最終話 敵襲! 敵襲! 奴を街に入れるな! 辺境に追いやれ!

 俺は城壁に寝転がっていた。頭の下にはククルの膝。要するに膝枕でちょっと休憩。彼女のふとももはやわらかかった。城壁の下では、多くの作業員が楽しそうに仕事をしている。


「あぁ、ようやく一段落」


「お疲れ様です、リーク様」


 俺にとって力仕事というのは、なんてことない作業だ。けど、身体を動かしていると、やっぱり疲れるものは疲れるのである。


「ここにきて、何ヶ月になるんだっけ?」


「3ヶ月と14日になります」


「そっか。先は長いなぁ」


 奉公期間は2年。それまでにどれだけ作業を進められるかな。いい具合に、人員は増えている。各国から、大勢の人たちが一日も早く完成させようと一生懸命だ。


「……大勢の人たちが、リーク様のおかげで活き活きと働いています」


「ああ、嬉しいことだよな」


「――けど、リーク様自身は、何か成し遂げたいことはないのですか?」


 俺の頭を優しく撫でながら、ククルが問うた。


「ん……そうだなぁ」


 もともと、親父に言われて奉公にきただけだ。与えられた仕事を、ちょっぴり頭と力を使って解決しているだけ。別にない。強いて言えばテスラの役に立てればそれでいいんだよな。いや――。


「まあ、俺という人間が、大勢の人たちの役に立てればいいと思うな。せっかく、強い身体に産んでもらったんだしな。町の皆もそうだし、ククルも幸せにしたいし、まあ、ミトリも幸せになって欲しいよな」


「ふふ、少なくとも、私は幸せですよ」


「そうか? どっちかっていうと、俺の方がおまえに助けられっぱなしだと思うんだけどな」


 ぶっちゃけそうなんだよね。ククルって、俺の世話をすることに人生を懸けてくれている。尽くしてくれる人がいるっていうだけで、凄え安心できる。こうやって、膝枕してくれるのも癒やされるし。


「ま、俺もまだまだだからな。テスラやこの町の人たちからいろいろ学んで、いずれは立派な領主になってやるよ」


「ふふ、リーク様はすでに立派な領主ですよ」


「買いかぶりすぎだって。――ま、ぼちぼちやるさ」


 そう言って、俺は身体を起こした。すると、ふと遠くから嫌な光景が見えた。


「あれは……?」


 俺が注視すると、ククルもその視線を追う。


「……な、なんですか、あの行列は……?」


「も、もしかして、テスラかッ?」


 先頭の馬には、真っ白い人が乗っている。灰だ。灰になったテスラだ。そして続くは金銀財宝を乗せた馬に馬車。あのアホ、また大量に寄付を集めやがったな! もう、金の使い道はねえぞ! あいつが講演へ行くたびに金が増えるんだよ! 帰ってくんなよ!


「くそっ! 門を閉めろ! テスラの侵入を許すな! しばらく辺境に引きこもっててもらえ!」


          ☆


「閉門! 閉門!」


 つくりかけの城門が閉ざされる。事情のわかる監督連中は、辛辣な表情で門を閉ざしてくれた。なにゆえテスラを拒むのかわからない現場の人たちは、まあ、これも一種のイベントなのだろうと浮かれていた。


『おい、どういうつもりだ! なぜ、領主の私を町に入れん!』


 扉の向こうから、テスラの声が飛んでくる。


「なんですか、その大量の金銀財宝は! これ以上、金があったら町が破裂します! どっか別のところで有効活用してください!」


『――その声はリークだな』


 ズガンと城門の扉が吹っ飛ぶ。数百キロはある鉄の扉が、俺めがけて飛んできた。俺は、それをガシリと掴んで受け止める。門の向こうには、疲れ切ったテスラがいた。超ご機嫌斜め。


 ――俺も困るんだよ。俺が金の使い道を考えてんだよ。おまえが無責任に金を持ってくるから!


