第31話 噴水ダイブ

「べ、別に、そんなことッ――」


「飲んだ量を考えれば、身体も水分を排出したくなるでしょう。そういえば、ルールは『出したら負け』でしたよね。……ブラックアルコン、上から出るか、下から出るか。どちらにしても敗北ですよ? ねえ、ファンサ教授」


 同意を得るように、確認するファンサ。


「なるほど。たしかにククルちゃんの言うとおりでぇす! 排泄行為も排出には違いありません。ルールに則れば、トイレに行った瞬間、即敗北。ククルも鬼ですねぇ。まさに拷問官の如き所業。まさか、このよう爆弾を仕掛けていたとは。クレバーですねぇ」


 対決終了まで、あと24分。我慢するのはつらい。そして、なんかの文献で読んだことがあるが、男性よりも女性の方がトイレを我慢するのがつらいそうだ。


「う、うう。お、おトイレなんて、行きたくなるわけが……うぐぐ」


 男性は、早くトイレに行きたくなるのだが、そこから我慢できる時間が長い。女性は男性よりもトイレに行きたくなるタイミングが遅いのだが、我慢できる時間が短い。ゆえに、一度トイレに行きたくなってしまったらお仕舞いなのだ。


 そして、ククル・ティスタニーアは、それを説明することで、深く突き刺さるよう意識させる。まさに拷問官。取調官。精神的圧力をかけて、じわじわと追い詰めていく。


「あらあら、お辛そうですねえ? ブラックアルコンの原料は珈琲豆。かなり濃いんですよね。カフェインは、利尿効果がありますから、我慢するのもおつらいでしょう」


「~~~~~~~ッ!」


 うん、ブラックアルコンを飲むと、トイレに行きたくなるんだよなぁ。実家のラージニアでは、ブラックアルコン祭りなるものがあるが、毎年トイレに行列ができている。それぐらい、効果があるのである。


「う……ううっ……」


 スカートを抑えるようにして、もじもじと足を交錯させるミトリ。


「さて、終了が待ち遠しいでしょう。カウントいたしましょうか。あと、20分。1200秒ですね。1、2、3、4――」


 ミトリにとっては、ここからが本当の地獄となるだろう。


「こ、これが狙いですかッ!?」


「大衆の前で漏らすか、それともギブアップして解放されるか。あるいは膀胱が破裂して死を迎えるか。負けを認めたところで、せいぜいリーク様との結婚話ができなくなるだけです。それも、1ヶ月程度。しかし、漏らしてしまえば、お嫁には行けませんねぇ。死んだら元も子もないですねぇ。頭の良いミトリ様なら、いかようにするのがベストか……ご理解いただけるかと」


 メリットとデメリットを説明し、ギブアップこそがもっとも傷口が少ないと理解させるという精神攻撃――いや、救いの道を示している。


 戦で言うところの罠。完全包囲をした上で、逃げ道をつくってやると、敵部隊は自然とそちらへ誘導されるという頭脳戦。それを、飲み比べ大会で実戦している。


「98、99、100。ふふ、やっと百秒。あと1100秒ですか」


「まだ、100秒……ッ?」


 飲み比べ大会が、我慢比べ大会と化した。大衆もそれに気づいている。


「ミトリ様ッ! がんばれ!」「尿意なんかに負けるな!」「やめろ! それ以上は命に関わるぞ!」「ドクターストップしろ!」


 ミトリファンが、白熱し始めた。だが、ククルの攻撃は収まらない。トドメと言わんばかりに次の作戦を発動する。


「手が止まっていますよ、ミトリ様。……嗚呼、飲み比べ大会だというのに、これでは皆様も退屈でしょう。……盛り上げる必要がありますね」


 ククルが、パチンと指を鳴らす。すると、シルバリオル家の使用人たちが、示し合わせたように動き出した。どうやら水門を作動させたようだ。噴水中央にあるドラゴンの口からジャバジャバと水が滝のように流れ始める。


「あっ、あっ、あっ――」


 水の流れる音は、放尿を想起させることによって、尿意を誘発させる効果がある。これによって、ミトリの膀胱は限界を迎える。


「ミトリ様。お嫁に行けなくなる前に、ギブアップを――」


「な、なにを……このぐらい、我慢して――っていうか、これでお嫁に行けなくなるなら好都合! お父様に知られたら、自由恋愛も可能に――」


 吹っ切れるミトリ。いや、それってどうなんだ?


「いいのですか? コラットル卿は、もしかしたらさらなるゲテモノを用意するかも? 放尿オーケー、お漏らし歓迎な超田舎貴族を……」


「ッ!」


 ミトリの表情が真っ青になる。肉体的にも精神的にも限界が来ている。


 ――その時だった。真っ白なタオルが投げ込まれた。それは、ふわりと優しく、ミトリの頭に覆い被さった。


「……降参だ。この戦い、ミトリの降参を宣言する」


 そう言って現れたのはテスラだった。仕事が終わったのか、遅れてのご登場。ちなみに、この町ではタオルを投げ込むことで『降参』を意味するらしい。


「テ、テスラお姉ちゃん……?」


「途中から見ていた。もういいだろう。おまえはよくやった。もう、おしっこを我慢する必要はない」


「け、けど、私はまだまだおしっこを我慢でき――」


 貴族のお嬢様が、おしっこおしっこと連呼するな。おまえら嫁入り前だろうが。


「もういい、もういいんだ」


 そう言って、ミトリをぎゅっと抱きしめるテスラ。


「お姉ちゃん……も、漏れ、る――」


 テスラの優しき言葉と抱擁が、ギブアップ宣言を確定させる。ナイス判断だと、観衆が歓声を上げた。ミトリ、ミトリと、どっちが勝ったのかわからない声援が飛び交った。拍手喝采のスタンディングオベーション。


「勝負ありでぇすッ! おしっこ我慢対決を制したのは、ククル・ティスタニーア!」


 ファンサ先生が、決着のアナウンスを決める。いつから、我慢大会になったんだ。俺たちは、うら若き女性がおしっこを我慢する大会を観戦していたのか。そんな馬鹿な。


 テスラは、ククルとミトリの腕を掴んで、まるで両者が勝者であるかのように称えた。ククルは恭しく一例。ミトリは内股になって表情を青くさせていた。


「ミトリ!」「ミトリ!」「ククル!」「おめでとう!」「よく我慢した!」「テスラ様、ナイス判断!」「いよっ、名領主!」


「……あ、あう……」


 その時だった。真っ青だったミトリの表情が白くなっていく。身体が弛緩し、しなっていく。どうやら限界突破が発生したようだ。しかし、それを誰よりも早く察したテスラが電光石火の反応を見せる。ミトリを噴水に叩き込んで、なんとかごまかしたのだった。



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