第27話 私財経済ぼく万歳
「はーっはっはっは! 上手くいったな!」
俺は、つくられていく城壁を見上げながら、高笑いを打ち上げる。
現在、立てこもり事件の無償労働学生が43名。放課後に仕事をしてくれる学生が419名。それらが資金を稼いでくれている。その集まった資金で約1500人の工員を雇うことができた。
ボランティアスタッフも1000名ほどいる。彼らは、食事の支度や道具の手入れ、簡単な資材の加工などをしてもらっている。
工員以外は、正直に言って『ぬるい』仕事だ。というよりも、あえて『ぬるい仕事』をしてもらっている。中には、子供と一緒に労働者の食事の準備をしたり、遊び感覚で工作もしている。それでいい。町一丸となって楽しまなければ、このプロジェクトは成功すまい。
「さすがはリーク様。内政も一流であることを証明なさいましたね」
にっこりとククルがアイスティーを渡してくれる。
「いや、これは俺の力じゃない。みんなのおかげだ」
これはマジ。大勢の人たちのおかげ。俺は、ほんの少し知恵を落としただけ。それを拾って膨らませたのが、ククルやミトリ、ファンサ――そして、バルティアの町の人たちなのである。
「けど、いちばん凄えのは、テスラだな。やっぱ、あの人は桁違いだ」
「テスラ様が……? あの人はリーク様に仕事を丸投げしただけでしょう?」
これは貴族というか、上に立つ職業をしたことがない人間でないとわからない。俺が、これだけの人間を動かせたのは、彼女が民を裕福にさせていたから。そして『民度』を上げておいてくれたからだ。
ここでちょいとばかしカンタンなお勉強。人間の行動原理っていうのは『欲求』だったりする。で、その欲求には段階がある。段階によって、人々の行動は変わる。
一段階目は『生存』だ。人間の三大欲求である『食欲』『睡眠欲』『性欲』が行動原理。民度の低い領地の民は、こればかりを望んで行動する。ほぼ動物である。領主が圧政を敷いていると、治安もクソもなく、ただその日を生きるために必死な民で溢れかえる。
それらが満たされた民は二段階目へ。次は『安心』を求めるようになる。安定した食糧供給のために畑をつくったり、家を建てたりする。要するに『財』を成そうとするのである。適当に運営している領主でも、この辺りの民度はキープできる感じだ。
安心安定を手に入れた町は三段階目へ。今度は『社会』を求めるようになる。人間同士の繋がりだ。コミュニケーションやコミュニティを欲しがるようになるのである。要するに生きるために必要な要素が揃っているがゆえに、今度は『心』を満たそうとするのである。ちゃんと領主が仕事していると、このレベルの民度が期待できる。
そして四段階目。『承認』である。社会の中で『賞賛』『評価』を求めるようになる。貴族だと手っ取り早く金をばらまいたり、民レベルだと人に親切にしたり、正義感に走ったり、悪目立ちしようとしたりするのである。
バルティアの民は、四段階目以上の精神レベルを持っている。生活に不自由なく、社会との繋がりを大事にした上で、誰かに賞賛されたいという民度。なので、ボランティアという行為も疑問なく受け入れてくれるのである。
ちなみに、俺の実家のラージニア領は、三段階目ぐらい。今回みたいなことをやっても、それほど人は集まってこなかっただろう。ゆえに、これだけの豊かさをつくりあげたテスラの功績が偉大なのである。バルティアの民は、四段階目と五段階目の間ぐらいなのだ。
あ、ちなみに五段階目は『自己実現』ね。自身が成長して、やりたいことをやって夢を叶える人たちのこと。学生たちに多かったよ。
ちなみに、さらにその上の段階もあるんだけど、ここでは割愛。現状、俺の知る限り、その段階に至っているのはテスラぐらいなんだろうなぁ。
ってなわけで、俺はそんな素敵な民に囲まれているからこそ、このアイデアをひねり出したのである。これが、満たされていない民だったら、ボランティアや勤労奉仕などやっている暇などなく、とにかく金でしか動かなかったろう。余裕がないから仕方がないのである。
――凄いんだよ。この町は。
だからこそ、俺はそれらを利用するのではなく、欲求の満たせる環境を与える。学生たちには、自分のやりたいことや、賞賛されるような仕事を紹介する。
中にはヒョロガリなのに、現場を受け持ちたいという生徒もいた。ぜひとも挑戦してもらうようにしている。やりたいことをめいっぱいやらせてやるのだ。
――そして、金持ちや貴族連中からは、次々に寄付が集まってきている。城壁に名前を刻んで欲しいと。
貴族は虚栄心の塊だ。歴史的建築物に、民の名前が残されるのに、自分の名前がないのは我慢ならないだろう。そして、民よりも下に記されるのも我慢ならないゆえに、少しでも高いところに刻んでもらうために、より多くの金を出すのだ。