「ただいま」と、威嚇するように帰還を告げる我らが領主様。


「お、おかえりなさいませ」


 俺は、ひきつった顔で出迎える。すると、行列を成していた人々が、嬉々としてバルティアの町へと解き放たれる。


「おお、これが未来都市か!」「凄え! 城壁凄え!」「ダルコニア石でつくられてるって本当だったんだ」「いい匂いがする。どこかでご飯つくってるの?」


 ボランティアも増えた。めっちゃ増えた。人口も増えた。未来の大都市になるからといって、移住者や商人が増えまくってるんですよ、現状!


「……新たに24億だ。使い道を考えろ」


「……キャンプファイヤーでもします?」


「善意を燃やすな」


「民に配ります?」


「インフレが起こってパニックになるぞ」


 そうなんです。今のところ、無駄に金を流用していないから大丈夫だけど、もし、民に金をばらまくようなことをしたら、インフレ――要するに金の価値が下がる。無駄遣いが普通になる世の中が始まる。薬草一個1万ルクとか、馬鹿げたバブルになる。


 そうすると、人々はこれまでの貯金はなんだったのって感じになって混乱する。だから、俺もテスラも無駄に金は使わない。ちゃんとバランスを考えて運用している


 なんで、めっちゃ裕福なのに危うくなってんだ、この町は。いっそのこと、どこかの国に投資すりゃあいいわけなのだが、国王陛下から賜った寄付金を、国策以外に使うことなどできるわけがない。


「あと、これ……おまえにだ」


 テスラが、鞄の中から大量の紙束を取り出して、俺に突きつける。うん? 女性の顔写真?


「なんすか、これ」


「……見合い相手」


「はい? なんでそんなことにッ?」


「何を考えてらっしゃるのですかテスラ様!」


 俺の疑問に続いて、ククルも問い詰める。


「おまえの評判が凄まじいことになっている。実質、この町のナンバー2だ。城郭都市化計画のプロジェクトリーダーでもある。貴族連中が、こんな優良物件を放っておくわけにもいくまい」


「いや、結婚するつもりは――」


「わかっている。けど、すまん。断り切れなかったのだ。あと、もうひとつすまん」


「あの、もしかして、あなたがリーク様ですか?」「え? ご本人?」「きゃあ、かわいい!」「若いのに凄いわぁ」「はじめまして、私はエギル男爵の娘で――」


 テスラとかいうなんか酷いお姉さんは、クレルハラートから、俺の嫁候補を連れてきてしまったようだ。断り切れなかったらしい。お嬢様たちは、俺を見つけるなり一気に押し寄せてくる。俺はもみくちゃにされる。柔らかい。っていうか、押しつけるな。腕を掴んで胸に当てるな。揉むな! 揉ませるな!


「こらーッ! リーク様になんたる無礼な!」


 必死に婦女子たちを押しのけようとしてくれるククル。


「あんたなによ! メイド? 身分をわきまえなさい」


「身分など関係ありません! リーク様を困らせる人は、このククルが許しません!」


 組んずほぐれつ、俺からお嬢様たちを引き剥がそうとするククル。さすがの彼女も苦戦しているようだ。そんなうちに、テスラは「……すまん、リーク」とだけ言い残し、その場を去ってしまった。この裏切り者が!


「――なんて野蛮な方々なのでしょうか」


 ふと、今度は別の集団。こちらも貴族っぽいお嬢様の集団。けど、その先頭にはミトリが佇んでいる。


「リークさんが困っているじゃないですか。離れてください」


 こちらは、先日親父・コラットルさんが連れてきた俺の嫁候補たちだ。この数日のうちに、ミトリが筆頭となって彼女たちをまとめたらしい。


「あなたたちは?」


「私たちは、コラットル家に縁のあるものです。リークさんのお嫁さん候補です。で、私が第一夫人候補のミトリです。未来の旦那様を困らせるような輩は許しませんよ」


『そうだそうだ!』と捲し立てるミトリ軍の方々。負けじと、クレルハラートからのお嬢様も『横暴だ!』『私たちを誰だと思っているの?』『田舎の弱小貴族如き、お父様に言ってひねり潰して差し上げますわよ』とか言っていた。


