第29話 宴や歌え
「宴だぁあぁぁッ!」「ひゃっほー」「テスラ様万歳! シルバンティア万歳!」「私、この町に生まれてきてよかったー!」「リーク! おまえもすげえよ!」
その日の夜、建築に関わった労働者、道具屋、ボランティアなど、すべての人々を集めた大宴会が行われた。
場所は、広場に面したレストラン。貸し切りにしても入りきらないので、シルバリオル家の屋外用テーブルを大量に広場へと設置。それでも足りないので、野営用のシートなどを広げる。
その規模を見て、さすがに100万ルクでは足りないと思ったのか、テスラはさらに400万ルクを持ってきてくれた。この人、派手好きなのか、こういうのを渡す時は、大勢の前でじゃらじゃらとバブリーに見せつけてくるんだよな。
うん、すっげーわかってる。そういうエンターテイメントが、人々の気分を高揚させるって。さらには、屋敷にあったワインとビールも樽ごと大量に運ばせたのだ。
3000人規模の大宴会となったのだが、大広場ということで、それなりに人は通過する。何事かと物珍しく眺めている人々を巻き込む。おまえも飲めや歌えと、広場のあちこちで大衆を巻き込み始める。細かいことは言いっこなしだ。これはもはや祭りだった。凄まじい熱気がバルティアの町を包み込んだ。
「かんぱーいっ!」
俺とククル、ミトリはガコンとジョッキをぶつけ合う。ちなみに、俺は16歳だが、この国では15歳からアルコールOK。
「くはー! 労働のあとのいっぱいは最高です! ね、リークさん!」
「ああ、こういうのも悪くないな」
一日中動き回ったり、頭を使ったりするのは大変だけど、充実感がハンパない。あの図面どおりに城壁が完成することを想像すると、ワクワクしてくる。人に仕えるって悪くない。テスラの金を使って、こっちは好き放題できるんだ。要するに勉強と経験が積める。で、喜んでもらえる。
「そういや、テスラはこないのか?」
俺が尋ねると、ミトリが答えてくれる。
「お姉ちゃんは仕事があるみたいで、あとから参加するみたいです。ささ、リークさん! もういっぱいどうぞ!」
そう言って、ミトリが空になったジョッキにビンでビールを注いでくれる。
「ミトリ様……。リーク様に、あまりお酒を飲まさないよう。まだ若い御身ですので」
「うへへへ、堅いこと言いっこなしですよう。ね?」
そう言って、顔を赤くしたミトリが抱きついてくる。もう酔っ払っている? さらには、とろりとした瞳で、さりげなく胸をこすりつけてくるのだが、すーりすりと。
「リーク様。お気を付けください。ミトリ様は酔ったフリをして、いやらしい行為を仕掛けてきているだけですからね。ただのド変態です」
「にゃ! 酔ったフリじゃないですよー。もう、べろんべろんでぇす。んっ、がんばってるリークさんに、ちゅー」
ミトリのお熱い行為を見て、周囲の観衆たちが「ひゅーひゅー」とか冷やかしてくる。この酔っ払いどもめが。
唇を近づけてくるミトリ。間髪入れず骨付き鶏を差し込み、阻止するククル。
「んー、香ばしい鶏のにほひ……って、ククルさん! なにをするんですかぁッ!」
「道化を振る舞うのはおよしください。ミトリ・コラットルがその程度の酒で酔わないことなど調査済みです。酒豪と呼ばれるほど、お酒に強いのですよね?」
「ななな……ッ」と、狼狽するミトリ。
「ちゃ、ちゃんと酔ってますもーん! 酔ってるったら酔って――」
「今年のワイン飲み比べ大会の若者の部で優勝したのは誰ですか?」
言って、ククルが大衆を扇動するかのように「せーの!」と誘発する。すると――。
「「「「「「ミトリ・コラットル!」」」」」」
示し合わせたかのように、大衆が叫んだ。彼女が酒飲み大会で優勝したことは、案外有名らしい。わんだほ。マジか。
「ビールの一杯や二杯で酔うものですか。ささ、リーク様。お酒は、ほどよく楽しんでくださいね。おつまみもバランス良く」
そう言って、静かにサラダを取り分けてくれるククル。
「ぬぐぐぐ、おのれククルさん……ッ! またしても私の邪魔を……こ、こうなったら勝負です! 第二回リークさん争奪戦です!」
突如として、試合開催を宣言するミトリ。大衆も騒ぎたいのか、歓声を持って歓迎している。
「もし、私が勝ったら、リーク様との結婚をあきらめてくださいますか?」
「いいですよ。もし、このミトリ・コラットルが負けるようなことがあれば、1週間だけリークさんとの結婚を諦めます」
一週間後からは、また強烈なアプローチが始まるのか。
「1ヶ月なら受けましょう。1ヶ月、結婚の話はナシということで」
1ヶ月でいいのかよ! 俺としては『結婚』とかいうキーワードに振り回されたくないので、数年単位でお願いしたいのだけど。
「に、2週間で!」
値切り始めた!?
「1ヶ月で。譲りませんよ? 仕掛けてきたのはそっちですから」
「1ヶ月……わ、わかりました! その代わり、種目は私が決めさせてもらいますよ?」
「どうぞ」
「じゃあ、飲み比べ対決です!」
うわ。おとなげない。めっちゃ自分の得意分野に引っ張り込んできた。どう考えても、町のジュニアチャンプに勝てるわけがない。なのにククルは――。
「いいですよ。それでは、飲み比べ対決と行きましょうか。ワインは苦手なので、何を飲むかは、私が決めてもよろしいですか?」
――なんのためらいもなく、承諾してしまったのである。
「いいでしょう! かかってきやがれなのです!」
「ああ、あと、貴族であらせられるミトリ様には縁のない話かもしれませんが、吐いたりとか、吹き出したりとか『排出』するような行為は即敗北でいいですよね?」
「当然です! その時は、即敗北なのです!」
こうして、第二回『俺』争奪戦が始まるのだった。
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