おそらくだが、この『城壁に名前を刻むビジネス』は、完成までずっと回り始める。シルバリオル領は、これからも繁栄の一途をたどるだろう。経済も発展し、余所の町から人々が集まってくる。それらが城壁を見れば、自分も名前を刻んで欲しいと申し出てくるに違いない。人口が増えれば増えるほど、動かせる資金も増えるのだ。
それだけ、この歴史的プロジェクトに金を出したい奴が大勢いる。超長期目線のクラウドファンディング。リーク・ファンドの誕生である。
問題は、シルバリオルが豊かになりすぎて、うちのラージニア領からも人々が移動してしまうのではないかというのが心配である。隣の領だし。まあ、うちはうちでなにか方針を打ち出せば良いだけなのだ。俺が領主になったら、観光業にでも力を入れるか。
「そういや、リークさん。あっしらの名前も刻んでくれるんでしょうな?」
額に汗を浮かばせた大工が、休憩がてら俺に話しかけてきた。
「この仕事で、いちばん貢献しているのは、あっしら大工ですもんな。貴族も及ばない、いちばん高いところに刻んでくださいよ」
うん。俺はきっぱりと断る。
「ダメだ」
「へ? な、なぜですか? 言っちゃあなんだが、この工事は、あっしら大工がいなかったら完成しませんぜ? 貢献度に応じて、評価してくれるんでしょう?」
「あんたは、対価を受け取っているだろう?」
学生は、受け取るはずの賃金を一切もらっていない。無償で働いているのだ。金持ち連中も、財産を切り分けて与えてくれている。つまり志を『いただいている』のだ。
しかし、大工たちには金を『支払っている』。ちゃんと労働の対価を渡している。
「学生たちもボランティアも、1ルクすらもらっていない。だから、その対価として名前を刻む。けど、あんたたちには賃金があるだろう?」
「そ、そんなことを言っても、あっしらにも生活が……」
「じゃあ、仕方がないだろ。名前を刻まれるのは、金のためではなく国のために貢献できたものだけだ」
融通を利かせれば、町の人たちが安易に名前を刻みたがる。それではむしろ、無償で働いてくれる人たちに申し訳が立たない。
俺の態度が冷たいように感じられたのか、周囲の労働者たちが集まってくる。そして、その中から、よりいっそう威勢のいい男が近寄ってきた。
「おうおうおう、ラーズイッドの坊ちゃんよう。話は聞かせてもらったが、なんて言い草だ。俺の会社に恩義を感じねえっていうのかい?」
城壁建築の中心を担う建設会社の社長が勇んできた。
「おたくの会社には、ちゃんと給料を支払っているだろ」
「金の問題じゃねえんだよ。気持ちの問題だ。がんばっているおいらたちに、ちょっとは便宜を図ろうって気はないのか? そしたら、やる気も違うってもんだ。嫌だっていうのなら、こちとら社員全員を引き連れて、帰っちまってもいいんだぜ? へへ」
腕も評判もいいはずの社長だが、阿漕な商売をしてくれるものだ。
「別にいいよ」
「へ? こ、困るのはそっち――」
「俺も学生たちも、ボランティアも国のために無償で働いてる。無償で働けない人には、金を払って働いてもらっている。それだけの話だ」
「ぬぐ……若造が……」
「けど、やる気が出ないっていうのなら、方法はあるぜ」
「あ?」
「寄付してくれよ。この普請で、かなり儲かるだろ」
「そ、それはまあ……」
「寄付の金額によっては、城壁のいちばん高いところに会社名と社長の名前を刻むよ。んで、そこからずらりと役員や社員の名前を入れていく。歴史にも残るし知名度も上がる。広告費としては、凄い効果的だと思うけどな」
「……そ、そりゃ、悪くねえな」
城壁をチラリと見て、ほのかににやける社長。
「ま、まあ、検討してみよう。だが、あんまし若造が調子にのるんじゃねえぞ」
「俺たち若造を支えてもらうのに、社長みたいな人間の力が必要なんだ。頼むよ」
まんざらでもないといった感じの社長だった。
ククルが、俺にだけ聞こえるように言う。
「さすがは、リーク様ですね。寛大な対応です」
「誠実に運営して、事実を述べるだけ。たいしたことはしてないよ」
ケチっている気持ちも、強欲な気持ちも一切ない。正直なところ、このプロジェクトに関しては自信がある。つくりあげていく過程で、金以外の価値を手に入れてもらう。充実感と経験。心の豊かさ。そして、企業は知名度を手に入れる。いや、絶対に手に入れさせてみせる。これは、責任者たる俺のプライドだ。
「お、おお……」
ふと、民衆がどよめいた。何事かと振り返る俺とククル。するとそこには、巨大な岩を担いでテスラが現れたのだった。
なにあの長方形の岩。2、3トンはあるんじゃね。テスラの歩いた跡が、めり込んでいるんですけど?
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