「えー、なになに? リークさん争奪戦やるの? じゃ、あたしたちも参加していい?」


 いつからそういう話になった? っていうか、気がついたら、学院の女生徒たちも絡んできてるし。


「リーク様は、身分とか気にすんのー?」


 軽薄に問いかけてくる女生徒。「き、気にしな――」と、一応正直に言おうとしたところで、ククルが割って入る。


「リーク様は、身分を重んじる方ではありませんが、結婚に興味がございません!」


「なんだ、リーク。おまえ、女よりも男が好きなのか? じゃあ、俺も争奪戦に参加していいか?」「がはは、いいぞいいぞ」「おっちゃんがもらってやろうか?」


 やめろ、大工のおっさん共。冗談でも気持ちが悪い。


「とりあえず……スピネイルおじさまが、お屋敷を一棟買ってくださってあるので、そこにリーク様をご招待しましょう。さ、みんな、ご案内して」


 俺の腕を掴んで、ぐいっと引っ張るクレルハラートのお嬢様方。


「なにを言ってるんですか! さ、皆様、お屋敷へリーク様をお連れしましょう」


 もう一方の腕を掴んで引っ張るコラットル家の方々。


「リークさん、大変だね。とりあえず、学院に避難するぅ?」


 女学生の方々の好意がありがたい。けど、それはそれで何か面倒くさそう。


「っていうか、リーク。仕事中だろ」


 俺の肩を掴んで、強引に引き寄せてくれる男衆。もう、こっちの方が楽かも。


 四大勢力から、ぐいぐいと引っ張られる俺。さらに、町の人たちが俺を守らんとするため、その騒動に加わった。もうやだ。


 次の瞬間――。ずざあ。俺の身体は、砂という粒子へと変貌して、地面に溶けてなくなる。


「え……砂……」


「お、リークさんお得意の土魔法。あたしたちも、これにやられたんだよね」「ど、どこに行きましたのッ?」「あれ? メイドは――?」



 ちょっと離れた屋根の上。俺は、騒動を遠目から眺めながらつぶやいた。


「こういう時、大地魔法ってのは便利だな」


 はは、と、苦笑する俺。これから町も賑やかになってくるだろうし、大変なことになりそうだ。ちゃんと仕事させてもらえるかなぁ。


「リーク様」


 びくりと反応する俺。振り返ると、そこにはククルが静かに佇んでいた。


「お、おお、ククル。よくここがわかったな」


「ダミーを使ったあと、だいたいどの辺りに移動するのとか、癖がありますからね。あと、匂いでもわかります」


 え? 俺匂う? それとも、ククルが犬並みの嗅覚ぐらい持ち合わせているのか。


「それにしても、迷惑な方たちです。リーク様のお気持ちも考えないで……」


「まあ、貴族っていうのは、政略結婚も仕事のうちだしな……」


「ならばリーク様。このククルに、一瞬にしてこの騒動を終わらせることができる、良いアイデアがございます」


「お、なんだ?」


「それは――」


 ククルが、俺の隣へと腰掛け、そっと肩を寄せた。


「このククルと結婚することです」


 ククル、おまえもか! だから、俺は結婚なんて考えていないのに!


 完





――――――――――――――――――――――――

作品を最後まで読んでくださいましてありがとうございます。

ここまで連載できたのも、読者様のおかげです。

幸せにしてくださって、とても嬉しかったです。


もし、よろしかったら、ブックマーク、感想、評価、レビューなど、よろしくお願いします。ツイッターもやっています。


これからも、楽しんでもらえるような作品を描いていきたいですので、ぜひおつきあいください。


ありがとうございました。


たかみ


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

大地魔法使いの産業革命~S級クラス魔法使いの俺だが、彼女が強すぎる上にカリスマすぎる! 倉紙たかみ @takamitakami

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