? それが1億とは……テスラ様にとって、城壁の価値はこの程度ですか?」


 きょとんとするテスラ。けど、次の瞬間、彼女も悟ったようだ。同じように笑みを浮かべる。頭のいい領主で助かる。


「くくっ。たしかに、ケチな買い物をするところだった。ならば10倍。――10億で頼もうか」


「じゅ――」「マジか……」「この城壁に、それほどの価値が」「やっぱり、テスラ様も本気なんだ」「歴史に残るぞ」「凄いわ!」


 カリスマ領主が値段を付ければ、それが今後の基準となる。一気に値段を上げることができる。テスラは、それを察したのだろう。ゆえに先行投資。大金を使えば、それだけ多くの金が集まる。そして、より堅牢な城壁ができる。さらに繁栄もする。やっぱ凄いな、テスラは。


 ――でも、すぐには払えないから詭弁を尽くす。違うかな?


「しかし、まだプロジェクトは始まったばかりだ。この建築が本当に歴史的建造物になるかどうかは、リークの手腕にかかっている。完成を見てから、決めさせてもらおうか。その1億は手付けだ。この私に残りの9億を出させてみろ」


「もちろんです。その9億は、もちろんテスラ様のお財布からですよね?」


「無論だ」


 さすがはテスラだ。いかにシルバリオル家とはいえ、いきなり10億ルクも用意することなどできまい。だが、完成は10年後。彼女は、おそらくそれまでに国を豊かにして、私財を増やせると踏んだのだろう。


 狐だ。いや、賢王だ。領主自らが、大金を払うことによって、それだけの価値があると民に示している。この出来事は、かならず噂になる。そして、明日の新聞には必ず掲載される。


「いいか! 必ずや偉大な城壁をつくりあげろ。完成したあかつきには、臣民一体となって喜びを分かち合おう! シルバリオルは、必ずや世界最高の町となる! そして、その礎をおまえたちが築くのだ!」


 民たちが、一斉に湧き上がる。町中から、何事かと人々が集まってくるのであった。



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